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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
二章 冒険者いけんじゃん
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7.餓鬼

 餓鬼というモンスターが居る。

 仏教にも登場する化け物で、ここ日本でも21世紀のモンスターの居なかった『前時代』から有名な生物だ。まあ、それは創作物として、だったわけだけど。

 22世紀はじめの所謂いわゆる『復活点』で、現実に存在し、人間に仇をなす生物としてこの世界に現れ始めたのだ。『復活点』という言葉は、ある1日を境に突如モンスターが溢れ出したから時代の中の一瞬――だから『点』なのだけど、『復活』という言葉は博物館とかに居た化石が生き返ったように動き出したり、大昔の物語ではまことしやかに登場していた化け物たちが現れたり、はたまた沈んでいた諸島やらが海上に出てきたことから言われるようになったらしい。

 このときの混乱は、それはもう大きく、とんでもない数の死者が出てしまったらしい。

 そして、当然死者が出るということは幽霊も出てくるというわけで……。復活点前後の22世紀のはじめでは、まだ死者が幽霊に転じてしまうのを防ぐ方法も確立されていなかったために、世界には幽霊が溢れかえったみたいだ。

 いや、一口に幽霊と言ってしまうのはよくない。

 半透明の、所謂幽霊と言われて最初に思い浮かぶだろう、ゴースト。これに占拠される病院が立ち並び。

 腐った身体で生者を追い回す、ゾンビ。これに追い立てられる人々が『駅』や車に殺到し。

 骨だけで動く無機質なモンスター、スケルトン。かのアメリカでは一般人たちが銃を必死にぶっ放したそうだが、それにも反応せず無表情に無言で機械的に歩き迫りくる姿に皆一目散に逃げ出したらしい。

 乾いた身体を少し黄ばんだ包帯で巻いた、マミー。日本ではミイラと言った方がわかりやすいか。これは湿った気候の日本では現れなかったらしいが、乾燥した地域では包帯に巻かれて地下に連れ去られる者がたくさん居たとか。


 要するに、大量の死者が、大量のアンデッドになったのである。

 今でこそ魔法使いもたくさん居るし、アンデッドの発生の仕方も判明したため除霊用の魔道具もたくさんつくられているからいいけど、そのときの状況を想像すると僕でもぞわぞわする。

 だって、当時の人々にはスキルはおろか魔力の存在すらなかったのだ。

 そんな状態でいきなりモンスターと戦えとかそんなの無理ゲーすぎる。僕だったらたぶん家に引きこもって震えているくらいしか出来なかっただろう。


 っと、思考が逸れてしまったな。

 そう、餓鬼の話だ。餓鬼というモンスターは、たくさんのアンデッドの中の、更に強欲な者がなるモンスターである。つまり、生前に金遣いが荒かったり、暴飲暴食をしていたり、色欲に溺れていたような人が死んでアンデッドになると漏れなく 餓鬼になってしまうのである。

 餓鬼は、骨と皮だけのようにやせ細った手足に、真ん丸と膨れたお腹を持っており、ギョロリとして血走った目で生前に求めていたものを常に探しているという。


 で、いま何で餓鬼について考えているかと言うと……。


「Dランク、《餓鬼》の討伐の依頼の受注でよろしいでしょうか?」


 まさに今から僕たちが、その餓鬼の討伐をしに行くからであった。

 相変わらず無表情なメガネの受付嬢が、立川さんから書類を受け取ると口を開いた。


「ああ。ということで、事後処理用の魔道具の貸し出しを頼む」


 立川さんは頷くとそう答えた。

 死者を上手く処理できていないままでいると発生するのがアンデッドのモンスターである。よって、一度きちんと討伐しても肝心の処理が上手くいっていないと、またアンデッドは復活してしまうのである。それを防ぐ道具がギルドから貸し出されている。

 仕組みとか原理とかは知らない。

 記者としては情報は多く仕入れているつもりだが、そこは専門ではない。関連の記事だって一度たりとも書いたことはないのだ。ゆえにその手のことにはあまり詳しくない。

 だってさ、幽霊とか怖いじゃん。

 僕やだよ。幽霊に関する記事とか書きたくないよ。呪われそうじゃん。


 なのに、なぜこんな依頼を受ける羽目になっているのか。

 それはひとえに立川さんの言葉からだった。







「なあ、俺外でたくない」

「え?」


 数秒、僕は固まっていたと思う。


「なんて言いました?」

「外に出たくないと言いましたぁー」


 宿のソファでねっころがった立川さんはだらしなくシャツをめくって腹を掻いた。


「えっと。それは何故なにゆえにて?」

「花粉症」


 は?


