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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
二章 冒険者いけんじゃん
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9.やっかいな亡霊 後編

「しっかし、廊下に現れる餓鬼って……」


 廊下を2人並んで歩いていると、立川さんが眉間にしわを寄せた。

 僕は思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。ここまで来たら言ってしまうが、僕は幽霊とかそういうのが苦手だ。襲われでもしたら、恥を掻き捨てて逃げ去れる自信がある。

 だから、僕が襲われないように、立川さんがここにいなければならないのだ。

 ここで立川さんに不信感をもたれてはならない。色欲に溺れた餓鬼さんに穏便に生贄として捧げなければならない。


「ろ、廊下で亡くなられたんですかね?」


 僕の行き着いた結論にどうか立川さんがたどり着かないように、微妙に話題を逸らす。餓鬼本体の正体はあかん。

 せめて死因くらいの平穏な話題にしておこう。って、死因とか全然平穏とか無縁そうな言葉だけどね。わかってる。何を隠そう、ここでの平穏とは僕の心の平穏のことである。

 そうしてよこしまな思いで話題を振ったときだった。


「ふふっ……」


 何か声が聞こえた気がして、僕は思わず立ち止まった。


「どうした?」


 立川さんも立ち止まって訝しげに僕を見る。


「いま、なんか笑い声みたいなの、聞こえませんでした?」

「いや。聞こえなかったが」


 危機感なんてまるでないようなケロリとした表情で立川さんはそう言い放った。 まさか、僕がお化けを恐れるあまりに幻聴でも錯覚してしまったのだろうか。

 そう思うことにして僕は再び歩き出した。少し眉間にしわが寄ってしまうのはご愛嬌だ。だって、怖いものは怖い。


「うふふふふふ……オイシイ。……オイシイノガ……キタ……っ」


 しかし、再び声が聞こえた。


「ねえ、いまの……」

「ん? なんか聞こえたか?」


 ビクビクしながら口を開いた僕に、朗らかな笑顔でまさかの言葉を返してくださった立川さん。

 嘘だ! 絶対いまのは聞こえただろう!

 だって、セリフの内容を確認できるほどの音量だったぞ、いまの。

 美味しそうなのが来たって、歓喜の声をあげていたぞ。それを「なんか聞こえたか?」だなんてあっさり済ませてしまうとは、立川さんいくらなんでも危機感なさすぎるだろう。


 そこまで考えて僕はハッとした。

 そうだ。これは絶対立川さんの地雷スキル、《強者の余裕》のせいに違いない!


 ということで、今の声は決してビビッた僕の心が生み出した幻聴なんかではなく、本当に現れた餓鬼の声だと決定して行動を起こすことにしよう。

 僕は立川さんの手を引いて耳に口を寄せた。


「立川さん、絶対奴ですよ! いま美味しいのが来たって言っ……」

「キタァァァアアアアア!」


 その瞬間だった。テンションマックスな餓鬼が奇声をあげながら立川さんに向かってすごい勢いで飛んできたのだった。







 そいつは、通常の餓鬼とは何やら違うようだった。最初こそイケメンである立川さんに飛び掛ってきたものだと身構えたのだが、どうやら違うらしい。


「フフフフ」


 不気味に甲高い笑い声をあげながら僕らの周りを飛び回っている。

 餓鬼の姿は、通常の餓鬼のように、やせ細った身体にポコリと飛び出たお腹を携えて、血走った目で僕たちを睨みつけてきていた。腰には少し黄ばんだ白い服を申し訳程度に巻きつけている。当然髪の毛はなく、綺麗なつるっぱげだ。

 でもしかし。


「オイシイ……オイシイワァアア」


 しかしこの餓鬼、本当僕たちに穴が空きそうなくらい見てくる以外には何もしてこないのだ。狂喜的に飛び回っている。

 加えて何も食べていないのにも関わらず、餓鬼はおいしいの言葉を繰り返している。まさか、僕たちの生気を奪っているのだろうか。

 でも、今のところ体調が悪くなっている感じもしないし……。


 びくつきながら餓鬼を観察していると、その目に留まってしまったらしい。僕の方に注目すると、餓鬼は床を転げ回りはじめた。


「ハアアア……カワイイヨォヨワキウケオイシイヨオ」


 その言葉に僕は思い当たる節があった。やっと見つけた謎の行動の訳の手がかりということになるのだろうが、僕にはそれが外れであって欲しかった。

 だって、僕が何とか聞き取れた餓鬼の片言な言葉はヨワキウケ。それが僕の様子を指しているというのなら、ヨワキは当然『弱気』であろうし、それに付属しそうなウケと言えばアレしか思いつかないのだ。

