繚乱のダンジョン 16
うららかな日差しのなか青々とした芝生の上をゆっくりと歩く。
向かう先には見るからに公園のお手洗いのような建物があるけれども、別にワタシはお花摘みに来たわけではないわ。この建物は下層階に続いているの。
階段を下りると、そこは幻想的な夜の花園だった。
儚げに青白く光る花が咲き乱れ、風にそよいで揺れている。
海月のような姿のキノコがうっすらと発光している。
何処からともなく流れてくる鈴の音が、さらにその神秘性を引き立てているわ。
ずっと昼の1階層とは逆にこの2階層はずっと夜なの。
だからロサの皆さんは普段は1階層にいて、眠る時間になると2階層に下りるのだそう。
用意していただいたテントの前で軽くストレッチをする。
最近ミントはワタシの頭の上がお気に入りなのよ。子猫の頃はフードの中が定位置だったのだけれど、大きくなって自分の重さでフードが下がっていくのが嫌みたい。
ふかふかであったかい可愛らしい帽子をかぶっているようでワタシは嬉しいのだけれど、自然と姿勢がよくなるものだからストレッチは欠かせないの。
じぃじ先生……いえ、アルマン陛下はそんなワタシ達の様子を微笑ましげにご覧になって、良いトレーニングだの、とおっしゃっていたけれども……どういう意味かしら?
星空を見上げるとほうき星が瞬いた。
あいかわらずダンジョンは芸が細かい。
ダンジョンのほうき星でも願い事は叶うのかしら?
ワタシの一番の目的だった悪夢の封印は叶ったわ。後は、復興に向けて微力ながら尽力していくしかない。まだ学生のワタシは地上でローカーシッドの駆除は出来ないけれど、ユミル先生を手伝って避難所の環境を整えていくつもりよ。
そして、レポートも書かないと……。
そのためにも、今夜はしっかり休まないといけないわね。
『悪夢の封印、ご苦労様』
『よく頑張ったね』
『けど、大変なのはこれからだよ』
『君が今いるのはダンジョンだ』
『背後に気をつけるんだよ』
朝食は栄養バランスを考えたお手本のような献立だった。
避難所生活で乱れがちになりやすい食を……
「育ち盛りのお前さんにはもの足りねだろの」
淡々と粛々と執り行われる朝食の義。
食事時に子供たちのはしゃぐ声やお母様方の談笑する声が聞こえないのは不思議な気がするわね。ラピスの避難所での喧騒を思うとなんだか不安が込み上げてくるわ。
「皆不安なんだろの」
そう、でしょうね。
親しい方を亡くされた方は大勢いて、しかもその原因は未だ我が物顔で地上を飛び回っている。
こんな生活がいつまで続くのか……。見通しの立たない避難生活はそれだけで大きなストレスだ。
「一年は優に賄える貯えはあるんだの。んでもの、皆怖がっての、ながなが思いきって糧を使おうとしねのだの」
そういう、こと……。
それは、それだけ恐怖を感じたということだわ。この先何年もモンスターの脅威に晒されて、耐え忍んで生きていかなければならないと思い込むほどに。
現実はそうではない。
現にワタシ達は港からダンジョンまで歩いてきた。
悪夢を封印した今、ローカーシッドの脅威は時間と共に減少していくだろう。
じきに冒険者の方々が大勢かけつけてくださることになっているのだから。
けれど、そんな事実は何の慰めにもならないわ。
ロサの皆さんの食が細いのは、この災禍によってもたらされた不安と恐怖の表れなのだから。
避難所の食事が食物繊維たっぷりだったのは、健康面を考えてのものだけじゃない。これは、ロサのダンジョンの数少ない、食材にできる採取物なのよ。
これは本来、他国の者が口を出す問題ではないかもしれない。
けれど、他国の者だからこそ、出来ることがある。
食事とは、栄養を摂るだけのものではないのよ。
ワタシは意を決して口を開いた。
「提案があります」
キャンプ場に用意された調理スペースのテーブルの上に、ドンっと肉の塊を置いていく。
牛肉の山、豚肉の山、こんにゃくの山、里芋の山、葱の山。
ワタシがマーテルのダンジョンで手に入れた食材よ。特に葱は葉物野菜に飢えていたワタシがリポップ待ちをしながら何度も採取したおかげで、まだまだたくさんあるわ。ただ、テーブルに乗り切らないからとりあえずひと山だけね。
ダンジョンから帰還した後、マップのデータと一緒にマーテルの管理者ギルドに一旦提出したのだけれど、返却の際に今はまだ売らないで欲しいと念を押されてそのままになっていたの。
それから、マーテルに留学する際に皆が持たせてくれた調味料各種。
砂糖、酒、みりん、醤油、味噌。
さあ、皆で芋煮を作るわよ。
名付けて、他人の金で食う飯は美味い作戦!
関係者各位に配慮して、醤油と味噌、両方をご用意いたしました。
私の田舎のおばあちゃんの家は少数派の第三勢力の地域だったからそれ程でもなかったのだけれども、味噌派醤油派の熾烈な争いは有名だったわ。
学校行事で企画された芋煮会は今でもよく憶えている。味付けを決める際のお母様方のピリピリした雰囲気はただ事ではないと、幼かった私の心に深く刻み込まれているわ。
さてと、準備は整ったわね。
学園で調理の授業を取っている生徒さん達が率先して仕事を割り振ってくれたおかげで混乱はない。
協力してくださる方が揃ったところで、まずは……
『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこの穢れを清め給え』
調理スペースが浄化の光で満たされると、静かなどよめきが起こる。
「では皆さん、よろしくお願いします」
光の落ち着いたところでワタシが声をかけると、一斉に動き出す皆さん。テキパキと調理するテンポの良い音が響いてきて、なんだか楽しくなってくるわね。
小さい子達がきゅむきゅむと一口大にこんにゃくを千切る音を聞きながら、ワタシは里芋の下処理をしていく。里芋は皮をむくときに手が痒くなってしまうことがあるのだけれど、これは浄化魔法で対処できるの。そのため、里芋の下処理は治癒師科の生徒で行っているわ。
「あの、質問よろしいでしょうか、殿下」
チョコレート色の髪の少女がおずおずと声をかけてきた。
「ええ、もちろんよ。それと、ワタシのことはユーリと呼んでちょうだい」
「あ、ありがとうございます。ユーリ、様。その、アルマン陛下とはお知り合いなのでしょうか?」
「そうよ、じ……アルマン陛下には幼い頃、護身術をご指導いただいたことがあったの」
「まあ、そうだったのですね」
一つ目の大鍋での調理が始まっていたらしく、美味しそうな匂いがしてきたわ。
食欲をそそる香りにつられてお腹がぐぅとなった。
「あー、お兄ちゃんお腹なったー」
小さい子に指摘されて頬が赤くなったのが分かった。は、恥ずかしい。
「こら、ユーリ様に失礼でしょ!それから指をささないの!」
先程の少女が声を裏返して叱る様子がなんというか、とても微笑ましいわね。
「いいのよ。こんなに美味しそうな匂いがするのだもの、ワタシお腹すいちゃったわ」
「そんなっ、子供たちが失礼を……」
くぅ、と可愛らしい音がした。
「メイミおねーちゃんもお腹なってるー」
「だから、指をさしてはいけませんっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶメイミに、どうやら話が聞こえていたらしい周りのひとたちが笑い声を上げる。
笑いを提供してしまったワタシ達はその後、ただひたすら、里芋の皮むきに邁進したのだった。




