繚乱のダンジョン 15
黄色い煉瓦の道の両側には可愛らしいチューリップの花壇。
ショーウィンドウの素敵なワンピース。
たっぷりのハチミツで頂く美味しいパンケーキのお店。
薔薇園の水時計のオブジェ。
美しいもの可愛らしいもので満たされた花の国、ロサ。
ロサのダンジョンの産出品は主に花や染料、綿花、麻糸や絹糸などである。
モンスターが稀にドロップする織物は質の良いものが多く、そのためロサは繊維産業が盛んだ。
服飾業界で成功を夢見るものはロサを目指す。
この世界の有名なファッションデザイナーの多くはロサに店を持っているの。
アルバートの憧れの国でもあるわ。
花の香りのするオシャレな街、それがロサのイメージね。
ただ、今は見る影もないのだけれども……。
その原因が今、ワタシの目の前にいる。
不気味に複眼を赤く光らせた、大きなローカーシッド。
この世界を混乱に陥れた悪夢のひとかけら。
まさか港で出迎えてくれるなんて思ってもみなかったわ。
静かに本を開く。
目の前には黒い壁のような飛蝗の大群が押し寄せてきている。
『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこの穢れを清め給え』
『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこの穢れを清め給え』
浄化魔法のプロ、双子のメイドの牽制にモンスターの群れが怯んだかに見えた、その一瞬、眩い閃光と共に辺りを揺るがす轟音が轟いた。
『パチッとするのをギュッとしてバーン』
幻聴が聞こえた気がするけれど、気のせいね。
『悪夢を回収しますか?』『はい』
取り巻きが消滅して丸見えになった敵を捕らえると、抵抗するボスに呼応したかのようにローカーシッドが嵐のように襲い掛かってきた。
ユージーンさんが徐に右手を掲げると、モンスターの群れに向かって疾風が走る。
見えない壁に阻まれて動きの止まった飛蝗に二度目の落雷。
モンスターに占領された島に、光の粒子の舞う奇妙な空白地帯が出来上がった。
そんな光の飛び交う中で、魔法陣の赤い光は薄らいでいった。
これで80%ね。
ノエルお兄様とユージーンさん、ロアさんとロワさん(どちらがどちらなのかは分からない)が満足気に頷きあっている。
さっきの連携、素晴らしかったものね。
それにしてもお兄様、いつのまに雷魔法なんて……
「出来ないとお師匠様に体験学習を強制されそうだったからね。
さて、ロサの悪夢は回収されたということでいいかな、ユーリ?」
「はい、後はネムスの悪夢だけ……いえ、ネムスの悪夢も回収されたようです」
回収率は100%、『回収が終了しました。図書館に転送します』と本に表示されていた。
扉を開けて建物の中に入ると外だった。
何を言っているのか分からないかもしれないけれど、フィールド型ダンジョンではよくあることよ。
ふかふかの絨毯のような芝生の上に丸いテントが立ち並び、夕食の準備をしているひとも見受けられるわね。
ぽかぽかとした暖かい日差しに花の香りを運んでくるそよ風。絶好のキャンプ日和なのだけれども行き交うひとびとの表情は一様に暗く、ひと目で疲労が見て取れた。
無理もないわね。ここはダンジョンの1階層に作られた避難所、決して行楽地などではないのだから……。
広場の中央の噴水の前には慰霊用の祭壇があった。
美しい花々で飾られたそこには、大小さまざまな色と形の尊い宝石が安置されていた。
やるせない想いを抱え、ワタシ達は祭壇の前でただ、黙祷した。
「ワシらの愛する国民達だの。ワシの娘も、娘婿も、孫も、みんなここに居るの」
振り返るとそこには先代のロサの国王がいらした。
「どいつもこいつもの働き盛りのいい若もんがの、隠居の爺をおいて逝きおって……」
「陛下……心よりお悔やみ申し上げます」
「いいや、お悔やみはいらんの、ノエル。おんしらとて愛し子達を失うたんでないかの」
「……はい」
「此処へ、逃れてくるだけで精一杯だったの。彼奴ら倒しても倒しても、切りがなくての」
「……」
「この子らはよく戦ったの、よく頑張ったの、よく耐えたの。だがの、ワシはすっかり老いぼれてしもうての、皆を連れてくることが出来なかったんだの」
港からダンジョンに近付くにつれ、道端に落ちている宝石が増えていっていた。
何とかお連れすることが出来ないかとお兄様達に相談したのだけれど、あまりに……数が多くて、モンスターと戦いながらは無理だと断念したの。
ダンジョン前の広場は無数の宝石で、キラキラと輝いていたわ。
「ほうか。それでいいの。あの子らはワシらが迎えにいってやらんとの」
ロサの先代国王。
ワタシが幼い頃よく遊んでくださった、優しいおじいちゃん。
体術を教えてくださった、厳しい先生。
アイリッシュ・テリアによく似た顔のつぶらな瞳は、翳っていてよく見えない。
「ええ、ローカーシッドを召喚していた元凶は封じました。これ以上モンスターが増えることはありません。後は残りを殲滅するだけです。皆さんをお迎えする日も近いでしょう」
「……ほうかの、それは、重畳だの」
アルマン陛下が呟きを落とされると、沈黙が辺りを支配した。
静かだった。
ワタシ達はいつの間にか大勢のひとに注目されていた。にもかかわらず、囁き声すら聞こえない。
この静寂は、氷で皮膚を焼くような痛さがあるわね。
「さてと、爺の愚痴はこれで終いだの」
陛下はからりと笑って手を打った。
「海の底の図書館に司書とかいうたの。ユーリ、今度はお前さんの話を聞かせてもらうとするかの」
沈むことのない太陽を背に、ワタシ達は幕屋に案内された。




