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繚乱のダンジョン 17

 人の噂も七十五日。

 そんなに長くは続かないって意味らしいけれど、七十五日って結構長いと思うの。

 何故そんなことに思いを馳せているのかというと、ワタシのお腹の虫が盛大に空腹を訴えていたという噂が思いのほか広まっていたからなの。いろんな方に、いっぱいお食べ、おかわりしてね、と声をかけていただいて、とっても居た堪れないわ。

 まあ、居た堪れないといいながらもしっかり美味しく頂きましたけれどもね。

 お腹がいっぱいになって、なんだか体がぽかぽかしてきたわ。

 避難所の皆さんも心なしかキラキラして見えるもの。


「実際にキラキラしているね」

「バフがかがってるの」

 ノエルお兄様とじぃじ先生が生暖かい視線で何かを訴えていらしている、気がするわ。

「ダンジョンのレア食材。あれだけ使えばこうもなるでしょうね」

 ユミル先生の冷静な分析が続く。

「疲労回復持続、抵抗力増、攻撃力増、防御力増。高難易度ミッションにでも挑戦するみたいね?」

 高難易度ミッション。一定階層ごとに定期的に発生する高ランクのフィールドボス討伐ミッションのことね。通常なら複数のパーティーで挑戦するの。

 

 ミントとふたりだけだったマーテルのダンジョンでの生活。

 通常モンスターでさえうっかり鉢合せしたら命の危険があったというのに、高難易度ミッションに遭遇なんてしたら生きて帰ることはできなかったでしょう。

 だから、なるべくモンスターを迂回して進めるように、食料を確保できるときは多めに確保していたの。決して食い意地がはって大量にお肉やお野菜をため込んでいたわけではないのよ!


 市場が混乱するから安易に売るわけにもいかず、かといってひとりでも食べきれず──それ以前の問題としてバフのかかるようなレア食材を普段の食事には使用しない──そのため、ワタシのポーチで眠っていた大量のレア食材たち。

 ロサの皆さんに食べていただけてよかった。

 まあ、そのせいで皆さんキラキラしているのだけれどもね……。




 ロサを訪れて三日。

 ワタシは懐かしい方々と再会していた。

 マーテルからいらした冒険者の皆さんだ。

 そう、マーテルのダンジョンでワタシを探していてくださったパーティーの方々が、ロサに救援に駆けつけてくださったのよ。

 あの時はいきなり囲まれて揉みくちゃにされた挙句、レティシアさんに軽くあしらわれているところを見ていたせいで気安さを感じていたのだけれど、ダンジョンの下層階の探索ができる高ランク冒険者なのよね、この方たち。例によって仕事しなさい、とレティシアさんにおしりを叩かれているおかげでそんな風には見えないのだけれども……。

 けれども彼等の実力は折り紙つき。きっとロサの復興もそう遠い未来の話ではなくなるでしょう。

 ぐちゃぐちゃにされた髪を整えながら、急に賑やかになったロサのダンジョンをワタシは頼もしげに眺めていた。




「ユーリ殿下。私どもはこれから月光花の採取に向かうのですが、よろしければご案内させていただけないでしょうか」

 ユミル先生に仰せつかったエリアに浄化魔法をかけ終わっていたワタシは、せっかくなので見学させてもらうことにしたわ。

 月光花はロサの名産品のひとつで、夜間に蛍光の黄色い花弁をつけることで有名よ。この花は加工されて染料や香水になるの。

 今日は3階層での採取らしく、ロサの冒険者の方が護衛として同行してくださっているわ。ええと、大剣にショートソードに双短剣……三名とも戦士なのね。まあ、ロサの3階層のモンスターはノンアクティブの角ウサギだし、問題はないかしら、ね。


 暗がりの中、無数の小さな月が仄かに明かりを灯す。

 いたいけな月は手折られる時、軽やかな鈴の音を響かせる。

 涼やかな音がささやくたびにその仄かな明かりは宵闇に溶け、幻想的な光景を儚げにみせている。

 花弁を潰さないよう慎重に、その淡く光る丸い花を折り取ると手の中で鈴が鳴った。


 月光花を採取するたびに辺りが暗くなっていく。

 怪談話で蝋燭を吹き消していくような不思議な緊張感のなか、最後の鈴の音が鳴った。

 暗闇のなか佇んでいると、かしゃり、月光花の可憐な響きとは似ても似つかない、無骨な金属が無粋に音をたてる。

「どういうつもりかしら?」

 再度灯った小さな月明かりに武器を構えた戦士たちの姿が浮かび上がる。

「見てわがらんか?」

「無能が調子にのっから、こうなんだ」

「この国に、無能は必要ない」

「えふりこいで点数稼ぎしたって無駄だぞ」

 点数稼ぎ?どういうことかしら?

「とぼけんなよ、おめが何しにこごさ来たが、知ってんだぞ」

「無能が陛下に擦り寄るな、汚らわしい」

「大人しく帰るなら痛い目見るだけで済ましてやんよ」

「この国から、出でげ!」

 叫ぶと同時に殴りかかってきた案内人を避けると、背後にいた大剣使いが剣を振りかぶったのが見えた。ワタシは勢いをつけて彼の懐に飛び込むと、必要以上にあがったその顎を拳で打ち上げる。バランスを崩して仰向けに倒れる大剣使いを尻目に双短剣の青年と向き合った。軽快に左右にステップを踏みフェイントをかけながら距離を詰めてくる彼の後ろでは、ショートソードを構えた壮年の男性が様子を窺っているわね。

「せいっ」

 鋭い掛け声と共に切りつけてきた短剣をかわすと、反対に腕を取って大きく振り回してやる。

「へあっ?」

 そのままバットを振るようにショートソードの男性に向かって放り投げてやると、ガッという鈍い音と共にふたり揃って口元をおさえて蹲った。双短剣の青年が涙目で初めてだったのにとか呟いているけれど、何のことかしらね?

 さて、振り返ると最初に殴りかかってきた案内人の男性は大剣を拾い上げたところだった。

 戦士でもないひとに大剣を扱うのは無理だと思うのだけれども……。

 中途半端に剣を抱えて足下をふらつかせながらもこちらにやって来る。たぶんワタシを切るつもりなんでしょうね。

「……おめに、おめなんがに、ロサに来られでたまるがっ!」

 何をいっているのかよく分からないのだけれど、とりあえず剣ごと蹴っておきましょうか。

 ゴッという嫌な音がして彼は倒れた。いけない、剣が頭に当たってしまったのね。気絶しているだけのようだけれど、早く救護所に運んだほうがいいでしょう。

 素早く立ち上がって辺りを見回すと、何故か疲れたような顔をしたレティシアさんと目が合った。


「一応聞いておくわね。怪我はないユーリ?」

 

 

 

 

 

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