59.彼女の目的
女の人に指さされた喫茶店に入る。
席に着いて、テーブルを挟んで向こう側に座った女の人をついついまじまじと観察してしまう。と言っても、元記者の技術を生かして不自然じゃない感じにだけど。
チラ見はガン見って言いますしね。
意外と視線って感じるものなのである。
女性は、気弱そうな雰囲気を醸し出しているものの、よくよくその顔や恰好を見るとそういったイメージとはかけ離れたものであったことに気が付く。
綺麗に切りそろえられたボブカットの髪から覗く目は切れ長の少々つり目のもので、非常に意思の強そうな顔をしている。メガネをしているからその眼光の強さに目がいかなかった、のだろうか。
……単純に僕の観察眼が鈍っているのかも。
カーキのミリタリー柄のTシャツにジャケットを羽織って、細身のデニムで決めているそのファッションからしても、勝気なスレンダー美女と言った方が似合いそうな女性なのである。
気弱そうな女性、という印象はどこにいった。
いや、テーブルにつけることに成功したから、本性を現したのかもしれない。そうだ、さっきこっちにくるとき不敵に微笑んでいた。きっとそういうことなのだろう。
なにはともあれ、レイさんについてきちんと説明して僕たちが悪だくみをしているわけではないことを納得してもらわないと、レイさん消滅の危機だ。
彼女には何やら企みがあるようだが、それが何かわからない今は冷静に、誠実に釈明をするしかない。
ごくりとつばを呑んで、口を開く。
「あの、僕は冒険者の清水洋と言います。こっちが立川。後ろに浮かんでいるゴーストがレイです。僕たちに釈明の時間を与えてくださってありがとうございます。よろしくお願いいたします」
まずは自己紹介だろうと思って話し出したけど、僕の隣に座った立川さんは全く自己紹介する気もないようで、口を一文字に結んでむっつりと黙っている。レイさんはというと、人から見えないようにしている以上、声を出してもらっちゃ本末転倒だ。仕方なしに全員の紹介をする。
「ご丁寧にどうも。私はジェシカよ」
……やっぱり。
にこりと微笑んで僕の自己紹介に、言葉を返してくる彼女に確信する。彼女、絶対気弱なんかじゃない。かなり強気で、サバサバした感じの女性だ。
「それで、そのゴーストを街に連れてきた理由は?」
案の定、いきなり本題に切り込んできた。テーブルに肘をつき、指を組んだ上に顎をのせた彼女が首を傾げた。
逆にちょうどいい。僕はあんまり面の皮が厚いタイプではないので、前置きと言えどもこれからの正念場を前に雑談をしている余裕などなかっただろう。
「ゴーストというか、彼には普通に生前の記憶と理性があるのでなんの問題もなく生活できるんですよ」
「それは信用おけるの? 狡猾なモンスターが嘘をついて、人間を一網打尽にしようとしているのではないの? それにもしかしたら、精神を操られているのかもしれないわ」
「いや、あの……」
チラリと立川さんに視線を向ける。
僕たちはモンスターが『声の主』の指示に従って襲っているだけだという前提知識を持っていたから、レイさんが『声』に対抗できるということがわかった瞬間、彼に襲われることはないだろうということがわかった。
それに、立川さんに精神攻撃は一切効かないから操られているということもありえない。
立川さんはやはり一切を語る気はないようだった。僕の視線に気が付いて、僕を見たがその目は「この女は信用ならない」と語っている。
「それはレイさんの持っているとあるスキルのおかげで、絶対にない、と言い切れます」
僕は適当にぼんやりとした内容でごまかすことにした。
まあ嘘は言ってないし……とまっすぐジェシカさんを見ると、彼女はさっき僕の背後で浮かべていたような、不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふふふ……嘘じゃないみたい、と。わかったわ。私は貴方たちを信用する」
っぶねー!
彼女の口ぶりから言って、これって多分、嘘か本当かを判別できるスキルを彼女は持っているってことだよね?
つまり、ここで僕が嘘をついていたらそれこそこれからの釈明が大変な道のりになっていた、ということだよね?
よかった。正直者でよかった。
ホッと安堵の溜息を吐いたのが悪かったのだろうか。彼女はにやりと今まで以上に黒い笑みを浮かべて口を開いた。
「ねえ、貴方たち、イタリア地方の港町で《マミー》の群れを倒した冒険者でしょう?」
まさかの切り口に僕はびくっと跳ねてしまう。
なぜそれを知っているのか、とか、知っていたから近づいてきたのか、とか。
そして何より、その情報をいま言ったということはそれなりの目的があるのだろう、とか。
べ、別に彼女の黒い微笑みが怖かったからとかじゃない。決して違うぞ。美人のお姉さんにおびえるほどヘタレじゃないのだ、僕は。
「え、ええ。ご存知でしたか」
裏返りそうになる声を何とか我慢して、笑顔を浮かべる。口のはしが引き攣っているような気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。
隣の立川さんは微動だにしていないようだったのが、ちょっとむかついた。どっしり構えやがって! 男前じゃないか!
