第20話 チーム?(3)
「はっはっは!こりゃあいい。話題の一年が3人もそろってチーム組むとはな。楽しませてもらおうじゃないか!」
「藍、少しは手加減してね。」
両の拳をかち合わせる工藤の後ろで、島崎が苦笑している。
「工藤先輩って、暴走特急だからなぁ。私達の出番、あるかな?」
「ははは。流石に工藤先輩といえども、一人で5人は難しいんじゃないかなぁ、咲っち。吉岡君は『複合創造』、高木君は超高硬度の『硬質化』。それに特秘能力者である大原さんもいるんだからね。」
髪を結っている小平咲に、井上健太は爽やかに声をかける。すると小平の左に立つ無精ひげを生やした青年が、楽し気な笑みを浮かべて言った。
「おいおい。健太、それだけじゃないってことくらい、もう分かっているだろ?」
「ふふ、そうだね。それじゃあ、龍也っちから一言ほしいな。あの山田さんについて。」
「そーだな、彼女は相当な修練を積んでいる『召喚能力者』だ。召喚体の完成度が高く、本物の猫と大差がない。きっとイメージの細分化ができているんだろう。質的には俺の『ミズチ』といい勝負になりそうだ。」
「ふーん。そうなると、使われるだけで厄介かもね。だってそれ、『含有率』が高いってことでしょ?」
背伸びをする小平はニヤッと笑う。
「じゃ、あたしが相手しようかなぁ。その猫ちゃんは。」
「撫でまわす、の間違いじゃないのか?」
「ちょっと!ちゃんと対処するわよ!」
「ほんとかぁ?お前、猫見るとすーぐ顔の筋肉が緩んでふやけた饅頭みたいにーー」
「ばっ!ちょっ!やめてやめて!」
「ははは。怒るな怒るな。」
和田の言葉に、小平は頬を赤らめて反論する。そしてその横で、何やら思案にふける男が一人。
「うーん。僕はあの足立さんが気になるんだよなぁ。」
「ほー。好みの女の子だったか。」
「違う違う。たぶんなんだけど、僕と同類の能力を持っているみたいなんだよね。もし使いこなしていたら……試合においては一番厄介だと思うよ。
それに、ちょっと他にも気になっていることが……」
「?」
「ふふふ。みんな面白い能力をもっているわよね。試合をするのが楽しみだわ。」
和田ら三人の会話に、島崎が入ってくる。その穏やかな微笑みを浮かべる女性は、そういってから顔を曇らせた。
「けれど、なんだか空気が悪いのよね、彼等。」
◇
「……」
その淀んだ空気を一番感じ取っていたのは、言うまでもなく高木だった。勝輝は協力する気はないと背中が語っており、大原はどういう訳か全員と距離を取って視線を合わせようともしていない。足立は頭の上の狐耳と目をくるくるまわしており、立っているだけで精一杯。そして――今高木が一番不安に思っていたのは、山田だった。
「……おい、優華、あんまり先走らないでくれよ。」
「分かっているわよ。」
目が血走っている。横に並んで立つとその気迫、その闘志が肌を刺す。しかし、感じる者はそれだけではなかった。明確な怒りと焦り。それが、自分と山田の前に立つ男に向けられている。
(まずいな……この試合は、間違いなく敗北する。)
高木は眉間に皺を寄せる。作戦が立てられず、各々の役割を決められなかったこと、自分たちの能力についてよく知る前に試合が始まってしまったこと、そして何よりチーム戦であるのに全くチームワークのない状態は敗北の要因として十分に考えられた。
が、彼が問題視したのはそれではない。
(負けた後に……優華、勝輝、お前たちはどうするつもりなんだ……)
間違いなく、この場に立っている全員が敗北を認識していただろう。特に能力競技を知る山田や分析能力に長けた勝輝がそれを分かっていないはずがない。だが、それでも牙をむくような姿勢で彼らは挑もうとしているのだ。
彼等は、完全な一匹オオカミだった。
「チーム、なんだぞ……」
高木のつぶやきは、試合の合図でかき消された。
◇
「能力で戦えるようになりたい。」
山田優華は自分が言った言葉を胸の内で反芻する。
(そうだ。そのためにあたしはこの部活に入ったんだ。
そのゴールは、こんな試合で戦えるように、じゃないんだ。
このゲームは、どんなダイバーズも参加できるように“制限が設けられた”戦闘だ。誰でも戦えるフィールドなんだ。
でも、実戦になったら、そんな制限なんてない。戦えない能力でも、戦えるようにならなきゃいけない。
そうでないと、戦えない。
そうでないと、仇は打てない。
だからまずは――)
彼女は目を見開き、能力を使う構えを取る。
(だからまずは、この試合に勝てるレベルにいないと話にならない!
誰でも戦えるフィールドで、勝てないと話にならない!
誰でも勝つことができるフィールドで、当然のように勝てないと――
――仇は、打てない!!)
