33 魔王救出。
シャンテには、魔力感知能力がある。
来たことは、わかったのだろう。
魔王城の大きな扉が、開かれた。重く開かれた扉のその先を見ても、魔物が現れる気配はない。
操られた魔物の十匹や二十匹は出てくることを覚悟していたが、来なかった。
夜なら、少ないと予想はしていたが、いないとは驚きだ。
私とジェフは顔を合わせると、頷き合う。
そして、魔王の城の中を進んだ。城の中の壁も、トゲに覆われている。
触れても問題ないが、触れないように注意しながら、廊下を歩いていく。
私は魔法結界を出す魔法道具を発動させるように、指示を出した。
パキン。パキン。パキン。
小瓶が割れれば、魔法が咲き誇る。花火のように。
真っ赤な魔法陣が広がって、魔法の壁を作り上げる。
ラメのような粉が舞い降りては、消えていく。
これで駆け付けた魔物がいても、入ってこない。
私達は、進み続けた。
そうして、前魔王戦で戦いをした謁見の間に到着。
扉が開いたかと思えば、トゲが蠢き出した。
襲い掛かってきたが、私達は気にせず、謁見の間に足を踏み入れる。
「ジェフ、頼んだ」
「気を付けて、リリカ」
ジェフの率いる精鋭に任せよう。
「魔王シャンテ!」
玉座に歩みながら、私は声を上げて呼んだ。
黒い長髪、青黒い羊のような角を生やし、青黒い鱗のような鎧を纏う。
長身の身体は、玉座に深く座り、顔は俯いていた。
反応がない。
しかし、謁見の間にも黒いトゲがあり、それが茨のように絡みつこうとしてきた。
グリーゴリくんが、両断してくれたので、構わず進んだ。
「それとも、魔人と呼ぶべき?」
「――立ち去レッ!!!」
ダンッとひじ掛けに拳が叩きつけられる。
魔王シャンテの声だったが、それはノイズが混じったような、拡張された声が響く。
そして、鞭のようにしなって、黒いトゲが飛ぶ。
それは私に届く前に、電撃の魔法と衝突して、消え去った。
振り返らなくても、スクリタの魔法だろう。昔から雷属性の魔法は得意だ。
シャンテの弱点は、今も雷属性らしい。
「私よ! シャンテ! 聞こえてる?」
「誰だろウと、立ち去レ! 壊しテ、ヤル!」
「凜々花よ! 顔を上げて、私を見なさい!!」
顔を上げるように言えば、その青白い顔が上がった。
青の中に赤がある瞳だったのに、黒い目をしている。
深淵のような、真っ黒な瞳。
「り、りか……さま?」
「シャンテ?」
クリアな声に聞こえた。
「リ、リカ……魔導師リリカ……」
また、ノイズが混じったような声が響く。
「欲シイ……。モウイナイ。欲シイ。イナイ」
意識は、混濁しているようだ。
シャンテの意識と、魔人の意識が、一つの身体にあるせいだろう。
どうやら、シャンテの意識は完全には支配が出来ていない。
「欲シイ。イナイ」
「ここにいる! 天才魔導師凜々花はここよ!」
「アアァ! リリカ! リリカぁアア!!」
「……シャンテは私を凜々花様と呼ぶ。アンタはお呼びじゃない、魔人! その身体から出なさい!」
「オマエッ、壊ス!! ――――殺ス!!!」
魔人が支配しつつあるようだ。早く魔人を引き剥がそう。
殺意を向けて来た魔王シャンテに乗り移った魔人が声を上げれば、私の前に弟子達が立ちはだかった。
「私の友を返してもらおうか!?」
私が杖を真っすぐに差せば、アルテが先手を打つ。
転移魔法で玉座の上に移動して、雷を付与した短剣を振り下ろした。
空になった玉座に、短剣は突き刺さる。
魔人は、エグジとスクリタの前に、黒い煙を撒き散らして現れた。
「リリカぁアア!!」
「「”――トォノド・ショック――”!」」
エグジとスクリタの雷属性の衝撃波を間近で受ける。