「だから花粉症! やだ俺門の外とか絶対行きたくない! 森とかこわい!」


 固まった僕に、立川さんが与えてくれたのはどうしようもない理由であった。







 そりゃ花粉症というのは立川さんのせいではないし、本人にはどうしようもない事態だ。門から出てすぐの森は杉だらけであるし、そこに侵入したくないというのもわかる。

 幸運にも僕は花粉症ではないから、本当に気持ちを理解できているかと言われてしまったらそれは違うのだろうが、でも納得くらいはできるのだ。

 しかし、だからと言って何でわざわざ幽霊退治なんだ。

 隣を悠々とした笑みで歩く立川さんを恨みの篭った目で睨みつけるもまるで効果がない。これも《強者の余裕》の効果であろうか。それとも普通に僕のことなど脅威とも思っていないのか。

 いや、どっちにしろ僕は攻撃力ゼロであった。

 知っていた。僕が飛んでもない雑魚だということくらい。


「でもなんで幽霊退治なんですか」


 ジト目のまま立川さんに話しかける。


「おもしろそうだろ?」


 そう返してきた立川さんは本当に楽しそうだ。僕はジト目のまま表情を固めた。

 笑顔で僕と目を合わせ続けていたが、しばらくそのままで居るとやっと真顔に戻った。


「……わかったよ。言やいいんだろ。……依頼主だよ依頼主」


 そう言われて僕は慌ててギルドカードを胸ポケットから取り出す。

 ギルドカードの表面おもてめんにはデカデカと輝く僕のランクの下に依頼が追加されている。そう言えば僕はギルドに登録しておいて一度も依頼を受けたことがない。

 なんということだ。

 これが僕の初依頼になるじゃないか。

 初依頼が幽霊退治なんて。夢も希望もない感じで、縁起がすごく悪いような気がしてきた。


 と、思考がそれていた。そりゃ文句はたっぷりあるけれど、ここで垂れ流していたところでそれは建設的な行動ではない。

 感情的な文句を言うくらいなら、論理的に相手を追い詰められるように情報を集める方に時間を割いた方がいい。


「依頼主は、……河内こうち 真澄ますみさん……? あっ! もしかして!」


 僕は依頼主の名前を見てハッと思い当たった。巨竜を1人で倒してしまうような実力を持つ立川さんがわざわざ受ける理由になるくらいだ。この依頼主が只者であっていいはずがなかった。


「お、さすが元記者。わかったか。この真澄さんはあの(、、)河内貿易社の社長さんだよ」

「な、なるほど。恩を売っておこうってやつですね……」


 これには僕も唸るしかない。

 論理的に否定して何とか依頼を破棄みようと思ったのに。すごく最もな理由があった。

 冒険者という職業は、その名に見合って割と本気で冒険が要求されるときがある。それこそ依頼主によっては希少種の部位を海外から採ってこい! なんて無理難題があったり。土地と合わなければ各地を転々として自分の戦闘スタイルに合ったモンスターの多い場所に移動したり。地域ごとに強さのレベルも違ったりするので、都会で慣らして偏狭に向かうなんて奴もいる。

 要するに冒険者である以上、移動手段が重要になったりすることが多い。

 だから、造船もしている、海外貿易の大手企業の社長の依頼で恩を売っておくに越したことはないのだ。コネは大切。

 まあ、冒険者ではなくても、そういった人と人との繋がり――コネというものはとても重要なのだけど。

 これでは破棄なんてとんでもないではないか。

 むしろ何としてでも完遂させなければ。


 僕はいいかげんぐだぐだと不毛なことで思い悩むのは止めた。呪いが何だ。今や幽霊だって立派なモンスターとして存在が認知されている。

 呪いだ祟りだなんて言葉は昔から続く迷信なのだ。

 それに僕はもういっぱしの冒険者。幽霊が何だというのだ。そんなのへの河童だ。

 別に社長とのコネという輝かしすぎる報酬たからに目がくらんだわけではない。

 僕は冒険者。みんなをモンスターから守る心優しきヒーローなのだ。そして感謝されてコネもつくれるかっこいいヒーロー。


「お前な……」


 急に表情を変えた僕に立川さんは呆れた顔を向けてきた。何かな? 正義に目覚めた僕に何の文句があるというのだろう。

 ああ、正義おかねって素晴らしい。

 情けは人の為ならずですよ。

 いつか自分の為になって返ってくるのですよ。ぐふふ……。


立川さんはニヤニヤと笑う僕を気持ち悪そうに見ている。ああ、存分に気持ち悪がるがいいさ! いつも困らせられている仕返しだ。


「でも、変ですね」


 ニヤけた顔のまま僕は呟いた。立川さんは若干僕から距離を取りつつも僕の言葉が気になったようで耳を傾けている。


「Dランクの依頼で、それもあの『河内』ですよ? 少しでも情報の大切さを知りはじめたような冒険者ならすぐに飛びつくと思うのですが」

「……ああ、言われてみれば確かにそうだな。依頼が出されてから結構経ってるみたいだし、解決されてないとなると……」


 2人して思案顔になってしまった。


「やっかいな依頼なのかもしれませんねぇ……」


 今更気付いたその事実に僕は頭を抱えたくなった。でも、コネは惜しい。

 結局、受けてしまった依頼を破棄するのも評判に悪いと、コネに釣られつつも、僕たち2人は河内家に向かうことにした。


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