8.やっかいな亡霊 前編
依頼主の家にたどり着いた僕たちはその前で呆然と口を開いていた。
パカンと開いた口に連動するように目も見開いてしまう。
「おっきいですね」
「大きいな」
さすが天下の貿易社の社長。何てったって河内貿易社と言えば『トレード・コーチ』なんて海外でも呼ばれるような大企業なのだ。名前にひっかけているその意味は、貿易のコーチだぞ。
要は大金持ちだってことだ。
「えっと……これが呼び鈴? なのか?」
立川さんが3メートルはあるだろうかという黒塗りの鉄棒が縦に並べられた門に近付くと、首を傾げた。僕の方を見られても困る。
僕はちょっと前までその日暮らしの記者をやっていたんだぞ。
こんな金持ちの屋敷のシステムを知っていると思うか? 訪れたことがあるはずがないじゃないか。
そんな僕の思考が伝わったのか、立川さんは何やら諦めの表情を浮かべると門の方に向き直った。
巨大な門の前にはデフォルメされた人間のぬいぐるみがぷかぷかと浮いていた。金髪のかわりに頭に縫い付けられた毛糸が風に乗ってふわふわ舞う。
つぶらな水色のボタンの瞳と目が合って何となく僕は1歩後退した。
そして、そのぬいぐるみは短い腕で大事そうに鈴を抱えていた。とてつもなくシュールだ。後ろの、荘厳で重苦しい雰囲気の洋館とのギャップがまたそれを際立たせていた。
しかしここで立ち止まっていてもどうしようもない。
立川さんもそう思ったのだろう。意を決したように1人頷くと、ぬいぐるみに手を伸ばして鈴に触れた。
「ぴんぽーん」
それと同時にぬいぐるみがしゃべった。無表情で「ぴんぽーん」と少女のような声で言った。何故かわからないが、僕たちは妙な威圧感で動けなかった。
しばらくぬいぐるみと見つめ合って固まっていると、無言で宙に浮いていたぬい ぐるみが立川さんの方に寄ってきた。立川さんは動かないでいる。
『どなたかな?』
ぬいぐるみがしゃべった。僕は目を見開いた。無表情で、ぬいぐるみがバリトンボイスを響かせたからだ。
「あ、あの、冒険者ギルドの方から来た者です」
珍しく立川さんが敬語を使う。
でも、立川さんのその台詞、完全に詐欺師のあれなんだが。冒険者ギルドの方向から来たと言っただけで私たち自身が冒険者だとは言ってませんだとか言い出すあれか。僕はツッコミ待ちをされているのだろうか。気になって思わず立川さんの顔を覗き込んでしまった。
でも立川さんは無表情だった。
どうしよう。これでは、つっこめない。
『依頼を受けてくれたのだね!』
しかし、無常にもぬいぐるみがバリトンボイスで喜んだ。
こうして僕のツッコミはなされぬまま、河内邸の門が開かれたのであった。
◆
僕たちを迎えたのは艶やかな黒髪をオールバックに撫で付けた美丈夫なおじさまであった。
「やあ、よく来てくれたね」
そう声をかけられて理解する。この人があのバリトンボイスの声の主だ。
「あ、はい」
何故かとてもテンションの高い美丈夫さんに若干気おされながらも返事をすれば、そんな僕の様子に気付いた様子の彼はまたまた何故だかテンションを上げた。
「いや、君たちも不思議に思っただろう? 自分で言うのもなんだが、私の会社はかなりのものだからな。一定以上の冒険者はこぞってこの依頼を受けていても不思議じゃないのに、なぜかこの依頼は解決されずに長いこと放置されている」
「え、ええ、まあ」
ちょうどさっきまで立川さんと話していた内容をずばり言われて面食らう。も、もしかして、さっきの会話を聞かれていたのだろうか?
あのなんてことはない道端も門の前に居た不気味な門番さんの守備範囲だったというのか?
