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剣聖の幼なじみが俺にだけ弱い  作者: 秋原タク


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第43話 一番大切なモノ

 トーク力のない俺に面白いトークができるはずもなく、ネタはすべてコメント欄から拾っていった。

 コメント欄の有識者によれば、最初はそうしたやり方で雑談に慣れていくのが定石らしい。

 あらためて、ミルルとキャロルのすごさを痛感した。


「『コメントは読み上げるといいかも。そうすると、聞いてるだけのひともわかりやすいから』……ああ、なるほど。次からそうしてみます。アドバイスありがとうございます」


 誰が見ているわけでもないのに、魔導フォン向けてお辞儀する俺。

 リスナーは気さくなひとたちばかりだった。敬語のひともいるが、大半が友だちのような距離感で話しかけてくるから、こちらも思わず素をさらけだしそうになる。

 魔導ネット独自の言語ばかり(ネットミームというらしい)が飛び交うので理解に苦しむ場面も多かったが、それも異文化に触れているようで楽しかった。


 途中までは。


『で、ヒーローは誰にするの?』


 配信を開始して五分後。

 ローザに返信するため、そろそろ配信を切ろうかと考えていた辺りで、そんなコメントが流れてきた。

 アカウント名は読めない。文字と数字が無秩序に並んでいる。いわゆる捨てアカというやつだった。

 アイコンの色は、赤。


「誰にするのって、なんのことですか?」


 読み上げると、コメント欄がすこし速くなった。『やめとけ』『あー……』『答えなくていいよ』など、どうしてか俺を止めるようなコメントが散見された。

 赤いアイコンが続ける。


「『ミルルか第三王女か騎士団長か、誰とくっつくの? ハーレム状態じゃん』……あー、そういう……あはは、俺は別に三人のことをそういう目で見たことは」


『またまたー』『ミルルだろ、金持ってるし』『キャロルで逆玉狙いと見た』『手つないでデートしたんだから団長だろ』『重婚じゃダメっすかね?』


 悪ノリというやつか。俺がコメントを拾ったことで、ほかのリスナーも触れていい話題だと解釈してしまったようだった。

 読み上げたくもないコメントが埋め尽くされていく中で、あの赤いアイコンが言った。



『団長はないだろ。ふひひ、って笑い方キモいし』



 読み上げた瞬間、頭が真っ白になる。

 先日のミルルの生配信時。不意に聴こえた、プッ、と吹きだすような笑い声。

 ずっと胸の底でチリチリと燻っていた黒い感情が、真っ赤な炎に生まれ変わった。

 コイツか。

 深呼吸をひとつ挟み、数秒目をつむって、つとめて冷静に俺は言葉をつむぐ。


「……ひとの笑い方をバカにするのは、どうかと思います。特徴的だと思っても、それもそのひとの個性なんですから。尊重してあげるべきだと思いますよ」


 無意識に声のトーンが低くなる。それで察したのか、悪ノリしていたリスナーが自重しはじめた。赤いアイコンだけを残して。


『クソかばうじゃん。さすが幼なじみくん』

「幼なじみとか関係なく、ひとをバカにするのは良くないですよ、って話です」

『そすか。てか、ヒーロー煽り耐性ひっく!』


 俺の言葉が通じていない。異文化どころか、異世界の人間と交流しているような感覚。


〝ウチら人間の言葉が通じないんスよ〟


 ミルルの言っていたことは本当だったようだ。

 コメントの流れがさらに速くなる。そのほとんどが俺をなだめるコメントだった。そんな低俗な奴と同じ土俵に下りていくな、大半がそんな感じの内容だ。

 魔導フォンの画面上部に、通話を報せるアイコンが出てきた。ミルルだ。配信開始から見守ってくれていたのだろうか?

 彼女が配信中に通話をかける、だなんて初歩的なミスはしないだろうから、大方、俺の頭を冷やそうとしてくれているのだろう。


 わかっている。ここはミルルの教え通りスルーすべきだ。

 それでも。そこまで冷静に理解した上で俺は、大事な幼なじみをバカにした赤いアイコンが許せなかった。


「俺の耐性とかはどうでもよくて……笑い方をバカにするっていうのは、そのひとの容姿をバカにするのと同じようなものなんですよ?」

『顔真っ赤だよヒーロー、話聞こか? てかRONEしてる?』


 読み上げるごとに、唇が渇く。

 怒りの熱が、体内の水分を飛ばす。


「お前の目の形おかしいね、口の形変だね、鼻の形おかしいね……あなたが言ってるのは、そういうことです。絶対に、バカにしていい話じゃない」

『みんなー。ヒーローの道徳の授業、はっじまっるよー』

「いや、だから、話聞いてますか?」


 ふと、足音が聴こえた。

 大通りとは反対側の道からだ。こちらに近づいてくる。

 それでも、俺は配信画面から目を離すわけにはいかなかった。


『てか、批判コメひとつにめちゃくちゃ必死じゃん。なんで?』

「なんでって、それは……」

『まさか、あんなキモい笑い方の女が好きとか?』


 ブチッ、と。

 俺の頭の中で、なにかが切れる音がした。


「――ッ、ああ、そうだよッ!!」


 堰を切ったような俺の怒鳴り声が、暗い裏路地に響く。

 思わず立ち上がり、俺は真っ赤な怒りを魔導フォンにぶつける。



「ローザのことが好きだから、見ず知らずの他人にバカにされたくねえんだよッ!! お前がバカにした笑い方は、俺がガキの頃から大好きな笑い方なんだよ! 悪いかッ!!」



 息を荒げながら、配信画面を睨みつける。

 すると。こちらに近づいていた足音が裏路地に入る手前で止まり、今度は走り去るように遠ざかっていった。

 ここを通ろうとしたひとだろうか? 突然、俺が怒鳴りだしたので、ビックリして道を引き返してしまったようだった。悪いことをした。


 すこし冷静さを取り戻した脳でコメント欄を眺め、赤いアイコンのコメントがないことを確認すると、「大きい声だしてすみません、今日はこれで」とだけ残して配信を切った。


「……………………ハァ」


 魔導フォンを額にくっつけ、壁にもたれる。

 そのままズルズルと尻餅をつくように崩れ落ち、深くため息をついた。

 ミルルのアドバイスを無視して、煽られるまま感情的になってしまったことへの後悔と、自分でも知らなかった俺の本心への驚きがない交ぜになっていた。

 大通りからこぼれる明かりを尻目に、俺はうなだれ、他人事のようにつぶやく。



「俺、ローザのこと好きだったのかあ……」



 なぜローザに追いつき、肩を並べたいと思ったのか、ようやくわかった。

 騎士として並び立ちたいだけではない。

 肩を並べて、対等になって、ローザに好きと告げる資格がほしかったのだ。

 堂々と胸を張って、ローザに好きと言える権利が。


 一番大切なモノはなにか?

 カナリエのあのアドバイスの答えがいま、出た。


「……顔、あっつ」


 夜も更け気温も下がってきているのに、いつまで経っても顔の火照りが収まらなかった。

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