「それでは、試合を開始します。よーい……始め!!」
合図の瞬間、視界の開けたその空間で真っ先に能力を発動させたのは、山田だった。
「お願い、アン!!」
その言葉と同時に赤い光が凝縮し、彼女と同じ髪色の愛くるしい『猫』が、ある男の頭上にあらわれた。
「うおぉお!?いきなり俺のとこかよ!?」
「ミャーォ」
その猫は特に何か悪さをするでもなく、召喚されたその男の頭部に覆いかぶさるように体を載せ、大きなあくびをしている。和田は頭に乗ってきた戦闘力ゼロの猫を慌てて引きはがし、己の創り出す召喚体の名を叫ぶ。
「こい!ミズ――ん?」
彼は眉をひそめた。能力を発動しようとしたその行為を辞めようとするほどの『異変』を、彼は感じ取ったからだ。
(……右脚が暖かい。いや、なんだか全身が暖かい。)
「ミャーォ」
「……」
和田は周りに目を配る。モフモフとした毛の塊。見ているだけでこっちまで眠くなってくるような、力の抜けきった間抜け顔。試合開始直前までなかったモノが――いや、生き物が、自分の体にしがみついている。そう、そこにいたのは猫の群れ。全くやる気のない顔をした、今にも昼寝をしそうな猫が、和田を埋め尽くさんとまとわりついている。
「ニャーニャーニャー」
周りの眠そうな鳴き声を聞きながら、和田は腕を下ろして猫の頭を軽くなでた。
「……へぇ。どうやって戦うか、ちゃんと理解しているんだな。」
――少し前――
「え?ただ召喚するだけなの?旗を……猫ちゃんにとってもらうとかじゃなくて?」
「うん。それだけだよ。」
足立の言葉に、山田は頷く。
「覚えている?ダイバーズの10大原則、その3。」
「ええと、“ダイバーズはエーテルのない空間では能力を発動できない”だっけ?」
「そう。ダイバーズは物質であるエーテル、オドを通して能力を発動させる。けどそのオドは物質だから、一定の空間内に存在する量には限りがある。」
山田は猫を召喚し、その腕の中であやしてみせる。
「『フラッグ・マッチ』は旗を取った方が『勝ち』になるから、そちらに目が行きがちだけど、これはダイバーズの試合。注目すべき点は10原則に関わる制限の方だよ。」
「どゆこと?」
足立が首を傾げると、大原が口を開いた。
「『フラッグ・マッチ』は直方体空間の中で試合をする――つまり、空間的な制限がある試合なの。つまり、フィールドの中にあるオドの量には限りがあるわ。ということは……」
「あっ!!能力を使うだけで、オドが減る!!」
「そういうことよ。だからこの試合は、“いかにしてオドの量を調節し、相手に能力を使わせないか”が肝になるの。」
「だから、あたしの能力はこの試合では結構役に立つよ?なんせ、召喚能力は――」
――現在――
「エーテル使用量が多い!!」
井上が驚きの声を上げる。
「驚いたなぁ。猫をたった6匹召喚しただけで、和田っちの周りのオドが全部なくなった!」
「それに、判断も適確だわ。」
井上は嶋崎の言葉に同意する。
「ええ。彼女はわざわざ和田っちの前に召喚体を創り出した。あれは和田っちに能力を使えないという認識を持たせる戦法です。
和田っちの召喚体『ミズチ』は、召喚体自身が戦闘できるタイプのもの。召喚できれば強力な戦力ですが、彼の『ミズチ』は密度が高く、オドの消費量が激しい。もし和田っちがここで召喚能力を使ったら、僕たち4人の使用するオドの量に制限がかかってしまう。」
「私達は向こうの5人に比べてみんなオドをたくさん使うものね。藍は『含有率』が高いからうまく立ち回れるでしょうけど、咲ちゃんの能力はオドの絶対量がモノを言うわ。それに、龍也君に次いでオドを大量に使用する。一方であなたの能力は咲ちゃんと違って、空間にオドがないと効果が薄いわ。そしてわたくしは発動までに時間がかかるダイバーズ。いま使っても、皆の足を引っ張るだけね。」
嶋崎はそこまで言ってふっと笑顔を見せた。
「……ふふ。咲ちゃんではなく龍也君の能力を封じるというのはセオリーとしては当然だけれど、彼女、あのまま龍也君に戦いを挑みに行くつもりね。」
「召喚能力者は召喚体を生みだせないと、ほとんど一般人ですからね。それは龍也っちも同じです。」
「それに対して山田さんは剣の心得がある武人。勝輝君からなにかの創造体を渡されたら、流石に龍也君に勝ち目は無いわねぇ。」
そういってから、島崎は小さく笑みをこぼした。
「――ふふ。相手の能力が何なのか推測して行動する――ダイバーズの戦闘について、よく勉強しているのが分かるわ。でも……」
嶋崎は井上にウインクし、悪戯に微笑んだ。
「それは私達も、でしょ?」




