第13話 合宿の始まり(2)
千葉県にある、とある海岸沿いの合宿所。大学が保有するその施設は、1つの山とその周辺数十ヘクタールを敷地とする、巨大な森林にあった。敷地内には体育館や陸上競技場、テニスコートの他、ダイバーズが使用する特殊なスポーツ設備が完備されている。
そしてそれらから少し離れた、海に最も近い5階建ての白い建物が、今勝輝たちのいる宿泊施設であった。
宿泊施設といっても、埃が積もったコンクリートの監獄のような堅苦しいものではなく、どちらかといえば高級ホテルに近い。入口のエントランスは海の見える巨大な窓ガラスが壁一面を覆い、金色の刺繍が施された赤い絨毯が足音を穏やかに吸収する。大理石の壁は触れると冷たく気持ちがよい。それでいてシャンデリアのあたたかな色を静かに反射し、空間を常に明るく穏やかに仕上げている。
そんなホテルの一階のホールに、彼らは集まっていた。純白のテーブルクロスがかけられた複数の円形テーブルの周りで、学生たちが笑い合っている。
(――何で、そんなにも楽しいのか。
くだらない。こんなもの、見せかけでしかないくせに――)
彼等を尻目に、吉岡勝輝は手に持ったグラスの中身を一口飲む。
彼の視線の先では誰しもが口角を上げ、いつも以上にその表情はくだけている。
「おいおい、どうしてそんな葬式に来ているみたいな顔しているんだよ。」
柱に背を預けている勝輝に、高木が意気揚々と声をかけた。勝輝は「またか」というようにため息をつき、適当な理由をつくって高木に放り投げる。
「なんでもない。ちょっと今日のトレーニングに疲れを感じているだけだ。」
「そうか?そういうふうには見えねえけど……まあ、今日はいつにもましてハードだったからな。飯の後じゃ眠くもなるわな。」
「……」
「それともやっぱり、具合でも悪いのか?」
「いや。そんなことはない。」
「そうか。ならよかった。」
「……」
「ま、具合が悪くなったら言ってくれ。医療担当の葵先輩に話しかけるいいチャンスだからな!あははは!」
「……」
「いや、黙るなって。こういう時は『お前そんなキャラだっけ』とか、突っ込んできてくれ。」
「……話し相手がいないのか?」
「そういうツッコミは求めてない!」
「……」
再び石像のようになる勝輝に、高木は静かに言った。
「……なあ、お前さ、何があったんだ?」
勝輝が高木を振り返ると、そこには何か大切なモノをなくした子供の顔があった。熊のような屈強な男が、今にも苦しみに崩れ落ちそうな顔をして、そこに立っていた。
「……え?」
勝輝は意味が分からず後ずさった。何が起きたのか、全く理解できなかった。ただ、それはおそらく、勝輝以外の誰が見ても理解できなかっただろう。まだ知り合って1か月しかたっていない相手に、しかも自ら人を避けているような人物相手に、そこまで心底心配することが出来る者はそうそういないだろう。
まるで長い間離れ離れになっていた知人が、変わり果てた姿で現れてしまった――彼の表情は、そんな場面に遭遇したと言わんばかりのものだった。
だが、それは一瞬で彼の顔から消え去った。立食パーティーの中心にあたるテーブルから、山田が二人に声をかけたのだ。それを転機に高木はいつもの厚かましい笑顔を作ると、勝輝に屈託のない声で言った。
「あ、そうだそうだ。呼ばれていたんだった。行こうぜ、勝輝。」
「――」
勝輝は妙な焦燥感にかられながら、その重い足を動かした。
◇
「へえ、それで京都からこっちに来たんだ。」
「はい。京都能力者大学はダイバーズの歴史や法律系の研究が盛んでしたけど、私としては、もうそれはおなか一杯だったので。それで能力の使い方が学べる東京の方に来たんですよ~」
「まあ、陽子は歴史の授業ほとんど寝てるもんね。」
「だって眠いんだも~ん」
「何の話だ?」
頬を膨らませる足立に、高木は尋ねる。
「どこの出身かって話だよ~。」
「ふうん。あ、そういや陽子は京都にいたんだっけか。京都弁ってわけじゃないからつい忘れちまうな。」
「まぁ、陽子も京都生まれって訳じゃないし~。小さい頃は別のとこにいたよ。」
「そうなのか?」
「君はどこに住んでいたんだい?高木君」
高木に話を振ったのは、すらりとした出で立ちに、黄色の右眼が特徴的な青年である。右目と同じ色のシャツをはおり、七分のチノパンを履いた若々しい先輩だ。
「俺っすか?俺は生まれも育ちも横浜ですよ。井上先輩はどこです?」
「僕はアメリカだよ。」
「アメリカ!?え、じゃあ英語ペラペラなんです?」
(――他愛もない話だ。)
勝輝は、会話から目を逸らす。
(どこにでもある様な、話題の切り口に使われる内容だ。
こんなどうでもいい会話をするために、俺はこの人ごみの真ん中に連れてこられたというのか。)
そう思った瞬間、勝輝の体に疲労が重くのしかかった。
(――早く一人になりたい。
こんなところで、油を売っている余裕はない。
一刻も早く、強くならなくてはならない。)
勝輝の中からあふれだす強い焦燥感が、集中力を欠いた。故に、小平の声に、すぐに反応することが出来なかった。
「――そういえば、吉岡君はどこの出身なのかしら?」
「え?」
勝輝は一瞬口をつぐんだ。そしてまっすぐ小平を見据えながら、不審がられないようにと素早く答える。
「僕は、生まれは東京ですが、故郷と呼べるところはありません。親が転勤族だったので。」
(――当然嘘だ。確かに東京であることは間違いないが、俺の出生をまともにしゃべってしまったら、足がつく。)
勝輝の言葉を聞いて、小平は隣に立つ茶髪の青年に声をかける。
「あ、そうなんだ。だとすると、状況としては龍也と一緒じゃん。」
「和田先輩も引っ越しが多かったんですか?」
大原の言葉に、和田と呼ばれた男は頭を掻きながら答える。
「あー、いや、俺の場合ちょっと違うかな。引っ越しの理由が、“俺”だったから。」
「?」
新入部員一同が首を傾げているのを見て、和田はうっすらと髭の映えた頬を緩ませる。
「まあ明日見せるつもりだったんだが、俺の能力はこういうやつでね。」
彼は右の掌を前に出し、意識を集中させる。――と、その掌を起点に、たちまち瑞々しい液体が湧き出、渦を巻き始めた。そして勢いよく天井にまで伸びたソレは、シャンデリアをかすめながら和田の頬の下にまで戻ってくる。
「これって――」
山田が目を見開き、その驚嘆を顕わにする。その瞳は輝きにあふれ、尊敬の念にあふれていた。
だが、反対に露骨に嫌悪感を表していた人物がいた。彼は怒りと恐怖が入り混じった揺らぐ瞳で、それを見る。
「そう。俺の能力は『召喚能力』。その中でも特異な、『伝承召喚』だ。」
彼等の目の前には、水でできた、小さな龍が浮いていた。