だとしたら、本当この河内貿易社って会社はすごすぎて怖い。というか、今の台詞でこの目の前におられる方が依頼主の河内さんであることは確定した。もし聞かれていたのだとしたらちょっと気まずい。
思ったことが顔に出ていたのだろうか。
僕の顔を見た依頼主さんはニヤリとワイルドに笑うと、立川さんと僕を見比べて更に嬉しそうにしだした。
もうちょっとわけがわからない。
「うん。君たちなら合格かな。第一段階突破ってところだよ」
そんな僕の疑問はさてやら、なぜかいたく上機嫌の依頼主さんは言い放った。
うん。もう本当にわけがわからない。
やっぱりやっかいであることは間違いない。それだけは僕にもわかった。
「じゃ、ちょっとついてきて」
依頼主の河内さんはそう言うと僕たちを先導して歩き出した。門番の人形にここの玄関に連れてこられて早速河内さんに出会ったのだから、なぜかご機嫌であるものの、この依頼はすぐにでも解決してもらいたい類のものなのだろう。
ご機嫌である理由がわからない。
しかし、河内さんの先ほどの弁からしてこの依頼を受けた者はたくさん居たものだと予想できる。『普通』を提示した上で、僕たちはひとまず合格で『第一段階突破』と言われたからだ。
段階という表現ができるということは、依頼の成功を段階ごとに分類できるくらいの失敗例があるということの裏返しだからである。
そして、僕たちを玄関先でちょっと見ただけで合否を受け渡してきたのだ。河内さんに《ステータス観覧》のスキルでもない限り、判断基準が見た目であることは明らかだった。
要するに今までのことをまとめると、数多くの冒険者が見た目の時点ではじかれて失敗しており、でも僕たちはそこを突破できる見た目をしていて。かつ、この依頼内容は『《餓鬼》の討伐』である。
……そうか、相手が餓鬼なんだよな。
僕はなんとなく分かってしまった。餓鬼とは生前非常に強欲だった者がアンデッド化するとなってしまうモンスターのことである。つまり、その行動原理は『欲』であり。
僕たちと他の冒険者で、見た目という点でどこに違いがあるのか、と考えると、そう。
立川さんの男前っぷりくらいしか思いつかない。立川さんは僕が思わず記事に書いてしまうくらいの男前なのである。
立川さんが男前で、何の欲が湧くというのか。
もう僕にはひとつしか出てこなかった。性欲だ。
ガチムチのホモの亡者か、若い子大好きで面食いのマダムか。
いずれにせよ、絵面がもう想像に耐えない。背中がぞわぞわしてくる。
「立川さん、がんばりましょうね……!」
僕はせめてもの情けとして声援を贈っておいた。立川さんの犠牲は無駄にしない。立川さんがいい感じに引き付けてくれている間に僕がちゃんと除霊しますからね!
◆
河内邸は落ち着いた木造を基調とした洋風の内装をしていた。ダークブラウンのフローリングはマット加工されており、それが綺麗に貼られた廊下は突き当たりの壁の大きさがわからなくなるくらい長く続いていた。
まっすぐに続く廊下を河内さんの後ろにくっついて歩いていると不安になってくる。
「あのー……」
僕は思わず河内さんに話しかけていた。
だって、この先には分かれ道も部屋の扉も見当たらないのだ。強いて言えば、突き当たりの壁にガラス張りの扉が見える。そして、その扉の向こうに見えるのはバルコニーだ。
果たしてアンデッドである餓鬼が真昼間に、直射日光でぽかぽかのバルコニーに現れるのだろうか。ちょっとそのアンデッドさん、大胆すぎやしないでしょうか。
首をかしげざるを得ない。
「うむ、清水さんの心配もわかるが、大丈夫だ。彼女(、、)が現れるのはいつもこの廊下なのだ。適当に歩いておいてくれ」
河内さんは僕の考えなどお見通しのようでした。
この先に目的地があるのかと思いきや、ここが目的地だったとは。
商人の見本のようににっこり笑う河内さんに僕は照れ笑いを返すのだった。




