60.立川さんの背中を追い回すのです
気まずい空気のなか、隠れて溜息を吐く。
立川さんってば、なんてことしてくれたんだ。
相手は会社勤めの記者であるうえに……。
そう、あまり考えたくなかったが、彼女はさっきこう言っていたのだ。
『まさかのゴーストをつれているじゃない。びっくりして腰を抜かしちゃったけど、これだ! とおもったわ』
この発言はつまるところ、脅しである。
ゴーストを街に意図的に連れ込んでいる冒険者が僕たちだなんて情報を悪意を持ってばらまかれたら、僕たちは終わる。それでなくても、いま彼女に叫ばれたら終わるのに。こんな街のど真ん中の喫茶店でゴーストがいるわ! と言われたら、一斉に浄化の魔道具を持った戦闘員が集まって、あっという間にレイさんが除霊されてしまう。
レイさんだって志半ばで消されたくはないだろう。
僕自身、レイさんと会話を重ねて情も湧いているし、ここで浄化などされてしまったら悲しい。
それ以上に立川さんだ。立川さんは声の主を探して冒険者になったのではなかったのか。いくら人間不信だとは言え、目的を忘れてそれを優先させるのは本末転倒というものだ。
「ジェシカさん、ごめんなさい。立川さんってば、偏屈で捻くれてて、人嫌いなんです。たぶん反射的にあんなふてくされちゃっただけです。何とか僕が説得してくるので、それまで待っていてもらえませんか。これ、僕の連絡先です」
あらかじめ、つくってある連絡先を書いた付箋をジェシカさんに渡して立ち上がった。
名刺なんてかっこいいものは持っていない。フリーで記者やっている時代なら持っていたけど、いまは自由の体現冒険者だ。冒険者が持っているのは名刺ではなく、ギルドカードと相場が決まっている。
だからそれっぽい、付箋の連絡先を僕はつくっておいた。
別に綺麗なお姉さんをナンパできたときのためにつくっていたわけではない。ないったらない。一度も成功しなかったために使う機会がなかったということもない。そう立川さんに連れ回されて女の子と出会うことすらなかったからだ。
僕がヘタレたわけでも、僕がモテないからでもないのだ。
ここまでの半年間で立川さんが何度も逆ナンを受けているという事実はなかったことにする。
ジェシカさんはやっぱり僕が思った通り、サバサバした性格の女性のようだ。
「都合がついたら連絡をちょうだいね。アドレスに、私の連絡先を送っておくから」
僕の渡した付箋を受け取って爽やかに笑ってくれた。そして粘ることもなく、送り出してくれる。
ゴーストを街に連れ込んだという脅しの材料を手に入れて示すくらいは記者ならやりそうなものだ。しかし、ここで交渉を粘らないすぱっとした記者としての姿勢が僕にはちょっとだけ好ましく思えた。
僕なら、せっかくの交渉の席につけたのだからともう少し粘ってしまいそうだ。
僕は深々とお辞儀をすると、すばやく喫茶店を去った。
立川さんの気配を探る。レイさんも僕の後ろをついてきている。というか、これはたぶん完全に僕に憑いているがゆえだろう。それを証拠に人込みに紛れつつ、気配を消し屋根の上にのぼって移動しはじめた僕のあとをぴったりとついてきている。
結構な速度を出し始めるが、つかず離れず一定の距離を保っているのだ。
僕ほどの俊敏値はなかったと思うから、きっとそういうことなのだと思う。
立川さんは速足で往来を掻き分けて行っている。といっても元々立川さん自身の俊敏値が高いのもあって、かなりの速度になっている。道行く人が速足の動きの割にやけに速い速度で歩く立川さんを見て驚いているのが気配でわかる。
肩で風を切り、無表情で黙々と街を進んでいくその姿は、ほんの半年前のことを思い出させた。
一緒にパーティーを組んでから、随分と立川さんは変わったように思えた。けれども、こうしてひとりで街を歩く姿を見ると意外と変わっていないような気がしてきた。
人嫌いも少しはマシになって、僕も頼りにされているような……そんな感覚が最近していたのだけど。
単に僕に対する遠慮がなくなっただけかな。それだけでも野生の獣のような性質を持つ立川さんにするとやはり慣れてきたということなのだろうか。
立川さんはぐんぐんと進んでいく。方向としては街の中心の方だ。
僕はその気配を追いながら、半年前のことを思い出していた。
◆