 しばらく僕の方をチラチラ見ながら転げ回っていた餓鬼であったが、ふと動きを止めるとハッとした表情で立川さんを見た。


「アアッ……! ツヨキウケッテイウノモ、ステガタイ……」

「ふんっ!」

「アアアアアアアアアッ! ゴメンナサイ! フタリノジカンヲジャマシテシマッテェ……」


 ちょうど準備を終えていた立川さんが、餓鬼の台詞も言い終わらないうちに魔道具を起動させた。除霊の魔道具は何の問題もなく起動し、餓鬼の身を襲った。

 そして聖なる力に包まれた餓鬼は痛そうに悲鳴を上げる。しかし、何か理解したくない台詞を叫ぶその表情は何故か幸せそうであった。


「……」


 悲鳴も途切れ、餓鬼の姿も完全になくなった廊下に静寂が訪れる。淀んでいた空気が澄んでいくような気がした。


「今の餓鬼……」


 僕は呆然と呟いた。


「……ああ、腐ってたな」


 立川さんも心底ほっとしたような表情で、ぽつりと呟いた。

 僕も知り合いにアレに似た女の子が居る。餓鬼は、腐っていました。







「いやあ、助かったよ」


 長い廊下を引き返し、最初に通された玄関に戻るとそこには満足げに笑う河内さんの姿があった。


「さっきの合格って……」


 思わず先ほどの言葉の真理を確かめたくなって話しかけると、河内さんは苦笑する。


「うん。腐っていただろう。あの餓鬼」

「はい」

「だから、男性2人とかじゃないと出てこないんだよアイツ。それも選り好みするきらいがあってね。基準はイマイチわからないのだけど」


 多分、何人かの冒険者が挑戦しても現れなかったのだろう。河内さんは本当に困った表情をしていた。

 基準ね。

 たぶん、顔面がイケメンかそうでないか、とかではないだろうか。単純に。

 だって、河内さんが困っていたということは河内さんの目の前には現れていたのだろうから。強さというかっこよさに基準を置くのなら、冒険者相手に出てこなくて商人である河内さんの目の前に現れることはないだろう。

 そして、立川さんと河内さんの共通点と言えば、イケメンであることくらいしか思いつかない。僕は所謂、平凡受けとか言うギャップをつくりあげる役だろう。


「集団の中に一人でもイケメンが居れば出てきたんじゃないですか?」


 呆れて半ば冗談で言ってみれば、河内さんは驚きの表情。

 どうやらビンゴだったらしい。


「よくわかったな!」

「情報収集は怠っていませんでしたから」


 こう言っとけばさっきの餓鬼の、だと思ってくれるだろう。実際のところは、薄い本とかそういう桃色な作品の、であるのだが。記者としては、文化的にも歴史的にも長い間一定のシェアを誇ってきたジャンルということで、捨て置いておけるはずがないので。

 何作品か試し読みしてみたけど、ちょっと僕にはハードルが高かったみたいです。

 無言で燃やしておいた。

 後、友人で腐っている女の子に関しては僕を見るたび恐ろしげな視線を向けてくるので、最近はもう近くに気配を感じた瞬間に逃げることにしている。……あれ? これって友人って呼べるのかな。

 ……まあ、それはいいや。置いておこう。








 絢爛豪華な河内邸を後にした僕たちは無言でギルドに向かって歩いていた。


「立川さん、もう僕は絶対、餓鬼の依頼は受けませんからね」

「ああ、大丈夫。俺も受けたくない」


 強気受……いや、考えるのだけでもやめておこう。

 僕は鳥肌の立ってしまった腕をさすりながら大きく溜息を吐いた。

 今日は散々な日だった。



挿絵(By みてみん)

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