しかし、ダメージを浴びた様子はなく、私に向かって手を伸ばす。
エランが私を乗せて、謁見の間を飛ぶ。
そして、玉座の前に下ろしてくれた。
「始め!」
私は合図を出して、杖の矛先を魔人に定める。
そして捩じって、魔力を吸い始めた。
アルテも階段を飛び降りて、構える。
魔人はシャンテを乗っ取っているからなのか、以前よりも頭が回るようだ。
私を振り返り、手を伸ばす。
そして、七年前に不覚にも受けてしまった黒い刃が四方八方から放たれた。
私と弟子達の一枚目の魔法壁を破壊。そして砕けた。
続けざまに無数の黒いトゲも飛び出す。ロケットのようだ。
だが、強度が上がった二枚目の壁は壊せない。
こちらも受けてばかりではなかった。
シャンテには、雷属性が効く。トゲも、だ。
弟子三人に囲まれた魔人は、もう袋のネズミ。
放たれるトゲを避けつつも、エグジ達は雷属性と光属性の魔法攻撃を与え続ける。
どんどん私の杖に魔力が吸われていく魔人は、痛みが効いてきたようで、昔のように雄叫びを上げる。
シャンテの声も混じるそれを聞きながら、堪えろと心の中で言い聞かせた。
「ウオオオォオ!!!」
半分まで吸い取れただろうか。
杖に亀裂が入り始めた。杖の中に埋め込んだ賢者の石が、黒く濁る。
杖から魔力を奪い返しているようだ。
抵抗している。
禍々しい魔力が、爆発した。
謁見の間を揺さぶる。天井が崩れて、トゲに襲われ、エグジ達の攻撃が止んでしまう。
それから、魔人は私の前に飛んできた。
エランが阻もうとしたが、殴り飛ばされる。
魔人の狙いは、杖の中に奪った魔力かと思ったが、私を掴もうとした。
しかし、敵意があるなら、魔法壁は発動する。
私は杖を庇うように背にしたあと、手を翳す。
「”――トォノド・ショック――”」
バチンッと感電したが、魔人は魔力を込めて二枚目の壁を殴り壊した。
「師匠!!」
駆け付けようとしたアルテ達だったが、魔人は壁を立てて阻む。
そうして、目の前で、トゲを放ってきた。
ドリルのように回るトゲが、三枚目の壁をこじ開けようとする。
「”――トォノド・ショック――”」
私はもう一度、雷属性の衝撃波をぶつけた。
ほぼ同時に、私の三枚目の魔法壁が壊れる。
魔人は、にやりと笑った。
ようやく、私に触れられると思ったのだろう。
首目掛けてきた手は――――壁にぶち当たる。
「魔法壁は五枚張るのが定石でしょう」
私はべーっと舌を出して笑ってやった。
昔とは違う。この身体で、何かを食らっては、一たまりもない。
だから、念のため、五重の魔法壁を用意しておいた。
ぐらっとシャンテの身体が揺れたが、また雄叫びのような声を上げる。
私はターンとして、手を翳して唱えた。
「昔を思い出すわね、シャンテ。”――トォノド・ショック――”!」
また衝撃波を受けた魔人は、後ろへよろける。
「リリカ、さ、まっ……」
「シャンテ?」
一瞬だったが、黒い瞳から青い瞳に変わった。
でも一瞬だ。
立てられた壁は、雷鳴が響き渡るとともに破壊された。
「無事ですか!? 師匠!」
「まだなのかっ? おい!」
「急かさないの!」
弟子三人が駆けつける。エランも起き上がって、エグジのそばに立つ。
「もう少しよ」
私はスクリタの問いに答えてから、杖を確認した。
持つかしら……。
いや、持たせる。
「オオオオォオ!!!」
また城を揺さぶる勢いの叫びが放たれた。
「コロシッ、欲シイ!! ホシイホシイホシイ!!! アア!! アの女がっ!!!」
シャンテが、いや魔人が自分の頭を抱えて、声を荒げる。
「何が言いてぇんだコイツ」
スクリタが怪訝な顔つきで睨みつけた。
