13.遺伝子の影
商店街からの帰り道、僕の胸は未だにドックンドックンと激しく鳴り響いていた。
荷物を片手で軽々と持ち、反対側の腕で僕の肩をそっと抱き寄せる糸田川さん。
その横顔はどこから見ても完璧なイケメンで、注がれる熱い視線に息が詰まりそうになる。
(僕……本当に糸田川さんのこと、好きになっちゃったんだ……)
ただの『DとW』というビジネスパートナーのような関係を超えて、一人の男として糸田川さんに惹かれている。
そんな自分の気持ちを自覚すると、嬉しさと同時に、ふと胸の奥に小さな疑問が芽生えた。
(……待てよ。
糸田川さんは僕のどこを好きになってくれたんだろう?)
身長は低めで容姿も平凡、特技も特になくて、自分に男としての魅力がそれほどないことは、自分が一番よくわかっている。
糸田川さんのように(欠点も多いとはいえ)男性として優れている人のことを、僕が好きになってしまうのは仕方ない気がするけれど、糸田川さんはこんな平凡な僕のどこが好きなんだろう……?
──────
事務所に戻り、買い込んできた食材を冷蔵庫にしまい終えたタイミングで、僕は思い切って糸田川さんに尋ねてみることにした。
「あの、糸田川さん」
「なんだい、向井くん」
ソファに腰掛け、優しく目を細めて僕を見つめてくる糸田川さん。
僕は緊張で少し震える手を握りしめ、彼の目を見つめ返した。
「さっき『好きだ』って言ってくれましたけど……糸田川さんは、僕のどんなところが好きなのかなって……」
「僕のどんなところ、か」
糸田川さんは顎に手を当て、少し考える素振りを見せたあと、晴れやかな顔で言葉を紡ぎ始めた。
「まず、君の作ってくれる料理が飛び切り美味しいところだ。
毎日バランスの良い食事を作ってくれて、部屋を綺麗に掃除し、僕の不摂生を正してくれる。
それに何より、君が隣にいてくれるだけで思考が冴え渡り、推理のインスピレーションが湧き上がってくる。
本当に、君は素晴らしいパートナーだよ」
「……」
淀みなく語られる「僕の好きなところ」。
けれど、それを聞けば聞くほど、僕の心はスッと冷や水を引きかけられたように冷たくなっていった。
(美味しい料理、掃除、不摂生を正すこと、推理のインスピレーション……それって全部、『W』としての僕のことじゃないか……?)
頭の中に、以前読んだDとWに関する資料の言葉が蘇る。
──DとWは、本能と遺伝子レベルで互いを求め合うようにできている──。
(糸田川さんが惹かれているのは『向井希』という人間じゃなくて、単に自分をサポートしてくれる『Wとしての遺伝子』なんじゃないか……?
僕が糸田川さんにときめいているのも、僕がWで彼がDだから、遺伝子に抗えずに好きだと錯覚しているだけなんじゃ……)
一度膨らんでしまった不安は、胸の中で急速に大きくなっていく。
「向井くん?
顔色が悪いようだが……」
「あ……いえ、なんでもないです」
心配そうに顔を覗き込んでくる糸田川さんから、僕は思わず目をそらしてしまった。
さっきまでの胸のときめきが、嘘みたいに悲しい痛みに変わっていく。
「あの……結婚のこと、少し考えさせてください」
「え……?」
「すみません、夕飯の準備をしてきますね」
呆然とする糸田川さんを残し、僕は逃げるようにキッチンへと向かった。
トントンと包丁で野菜を刻む音だけが寂しく響く中で、僕は「恋をした」という喜びがすれ違いの不安へと変わっていくのを、ただじっと耐えることしかできなかった。




