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翌日。クロエとアルエの学校は休みの日なので、のんびりしていると、携帯端末が着信音を鳴らす。メールを開くと、エストから『話がある。ハスターについてだ。君の意見も聞きたいので都合の良い日を教えてくれないか?』と書かれている。
「どうしたの?」
クロエが考え込むリアを見て、問いかけてくる。
「あぁ、ヘイロー大迷宮の話をしただろ? その時に保護したハスターって神について意見を求められてな」
「遺跡から見つかったんだよね? なんだか怪しい気配がする」
「んー、俺は迷宮のネタバレされて腹立つから乗り気ではないけど。親友の頼みと迷宮探索の事後処理としても、断る訳にはいかないからな。すまんが行ってくる」
「分かった。リアも気をつけてね。元は神だったんでしょ? 本当に危険が無いなんて言えないから」
頭の冴える子だと思う。素性の知らない存在への警戒心と、迷宮という異常さから現れた者を、まだ人間の形をしたナニカだと考えているのだろう。得体の知れない者は、本能的に恐怖を感じるものだ。
だから、リアはクロエの頭を撫でて安心させる。
「じゃ、行ってくる。すまんが俺の部屋でゲームに夢中のアルエには、クロエから伝えといてくれないか?」
「うん、行ってらっしゃい」
メールでエストに『今から行くよ』と伝えると『君はいつも急だな』と苦笑いのスタンプが送られてきた。
………………
王国騎士団の本部まで飛ぶと、入り口でスタッと降り立つ。警備の人がリアを見つけると敬礼して、入り口を開けてくれる。
中に入ると、エストが待ってくれていた。
「よく来てくれた。あまり大っぴらに話す事が出来なくてな。アイゼン隊長の指示でリアを呼ばせてもらった」
「構わんよ。じゃ、移動するか」
エストの案内で詰所に移動する。来客用の詰所にいるという事は、そこまでの脅威だと国が判断しなかったのだろうか? ハスターの特異性、というよりも不可思議さを考えれば独房に入れられても不思議とは思わないが。考え込むような仕草をしたせいか、エストが周囲に聞こえない程度の声量で説明してくれた。
「拷問系での情報収集は、敵国のスパイや兵士を除いて禁止されていてな。それに彼女は真偽はさておき情報をフルオープンしていて、国も扱いに困っていたんだ」
「んー。恩を売っといて良かったって事か」
「そうなる。それに迷宮の謎をネタバレされたのは些か遺憾だが、興味が全く無い訳じゃないからな」
「俺はあんまり、興味はないかな」
「え、そうなのか!?」
そうして、客人用詰所まで辿り着く。ノックをするとアイゼンが出迎えてくれた。「おはようリア、よく来てくれた」と言って中に入れてもらう。珈琲の匂いが鼻を抜けた。
ハスターはソファに座って優雅に珈琲を飲んでいる。
「あ、リア!! この黒くて苦い水、砂糖とミルクをぶち込んだら美味しくなりましたよ、不思議です」
「神様の時代には無かったんだ?」
「神の時代は、ほぼ酒酒酒!! 私は飲めないタイプだったので、食事に関しては本当に楽しくなかったです!!」
「なら安心だな。今の時代は多くの食文化が育ってる。楽しんでいけば良いさ」
向かいのソファに座ると、アイゼンとエストも隣に座る。漸くメンバーが揃った事で、ハスターは珈琲カップを置くと「では、私から渡せる情報を」と前置きする。
「まず、これだけは言わせてください。リア、助けてくれてありがとう」
「受け取ろう、続けてくれ」
「とはいえ、迷宮の謎については説明した通りです。これに関しては、私からは詳細な神話時代の話くらいしか提供できませんね」
ちょっと残念だなと思っていると、アイゼンの目が少し輝いていた。
「神話時代の情報は、あとで私に話してくれないか? 書籍化に歴史の編纂をすれば、多くの人々の良い娯楽になりそうだ」
「お安いご用です。えっと、それでですね。住居を提供してもらう代わりに私が提示できる情報はふたつ。他の迷宮の場所と、そこに眠る『神』の名前です」
「他の迷宮の場所……。それが分かれば、他国と小競り合いや牽制をする前に宝の確保に動ける」
「でも迷宮はさておき、神の名前だけ分かっても攻略方にならなくないか?」
その辺どうなの? という視線をバスターに向けると。
「私は星間移動の他に『風』も権能として持っていました。そしてアイゼンさんから聞いた話だと、迷宮の最深部には風の魔物がいたんですよね?」
「おう。と、なると攻略する迷宮……墓にいる神がどういった権能を持っているか分かれば対策できるって事か」
「まぁ、私友達少なかったんで『私と同類の神話』の神しか分かりませんが」
「……何も分からないよりマシか」
「あ!! 今つっかえねーとか思いましたね!?」
「うん」
「せめて取り繕ってください!!」
こいつ揶揄い甲斐があるわ。リアは微笑んだ。
エストが思わずクスリと笑い、アイゼン隊長も真面目な話し合いから逸れたなと確信する。つまり話の主導権がリアに渡ったという事だ。
「でも迷宮の場所が分かるのは有り難いぜ。ハスターちゃん様」
「ハスター様です!! まったく。ですから一先ず私は同じ『神話』に属する神の墓、迷宮の場所と権能を教えます」
「ん、さっきは揶揄ったけど、充分に有り難い。ところでハスター様の神話ってなんていうの?」
「ん? クトゥルフ神話ですけど」
「……」
リアはまさかと戦慄した。前世で人気だった架空神話だと分かり、恐らくこの世界に来て初めて、怖気が走る。
クトゥルフ神話。非常に厄介な神話という認識をしている。
そういえばクトゥルフ神話のハスターといえば、有名な邪神だ。そしてニャルラトホテプと敵対関係にある。その程度しか覚えていないが……兎に角『面倒くさいほど複雑で恐ろしい』事だけは分かる。あと邪神がめちゃくちゃ多い。
「は、はぁー」
「どしました?」
「いや……ちょっとだけ其方さんの神話を知っていてね」
「おぉ!! まぁ地球に降りてイタズラした同胞はいましたから、記録が残っていたのですね」
「ちょっと聞き難いんだけど……ハスター様って妻? か旦那を寝取られてるよね?」
「……ニャルのクソが」
「そこそこ合ってるのね……」
天井に顔を向け、過去1番面倒くさいといった顔で溜め息を吐くリア。アイゼンもエストも首を傾げ、そこまで察しているリアに驚きはしたものの、ハスターは同感だと頷いた。
「ぶっちゃけ、ハスター様って、クトゥルフ神話の中でも強大ですよね? 俺の認識だと貴方一柱だけで一神話作れるくらいの」
「そうですよ? けれどローゼライアには誰も敵わなかった」
「マジかよ帰ったらローゼライア様の祭壇作ろ」
「何故!? 私の祭壇も作ってください!! 今なら印もあげますよ!?」
「いらねぇ、呪われそう」
ここまで情報を引き出して、リアは前世よりもクトゥルフ神話の連中は強くないのだと思った。というより、ぶっちゃけヨグ=ソトースやアザトースまで出されては……地球どころか宇宙がヤバい。
つまりローゼライア様は、この世界の救世主。国どころか世界全体で信仰しなければならない神だと思い知った。




