15.エピローグ:どっちにしろ楽しみだな
気が付くと、蓮は半袖短パン姿で、鏡の前に立っていた。
「え! もう日本?!」
そして、鏡にうつる己の頭部を見て、失望の溜息をついた。
「はあ。やっぱ生えてないか……」
最後の最後で、話を聞かない女神に転移させられた。
ダリオが、必死で泉の水で濡らしたバンダナで頭を拭いてくれたが、それもほんの一瞬。
湿り気を感じたと思ったら、意識が途絶え、ここに立っていた。
「いくら伝説のエリクサーとはいえ、あんな少量で死滅した毛根が再生するはずないよな……。しかも、俺。ちゃんとお別れも出来なかったし……」
洗面台に両手をついて、うなだれる蓮。
そして、顔を上げて、
「ん?」
鏡に映る自分を見て、ピシリと固まった。
「も、もしかして……!」
電気をつけて、鏡にグッと頭を寄せ、じーっと見ること数秒。
彼は、目玉がこぼ蓮ばかりに目を大きく見開いて叫んだ。
「う、産毛が生えてる!」
つるんとしていた頭部一面に生えているのは、紛れもなく産毛。
蓮の頬を涙が伝った。
「間違いない! 毛根が復活してる……!」
それはまだ、本当に頼りない、生まれたての赤子のような弱々しい毛。
しかし、毛根が復活しているのであれば、あとはそれを我が子のごとく大切に育てればいいだけだ。
嬉しさのあまり、鏡の前でむせび泣く蓮。
「ありがとうな。エリアス、ダリオ。俺、異世界に行って、お前たちと冒険できて良かったよ」
*
異世界から戻ってきて、二週間後。
カッと暑い、よく晴れた夏の休日。
蓮は、海にいた。
「せんぱーい! ちょっと休憩にしましょう!」
「OK!」
ざばざばと海から上がる、蓮と七瀬。
夏らしい太陽の下、ピンクストライプのビキニを着た七瀬が、楽しそうに笑った。
「楽しいですね!」
「ああ、夏の海は最高だな!」
そう言いながら、濡れた髪の毛をかき上げる蓮。
その頭は、多少薄いが普通に毛が生えている。
なぜ、毛があるのか?
答えは、『増毛法』。
異世界で生えた産毛に、人工毛を結び付けて多く見せているのだ。
この増毛法。
蓮も、召喚前に考えたことはあったが、カツラや人工毛に対する抵抗感があり、どうしても手が出せなかった。
しかし、ダリオとエリアスの言葉で、蓮は考えを変えた。
『蓮の世界はスゲーな! ハゲ先進世界だ!』
『人々のたゆまぬ研究と研鑽が生んだ奇跡の技術ですね。素晴らしいことです』
約四千年前、古代ローマ時代に始まったハゲ研究。
たゆまぬ技術の研鑽によって生まれた、本物と見まがうほどの増毛技術。
これらは、間違いなく、この世界が誇るべき文化の一つだ。
それをおかしな偏見を持って利用しないなど、愚の骨頂ではないか、と。
異世界で、彼はハゲとして成長していた。
そんな訳で、蓮は思い切って増毛サロンを予約。
増毛してもらった、という訳だ。
ちなみに、毛が増えすぎて誰か分からなくなってしまった魔王の教訓を生かし、増毛はほどほどにしている。
海から上がり、自分たちのパラソルに戻る蓮と七瀬。
七瀬が白いパーカーを羽織りながら、にっこりと笑った。
「私、何か飲み物買ってきますね!」
「いや、俺が行くよ」
「ダメですよ! 先輩さっき焼きそば買ってきてくれたじゃないですか。今度は私が行ってきます!」
待ってて下さいね! と、元気にかけていく七瀬。
その後姿を、微笑ましい気持ちで見送る蓮。
そして、ふとキラキラと輝く海に目を移すと、口の中で呟いた。
「……そういえば、異世界でも三人で海をながめたっけ」
カップルだらけの中、バンダナと帽子とローブの男三人組。
明らかに浮いていたその姿を思い出し、蓮は苦笑した。
「まったく、ハゲ三人で何してるんだよ、って感じだったよな」
もう、あんなに気が合う奴等はいないだろうとは思うものの、蓮は不思議と寂しい気持ちにはならなかった。
「なーんか、また会える気がするんだよな」
再び蓮が異世界に召喚され、三人でエリクサーを取りに行くのかもしれない。
もしかすると、二人がこっちに来て、増毛法を体験するのかもしれない。
「どっちにしろ、楽しみだな」
口の端を緩める蓮。
「せんぱーい!」
聞こえてくる、波の音と、七瀬の声。
蓮は立ち上がると、ラムネらしきビンを抱えて、手を振りながら走ってくる七瀬に、
「走ると危ないぞー!」
と、声を張り上げながら、笑顔で手を振り返した。
彼等の夏は、まだ始まったばかりである。
おしまい
これにて完結です。
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それでは、また機会があったらお会いしましょう。
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