はじめて立川さんを見かけたのは、意外なことに商店街の通りでだった。
あの日も立川さんは、その俊敏値を以って人ごみを颯爽と早足で抜けていっていた。僕は横浜の冒険者ネタはいいかげん尽きてきていて、雑誌に乗ることといえば不倫だ、借金だとゴシップばかりという状況に記者としても読者としても飽き飽きとしていたころなんだ。
僕だって、こすいことはやっていたけど、もともとは『みんなに夢を見せる』ために役立つために、新聞記者という職業を目指したのだ。
そりゃ有名な冒険者の色恋沙汰に興味のある層はある一定いるのだろうけど、夢見る少年少女諸君にそんなドロドロした世界は見せられないというものだろう。
だから、僕は隠れた英雄を捜していた。
新たな英雄の登場は、夢見る少年少女に相応しい記事だと思ったし、それにそんな記事がかければめっちゃ儲けると思ったから。
正直に言うと、後者の理由が九割を締めていたというのはおくちにチャックだ。うん、財布がぺらっぺらだったんだよね。エールも仰げないくらい、僕の生活はカツカツだった。
そう、でその立川さんを見かけて注目した理由はこれに尽きた。
――――めっちゃ男前やん。
正直に言おう。僕はその男前が大剣を担いでいるのを認識した瞬間、実力のことなど全く考えていなかった。
なぜなら立川さんがイケメンで、そして大剣を担いでいることから冒険者であることがわかっていたからである。そしてひとりで歩いている姿から見て、ソロだ。
イケメンの、孤高のソロの、まだ知られていない冒険者。
実力なんてなくてもいい。関係ない。そう冒険者であるというだけで、もう女性から爆発的な人気が得られるだろう。立川さんを見つめる僕の瞳は、お金色に染まっていた。
そんなわけで僕は立川さんのストーキングをはじめた。
まあ僕ほどの《隠密》のレベルになると、追跡をする僕を発見できるものなどいない。いたら正真正銘化け物レベルなのでそれはもちろん記事にすると誓った。
結果は大当たりだった。ちょっと張っただけで立川さんの冒険者としてのレベルの高さはすぐにわかった。しかし立川さんはというと、ストーキングしている僕の方が心配になるくらい、僕に気が付かなかった。
あるときなんか一日中立川さんの真横に立って一緒にショッピングしたってのに、まるで気が付いていなかった。《隠密》だって発動させていないのに。
わざと僕を無視しているんじゃないだろうかと思って様子を伺ったのだけど、まったくそんなことはないようだった。今だから、《強者の余裕》のおかげだということは分かったが当時は本当に戸惑った。すごく鈍感な人だと思うことにしたのだ。
そうするうちに、立川さんはリュックに大量に食料を買い始めた。これは遠征だと思った僕も食料を買いこんで立川さんの後に続いた。案の定、山籠もりしはじめた立川さん。山の奥へ奥へと進んでいく。
恐れることもなく、ぐんぐん歩みを進める立川さん――迷ってるんじゃないかとか、いやまさかと思っていたけどいま思えばあのとき確かに彼は迷っていたのだろう――そんな彼はいつの間にか、ギルドに認定されていた、魔力高濃度地帯に足を踏み入れていた。
そして、時を見計らったようにポップしたのだ。巨竜が。
僕はもうここしかないと思って、ドライアイになる勢いでカメラのファインダーを覗き込んだ。
結局、撮影は無事できて記事もかけてお金はがっぽり入ったわけだけれども、立川さんに捕まることとなった。
しかし僕にまんまと記事にされるまで僕の存在に気が付かなかった立川さんが、そして犬のモンスターに育てられて野生児な立川さんが、どうしてあのときまで無名でいられたのだろうか。
うーん、彼ならどこかでやらかして目立ってしまいそうなものだけれども。
いや活躍をひた隠しにするようにしてれば意外と注目をあびないものなのか。イケメンだという着眼点で記事にしようという斬新な視点を持った優秀な記者は僕くらいしかいないということなのだろうか。
僕ってば天才。
とそんなことを考えているうちに、僕たちは立川さんのもとへとたどり着いていた。
立川さんは人込みを避けるように、路地へと入っていった。気配を辿って、角を曲がると立川さんの姿がやっと目視できた。
立川さんは僕たちがくるのを分かっていたように、壁に背をもたれて立っていた。




