テオテル村の小さなディルク・4 ディルクのオシャレ髪型講座
「言っておくが粗茶じゃねーぞ。アティカが手ずから淹れたお茶だからな!」
ドンと置かれた器に気を悪くすることもなく優雅に香草茶をすするのは、テオテル村に一番近い町・パーネゼンの町長の息子イグナーツ。
こいつは何故か俺に懐いて以来、町からここまで往復で十日以上掛けてうちに来るようになった。
「分かっていますよ。アティカさん、有難うございます。美味しいですよ」
イグナーツがアティカに微笑みかけると、頬を染めたアティカはピャッと擬態語が入りそうな仕草で居間を出て行った。
しばらくイグナーツと談笑をしていてふと入り口を見たら、こっそりこちらを覗いている。可愛いな!
今年八歳の俺の妹、アティカは今は亡き母親に似たのか人見知りが激しい。村には滅多に来ないイグナーツが珍しいんだろうな。
テーブルを挟んで俺の向かいに座っているのは町で評判の美少年、イグナーツ十四歳。今日はサラサラの金髪を一つに括っている。
出会った頃は俺の短髪を真似ようとしたが、なぜかこの髪型をするやつは最初にやった俺と同じように丸坊主にする習慣が出来ていたのだ。
やつの坊主姿を見たくないイグナーツファンの必死の嘆願により短髪は諦めたようだが、以来その長髪を多種多様に変化させるようになった。
「お前、色々な髪型をやっているようだが、エルゼの真似だけはするなよ! したら縁を切るからなっ!」
「しませんよ」
俺の言葉に即座に返すイグナーツ。
良かった。イグナーツは出来る子のようだ。だが、いつかこいつもエルゼと同じゆるふわおさげと前髪パッツンにしたらと思うと……ゾッとする。今のうちに代替案でも出しておくか。
思いついた俺はニヤリとイグナーツに笑いかけた。
「よし、お前の為に俺が新しいお前の髪型を考えてやろう」
「え? ええ。有難うございます」
突然の俺の提案に、イグナーツは珍しく間抜けな顔をしている。
ここは、前世の知識を掘り起こし、こいつに色々な髪型を教えておこう。
「……で、三つ編みってどう編むんだ?」
「そこからですか!!?」
何だ悪いか。
後ろを向いて、俺に見せるように自前の金髪を太い三つ編みにするイグナーツ。男のくせに櫛を常備している所が、ナルシストっぽい。
俺も居間の入り口からこちらを覗いているアティカを呼び膝に乗せて、その髪の毛で練習してみる。
まだ子供特有の柔らかな手触りがして気持ちいいな。
「三つ編みをこうやって一つにして、くるくる丸めて纏める……ってのはどうだ?」
三つ編みに慣れてきたので、膝に乗せたアティカで言葉の通り実演してみせる。
「……うちのメイドがしている髪型ですね」
そうだよ! こいつの家(屋敷)にはメイドが居るんだよ! ボンボンめっ!
「じゃあ、こうやって三つ編みを二つ作って……、それぞれの毛先をくるりと付け根につけて輪っかにする、と。おお! 可愛いぞ、アティカ! どうだ?」
「おにいちゃん、ありがとー」
俺に向かってにっこりと笑うアティカはやっぱり可愛い。
「………………」なぜか無言のイグナーツ。
「だったら、上半分だけすくってそれを三つ編みにする、と。おお! これも可愛いぞ、アティカ! どうだ?」
「……それは、まぁ。アリですね。強いて言うならばもう少しゆったりと編んではどうでしょうか」
「あと、それを二つ作って左右に垂らすとか。両方輪っかにするとか」
「………………アティカさんにはお似合いですね」
他にも色々とイグナーツに教えてみたが、イグナーツの反応は今ひとつだった。
「………………三つ編み、好きですね」
「そりゃあ、エルゼがしてるからな」
「お気持ちだけ頂きます」と言って、何故か疲れたような風情のイグナーツはパーネゼンへと帰って行った。
そう言えば、何しに来たんだ? あいつ。
あれ以来、パーネゼンの女の髪型のバリエーションが飛躍的に増えた。やがて、テオテル村にも王都にもそれが届き、どこでも色々な髪型の女を見るようになった。
俺は……幼かった、と言いたい所だが、大人になった今でも俺の挙げた髪型のどこをイグナーツが気に入らなかったのかが分からない。
なんでだろうなぁ。
美的センスは知識チートに入っていなかったようです。イグナーツがやっても気持ち悪いって!
もともと拍手用小話、『テオテル村の小さなディルク』は本編で性格の悪いディルクの救済用だったのですが……、初っ端の台詞からして相変わらず性格が悪いですね。
拍手、有難うございました!