「殺セ! ころ、シテ、くれ!! 殺セ!! 殺シテ、クレ!!!」
シャンテの声が、クリアになったり、ノイズが混じったり、交互に声が変わる。
きっとだいぶ魔力を吸ったからだろう。
シャンテの意識が主導権を奪おうとしている。
そう思ったが、違う。
シャンテは、殺してほしいと頼んできた。
自分を殺せ、と。
「リリカ様ッ! アア、リリカ様ッ! ホシイホシイ!! 殺してクレ!!」
「シャンテ! しっかりしなさい!!」
私がそう声を上げると、シャンテがぴたりと動きを止めた。
「アハハははッ!!! アノ女は、死んダ!!!」
そう笑い出したのは、絶対に魔人の方だ。
「私の友を――――返せって言ってるんだよッ!!!」
頭にきた私は、右手でシャンテの手を掴んだ。
押し退けた弟子達が制止の声を上げたが、私が呪文を唱える方が早かった。
「”――ショックザノド――”!!!」
十年前もシャンテに食らわせた魔法。
ありったけの魔力を込めたから、威力はどうかな。杖を介してない。
倍増だといいけれど。
でも、効いたらしい。
シャンテの身体はバチバチと発光しながらも感電し、そして震えた。
それでも、魔人は私の右手を掴む。捻り上げようとするその手に、アルテが短剣を突き刺した。
「師匠に触るな!! 魔人め!!」
そう怒鳴って。
「”――ショックザノド――”!」
エグジがもう一度、感電の魔法をかける。
「急げ! 師匠!!」
スクリタが蹴りを決めて、壁に追い込んだ。
私は残りの魔力を吸い込もうと、杖を突きつけた。
「ヤめろぉオオオオ!!!」
ぴきぴきっと亀裂が酷くなる。
白かった柄は、もう黒ずんでしまった。
「シャンテ!!! 追い出しなさい!!!」
私が叫ぶと、杖にはめた賢者の石が弾ける。
だめだ! 杖が、持たない!
私は急いで、用意した封印魔法を発動させる。
ゴーン。
鐘の音が響く。
無数の魔法陣が、浮かび上がる。
ゴーン。
また鐘の音が響けば、魔法陣の数が増える。
ゴーン。
鐘の音が響き、杖を手放す。
瞬きをするような一瞬の間に、魔法陣は杖に吸い込まれた。
いや、魔法陣の方が、杖に張り付いたのだ。
妬き付くように魔法陣が刻み込まれた杖は――――朽ち果てた。
同時に、どさっとシャンテの身体が倒れる。
そこらじゅうの壁に生えたトゲも、黒い灰になっていく。
「シャンテ!」
私は魔法をといてあげて、シャンテを起こして、顔を掴み、覗き込んだ。
瞳は開いていて、赤色を囲った青い瞳に戻っていた。
すぅーっと、その瞳から涙が流れていく。
「……リ、リカ、さ、ま……」
声は枯れているが、シャンテのものだ。間違いない。
「あなた、なのですね……?」
「そうよ。シャンテ。あなたよね?」
私かどうかを確認するから、答えたあとに、私も確認してやった。
笑いかけると、ますます苦しそうな顔をするシャンテ。
「はい……私です。……申し訳、ありません。あなたを、生き返らせようと」
「魔人の力を利用しようとして、乗っ取られた? 全く」
魔人の力で蘇生魔法をするつもりだったのか。
やっぱり、私のせいだ。
「どうしても、蘇らせて、言いたいことがあったのです」
「言いたいこと?」
「ずっと、言わなかったことを……」
シャンテは私の頭の後ろに手を回してきたかと思えば、引き寄せてきた。
「愛しております」
シャンテも顔を寄せてきて、唇を重ねてきたのだ。
「リリカ様……心から、愛しております」
何度も、何度も、唇で唇に触れてくる。
愛を告げながら――――。
ひょいっ。
急に、私の身体は浮き上がった。
身体には腕が巻き付いていたから見てみるとジェフ。
