第12話 合宿の始まり(1)
「はい!ゴール!お疲れさま~」
「きっつ!」
春の終わり。少し強めの日差しが、男の汗を煌めかせる。
男は緑の映える芝生の上に、ぐったりと仰向けに倒れ込んだ。澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、彼は腹の底から声を出す。
「疲れた~!」
「お疲れ!」
健康的な叫び声を上げる高木に、一人の女性が声をかけた。
「10km走記録、高木君は33分ね~。陸上初めてというには結構早いじゃない。」
「いや、俺なんてまだまだっすよ、小平先輩。」
高木は起き上がり、1つ年上の小柄な女性に返答する。
「今の俺の目標は、小平先輩のタイムを抜くことなんで!」
「ほっほーう。陸上部でもあるこの私を追い越すだって~?それはこっちも気合が入るわね~」
彼女はピンクのランニングウェアをはためかせながら、白い歯を見せていたずらに笑う。
「でもしっかし、今年の1年は随分と体力のある子たちが入ってきたわね~」
「ほんと、それっすよ。それ!」
高木は声を張り上げ、自分の背後でストレッチをする3人を向く。
「勝輝はともかく、なんで優華と典子はそんなに早いんだよ!29分代って、ランナーかよ!?」
声を掛けられた山田は自慢げな顔をして胸を張る。
「ああ、あたし、剣道だけじゃなくて陸上もやっていたのよ。因みに、どっちも全国出場経験ありよ!」
「マジかよ。――え?まさか典子も?」
「え?いや、まあ、私は……その、能力が能力だから、体力がどうしても必要で……」
「ああ、そういう……」
高木は大原の能力を思い出す。
世界10第能力の1つ、感情操作を可能とする『ネツァク』。彼女はその力を使うたび、多大な疲労に襲われていた。その『疲労』に耐えるために、普通以上に彼女は体力を鍛える必要があった。その結果、見た目からは想像できない人並み外れた体力を有することになったのだ。
高木が納得しているのを見て、山田は付け加えるようにして言う。
「ま、典子は弓道で全国行っているけどね~」
「……おいおい。お前ら、何でもできすぎじゃねえのか!?」
「なあに?悔しいのかしら~?それとも嫉妬~?」
「うるせー!どーせ俺は、お前たちみたいな輝かしい成績なんざありませんよーだ!」
「それにしても――」
高木と山田から視線を移し、小平は首を傾げる。
「本当に勝輝君は早いのね~。陸上部でも25分代なんて出せないわよ?何かやっていたのかしら?」
全員の視線が、一斉に勝輝を向く。
走る前と変わらない涼し気な顔。細めではあるが、しっかりと鍛えこまれた筋肉が、穏やかに余裕を放っている。
彼は大原を一瞥してから、素っ気なく一言だけ返事をした。
「いえ、特に何もしていませんが。」
誰しもが「そんなわけないだろう」と感じてはいたが、彼にそれ以上話しかける者はいなかった。
能力競技部に入部してから2週間、勝輝は必要最低限の応答以外、ほとんど誰とも会話をしていなかった。あの工藤藍との試合の後、彼の口は堅く閉ざされ、その背中は人を寄せ付けなかった。
周囲の人間はそこまで落ち込むことはないだろうと笑って流していたが、高木たち4人はそうは思っていなかった。複合創造を使うダイバーズであり、両親を『黒箱』に殺されたという過去を持っている彼が、何もなく今の状況になっているとは思えなかった。
ただ、それが何であるかが分からないという事態が、路地裏の暗闇のように、少し不気味だった。
大原典子だけは、その理由に対してもっと具体的な恐怖を感じていた。彼は特秘能力者『サイセツ』。しかも、死んだと報道されている人物である。彼がこれまで辿った人生は、明らかに普通ではない。そして彼女の推測では、勝輝は18になるより以前に軍人としての経験がある。もしそれが真実なら、明らかな法令違反である。
(――まるで、『レジェンド』のようじゃない……)
不安が彼女の身を振るわせようとしたその時、過行く春の温かさを残した声が、彼らの耳に届いた。
「あー、もう!みんな速すぎるよ~」
今にも日差しに溶けてしまいそうな声を出してやってきたのは、足立だった。もはや走っているというよりも、赤ん坊のよちよち歩きに等しい状態だ。
「おいてかないでよ~。足立陽子は寂しいのです~。」
地面の上で空気の抜けた風船のようになった彼女を見て、高木は微笑む。
「……いや、なんというか、お前を見ていると、ほっとするよ。」
「ふぇ?」
◇
「おっし、お前ら。これまで延々と体力トレーニングの毎日だったが、ついに明日から能力を使用した練習に移す!」
部長、工藤藍の宣言に、新入部員たちが一斉に沸き立つ。彼等は入部してからこの日まで、体力トレーニングのみをやらされていた。能力を使えないことに不満を抱く新入生は多く、気が付けば練習にやってくる新入部員は半数に減っていたほどだ。そんな中残った彼らは、遂にこの部活らしくなってきたと、入部した目的を自覚し歓喜したのである。
「このゴールデンウィーク合宿の第一目的は、もちろん親睦を深めることだ。だが、当然のことながら、部活としての活動もみっちりやる。
我々は日本全国能力競技試合で優勝を目指す部活動だ。大会は8月。時間は多くは残されていない。優勝には、お前らの力が必要だ。だが、そのためにまずは、お前らは何が出来るのか、我々に、チームの仲間に、見せてもらわなければならない。
この2週間でお前たちは、仲間の体力についてお互いに知ることが出来たはずだ。それを考慮し、この合宿で己の特徴をつかみ、何が出来るのかを見出してほしい。」
彼女は一瞬勝輝たちに視線を移す。
「今年もなかなか興味深いやつらが入部している。うかうかしていると、上級生も新入部員に追い抜かされかねないからな。心してかかるように!解散!」
「……」
全員が一様に返答する中、ただ一人、苦虫を噛むような表情で工藤を見つめる男がいた。
そして彼女はその視線に当然のごとく気づいており、群青色の豹は、彼に白い歯を見せて笑い返すのだった。




