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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
終章 追い求め、追い求め
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53.河内さんの倉庫

 車は河内さんのところに預けてあるので今から向かうことにする。

 レイさんによる声の主の情報は『南西の方から聞こえる』というなんとも曖昧なものしかない。なので、これから旅がどれくらい続くかもわからないのにギルドから車を借りるというのも難なのだ。

 ちょっとおとといお別れの挨拶をしたばかりだからきまずい思いもあるけど背に腹は代えられない。車なしに移動するとなると荷物を持たねばならないから大した距離を移動できないのだ。……決して僕が非力だからとかじゃないよ?


 門をくぐり草原を抜けていく。

 件の森が向こうの方に見えているが、僕たちが今目指しているのは左の方なので、森とは逆方向である。

 しかし河内さんは町の外に会社の倉庫を所有しているとは驚きだ。


 しばらく徒歩で進んでいくと、街からは少し離れた位置ではあるが港には隣接した位置に、赤いレンガでできた大きな建物が見えてきた。白い漆喰で壁はおおわれていたのだろうが、今は剥げてレンガ部分が露出している。

 ちなみにレイさんはというと、こんなところを人が通ることもないとは思うが念には念を入れて気配を消して僕の守護霊になってもらっている。

 屋根は片辺は緩やかな斜辺、もう片側は急な坂になっている、前時代から続く工場や倉庫によくある構造をしていた。しかし、日本のトタン屋根もどき(都市には基本的にモンスター避けの魔法はかけられているが一応素材自体も強化されている)とは違って、オレンジ色の瓦が載せてあって、かなりおしゃんてぃーな印象になっている。

 縮尺さえ考えなければ、東京あたりでカフェーになりそうな感じだ。さすがヨーロッパ。おしゃれである。

 まあサイズがサイズなのでカフェになるには大きすぎるんだけど。

 そう、大規模な倉庫なだけあって、倉庫に入るのに受付を通り過ぎる必要がある。


 街の人には一切レイさんは気が付かれなかったけど、レイさんは大丈夫なのだろうか。

 さっきためしに立川さんにレイさんがどこにいるかゲームをしてもらって、それでは全然わからなかったみたいだけど、でも立川さんだもんな……。

 《強者の余裕》とかいう、気配察知できなくなるスキルがあるもんだから比較対象にならないというのが本当のところ。

 僕はというと普通に察知できてしまっているから、逆に心配になってくるのだ。


 倉庫の、赤錆色に塗られた鉄製の大きな扉を抜けると、そこは開放的ながら受付と書かれた紙が貼られた机と、おっさんがあった。おっさんがあった。受付と言うくらいだからお姉さんを期待していたのに。

 わかってた。

 こんな大物ばかり運び込まれるような倉庫にお姉さんの受付がいないことくらい。

 でも僕のちょっと期待してしまったやわなハートを返してほしい。


「おお、清水じゃねえか」


 しかもおっさんは、日本からこちらにくるとき船で一緒になった人だった。

 日本人じゃん。

 異国の地に居るのに、受付が外国人ですらないという。異国感のなさはどうなんだろう。


「どうも。昨日の今日で申しわけないんですけど、車を取りに来ました」


 まあ僕の外国語能力は高くないから嬉しいんですけどね。

 フクザツな気分になってしまうのも致し方ないだろう。


「冒険者が街でおとなしくしてちゃ冒険者じゃねえだろう! そんなこったろうと思ってたぜ」


 おっさんはそういうと、ガハハと笑った。

 いや、僕はレイさんと出会わなければあと二週間はここの港町でのんびり観光するつもりでしたがね。

 冒険者精神がまだ育っていなかったらしい。


 楽しそうに笑うおっさんに連れられて、僕たちの車の保管場所に向かう。

 床はコンクリート打ちっぱなしだし、ここは大型の荷物ばかりだから、車もこの庫内から普通に運転して出してしまえばいいとのこと。


「はい、わかりました! では、また」

「おう、今度は飲もうぜ」


 扉の前までたどり着いたところでおっさんとわかれる。

 3番倉庫と書かれた扉を開ける。この中に僕たちの車が保管されているらしい。おっさんがそうなると思ってた的なことを言っていたが、確かに3番倉庫は入口に一番近かったので、予想されていたのは本当だったのかもしれない。


 上部に3と書かれた扉を開ける。


「あれ? どうしたんだい? 何かあったのかな?」


 と、倉庫にちょうど河内さんがいたようだ。

 扉を開いたところ、河内さんと目が合って驚いてしまった。人間の気配があることはわかっていたけど、ここで普通に働いている人のものかと思っていた。河内さんは受付のおっさんから連絡を受けていたのかな? 特に驚いた様子はない。


 驚いているうちに黙り込んでしまっていた。僕は慌てて河内さんに笑顔で話しかける。


「この街の人にお話を聞いたらちょっと興味が出てきて、今から車で出ようと思ってるんです」

「ほう? それはどちらに?」

「南西の方ですよ。色々と面白いらしいですね」

「それは……もしかして、アトランテスだったりする?」


 なんで急にアトランティスが?

 僕は首を傾げて考える。前時代には、伝説の存在だったアトランティス大陸だが、現代には普通に存在している。

 ヨーロッパから南西のほうにアトランティス大陸は位置している。ヨーロッパに着いたのにすぐに旅に出るなんて、何か特殊な話を聞いて大陸間を渡る位の長旅を経た大冒険をするとでも思ったのだろうか。

 わざわざ倉庫までやってきているから、それで河内さんを頼ることにしたと思われたのかな?


「いえ? 僕たちが向かうのはまぁ適当に南西の方って言う感じですね。特にどこというのは決めてないです」


 僕慌てて首を振った。大げさに身振りも加える。

 確かに、モンスターであるレイさんに話を聞くという珍しい状況だが、海を渡るつもりはない。

 声の主は南西の方向にいるというふわっとした情報しかないのに、莫大な費用のかかる船旅などしていられない。金持ちの河内さん相手とはいえ、さすがの僕も遠慮する。

 まずはヨーロッパの、ユーラシア大陸を探ってからの話だ。


「あれ、そうだったのかい。いや僕はこれからちょうど商談でアトランティスに向かうところだったからね。もしかしたらって思って」


 言われてみれば、経営者である河内さん自らが倉庫にいることなど珍しい状況に思える。つまり、これから船旅をはじめるからちょうどここにいた、って感じなのか。


「あーそれは邪魔をしてしまいましたね。すみません。実は僕たち、車を取りに来ただけでして」

「気にしないで。僕も君たちとちょうどあえてよかったよ。じゃあ、焦らなくてもいいからヨーロッパの冒険、続けてね」


 移動途中であったろう河内さんに謝ると、彼は何でもないというように笑った。

 つけくわえるセリフからしてスマートである。

 これが世界を股にかける大商人か……!

 いや、男前効果だろうか。ただイケというやつだろうか。

 どちからにせよ、僕が同じセリフを言っても同じ雰囲気は醸し出せないことだけは確かだ。


「はい! ありがとうございます!」


 九十度に腰を曲げて感謝の意を記す。

 そう、僕たちヨーロッパに連れてもらってきたけど、さすがに日本に一生帰れないというのは嫌なのである。

 そのときのために交通手だ……ゲフンゲフン、お世話になるだろうお方には精一杯の経緯を示し、少しでも心象を良くしておくべきなのだ。


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