「魔王シャンテ! こんな事態を引き起こしておきながらっ貴様!」
「ふざけんな!! またしやがって!!」
「息の根を止めてやろうか!? 今! ここで!!」
エグジとスクリタとアルテが、カンカンに怒っている。
ジェフも例外ではないようで、憎たらしそうにシャンテを睨み下ろす。
けれど、私に目を向けては、二度見した。
「リリカ? リリカ、なんで……そんな顔をするの?」
ジェフの戸惑い一杯の声で、自分の顔に触れる。
熱い。
きっと、真っ赤になってしまっているに違いない。
いや、だって。ときめかずにはいられないだろう。
今まで尽くしてきてくれたのは、愛していたからだ。
恩人だからだけではなく、愛していたから――。
そして、情熱的な口付け。今までされたことなんてなかった。
いや、私が求めさえすればきっと、誰かがしてくれだろうけれど。
そんな時間を作るつもりも暇もなかった私には、効果てきめん。
私はジェフに抱えられながらも、真っ赤な顔を両手で覆い隠してのけぞった。
「うー」と呻くのが精一杯。
すると、殺気立った弟子三人とジェフが、同時に「殺していい?」と訊ねてきた。
シャンテのことだ。
「今救ったところなのに!?」
弟子三人が騒ぎ出すが、聞き取れない。
怒っているのは、確かだ。
「どちらにせよ、彼は重大な過ちを犯した。大罪人だよ。リリカ。拘束する」
「……わかっているわ」
魔人を封印から解いた。
世界を危機にさらした以上、罰せずにはいられない。
「でも、ちゃんと話をさせて。あの日、私を看取った皆に話したい。何故私が死んだのか」
「……朝にしよう。その間、魔王シャンテは拘束して牢屋に入れておく」
「シャンテ」
「……従います、リリカ様」
そう答えるシャンテは、起き上がらない。起き上がれないのだろう。
あれだけ苦手な雷属性の魔法を浴びたのだ。
魔人が抜けて、ダメージがどっと出ているのだろう。
私も疲れがどっと出てきたし、眠気にも襲われている。
「魔人の封印は成功したんだよね? リリカ」
「誰に言ってるんですか? 天才魔導師リリカ師匠の魔法は完璧でしたよ。おれ達の師匠を返してください」
「でも杖は壊れたように見えたよ? このまま寝かせてあげよう」
「封印したあとに灰になった。封印は全て灰の中。封印をもしも解きたいなら、灰を集めて杖の形に戻してから、複雑な魔法陣を正確な位置に正さないと解けない。まぁ、不可能だけれど。おれが抱えるから、返してください」
ジェフとエグジが私の取り合いをしつつ、玉座の階段を降り始めた。
私はうとうとしつつ、ジェフの肩に顔を埋める。
魔人の封印と魔王を救出に成功。
朝。目覚めると、また弟子達が私のベッドで眠っていた。
右にはエグジ、左にはアルテ。足元にはスクリタ。
のっそりと起き上がる。肩から、するりと黄金色の髪が滑り落ちた。
弟子達を起こさないようにベッドから降りようとしたが、そんなこと無理だ。
手をついたらベッドが揺れて、三人は目を覚ました。
「師匠! どこ行くんですか!?」
「師匠!?」
「あ!? どこ行く!」
三人とも、飛び起きては、心配する。
過保護だなぁ……と苦笑を零しつつ、愛されていると実感した。
『天才魔導士凛々花は愛されすぎている!』
今年の目標は、『長編連載一つを完結する』ですので……。
去年書きかけたものを、原稿の合間に頑張りました。2022年ぶりでした……!
天才魔導師の凛々花ちゃん、愛されすぎているお話でした。
お付き合いいただきありがとうございました!
よかったら評価、いいね、よろしくお願いいたしますね!
2025/02/21