黒い微笑みを浮かべたまま彼女は話を続ける。
「実は私、記者なのよね。それで件の二人組が南西方向に旅立ったって情報を仕入れて「もしかしたら」って思っていたらまさかのゴーストをつれているじゃない。びっくりして腰を抜かしちゃったけど、これだ! とおもったわ」
記者だったのか。
僕はその情報だけで納得してしまう。記者であるならば、僕たちがイタリア方面から来た冒険者だという情報を知っていても不思議じゃない。実際、あの規模の《マミー》の群れが街にやってきていたら、街ごと滅亡の危機もあったのだから、それを討伐した無名の冒険者がいるという情報を得たら、当時の僕も真っ先に飛びつくだろう。今は記者じゃないから飛びつけないけど。いや、きっと飛び込んでいる暇があるなら立川さんにモンスターの群れに放りこまれているけど。
しかしきっと彼女は、僕とは違って大きな規模の新聞社などに所属しているのだろう。フリーではないはずだ。
一応、元記者として僕は自分たちのことについてエゴサをしてみたりしているがここ最近の僕たちの情報がネット上に載っていた様子はなかった。
ギルド職員とトニーとミシェルさんたちくらいしか《マミー》をすべて討伐したという情報を知らないのだから、それも当然だ。探してみたが彼らは『ぐちったー』にアカウントを登録していなかったようだし。というか、日本ほど「なにかあったらSNSに投稿」という文化がないのかもしれない。
そもそも、冒険者以外で端末をいじっている人を町中であまり見かけない。
そんな文化のなかで情報を得るとしたら、口コミくらいしかない。
きっと、トニーさんが冒険者ギルドに飛び込んできたときにその場に立ち会わせた冒険者のうちの誰かから、《マミー》の群れを討伐した冒険者がいるらしいとぃう情報が地元の新聞社か何かに伝わったのだ。
それでその情報がヨーロッパ中の記者に共有された、とか。
「本社からの情報を見てすぐに調べたのだけど、貴方たちは『日本人』らしくて、ヨーロッパにくるまでの情報が日本語しかなかったから困ったわ。でも実力は折り紙付きよね。つまり、ヨーロッパでは無名の、でも実力者ってことよ!」
そんなことを考えていると、ジェシカさんから僕の考えがほぼ正解とわかることを言われた。
やっぱり、どこかに所属している記者か。そうなると、ちょっと厄介だな……。
そしてこの流れだと絶対言われるだろう。これはどう断るべきか。
「ってことで、貴方たちの取材をさせてくれない?」
ほら、きた。だって、記者なら絶対逃さない情報だよ、僕たち。
にっこり笑った彼女はすごく美人で、僕はちょっと心が揺れそうになったが、それ以上に心臓が跳ねた。
何に? もちろん、立川さんに。
隣に座る立川さんの雰囲気が一気に恐ろしいものになったのだ。真っ黒で、気迫たっぷりで、ありていに言えば立川さんの機嫌が一気に急降下したのである。
立川さんの人間嫌いはわかっていたけどさ! 綺麗なお姉さんだってのにまったく心動かないんだもんね!
それくらい言い寄られ慣れているのかもしれないけど……あ、ちょっとムカっときた。
いや、気を取り直して。
断るとなると面倒と考えたのは、彼女がフリーの者じゃないからだ。
彼女がフリーの記者であるならば、取材を断ったところで警戒すべきは彼女ひとり。つまり尾行とか張り込みをされたとしても、彼女の気配をきちんと探っていれば全く問題ない。
しかし、組織を相手にすると道行く通行人のひとりひとりが一気に怪しくなる、というわけだ。
いくら僕でもそこまで神経を張り詰めていることなどできない。
だから、どう穏便にことを済ませようかと思案していたのだが……。
ちょっと思案に使う時間が長すぎたらしい。
「俺は断固拒否だ」
立川さんは眉をひそめて絶賛大不機嫌そうな顔で言い切ると、がばりと立ち上がって喫茶店をさっさと出て行ってしまったのである。
あとに残されたのは、笑顔のまま固まるジェシカさんとレイさん、そしてその二人に挟まれて苦笑いをする僕である。
……ちょっとこの空気、どうすりゃいいのよ。
お読みいただきありがとうございます。
「しゅ」からはじまって「つ」で終わる四文字の期間が私を襲って来たので、更新が不定期になってしまっています。すみません。




