第07話 部活動勧誘(1)
「部活動?」
勝輝の語尾は、露骨に不快感で溢れていた。
「そう。この大学には、能力を使った実戦訓練のできる部活動があるの。そこにあんたたちも入ってほしいのよ。」
「いや、実戦訓練って……なんとなく言わんとしていることは想像がつくが……そんな部活じゃないだろ、あそこは。」
山田の言葉に、高木は悲しげに眉を顰める。
一方、勝輝は相変わらずむすっとした表情のまま、山田に尋ねた。
「なぜだ?まだ俺のことは信用できないんだろう?だったら何故同じ部活に入ろうなんて言うんだ?」
「確かにまだあんたは信用できないけど、それでも“強い”じゃない。
あたしはお兄ちゃんを殺した『黒箱』を――捕まえるために、特殊部隊に所属したいと考えているの。で、そのためにはそれなりに戦えないとだめでしょう?私は『召喚能力』だから戦闘にはもともと向かない能力だけれど、それじゃあダメなのよ。私は、能力で戦えるようになりたいの。
でもその点、あんたと勇人は『戦える能力』じゃない。しかも、それなりに強い。
加えて既に戦闘もできるダイバーズ。
だから、あんたたちと一緒にいれば何かつかめるかもって思ってね。」
「……」
吉岡勝輝、高木勇人、山田優華、大原典子、足立陽子の5人は、授業の終わった教室で大学新入生とは思えない会話をしていた。
勝輝は部活動などという大勢と関わる場所に行きたくはなかったし、今すぐにでもこの場から立ち去りたいと本心では思っていた。
が、そういう訳にも行かなかった。何しろ自分が死んだはずの特秘能力者『サイセツ』だと、先週大原典子にバレてしまっているからだ。これによって勝輝は、大原とその周囲の人間について、最大限の注意を払わねばならなくなっていた。自分の知らないところで、彼女が己の素性についてバラしてしまわないかと、彼は危惧していたのである。
「ねぇねえ、じゃあ私は?私は~?」
人差し指を自身の頬にくっつけながらくねくねと体を揺らす足立に、山田は微笑む。
「もちろん、一緒に入ろう!あたしだって、部活そのものも楽しみたいとも思っているから、陽子も歓迎するよ。
それに、入ろうと思っている部活は別に戦闘能力を高めるって部活じゃない。典子のように――精神干渉系のダイバーズだっているし、治癒系のダイバーズだってその力を伸ばすために所属しているわ。」
「じゃあ、いく!」
「即答かよ。」
「もっちろん!だって、優華ちゃんが入るんだよ?楽しそうじゃん。おっきな人二号君はいかないの?」
「いや行くけど――というか、入ろうとは最初から考えてはいたんだが……」
「なら行こう!」
「いや、話を聞けよ。」
「楽しみだね、典子ちゃん!」
「おぅい。」
「え、ええ。そうね……」
高木を無視する足立に、大原は後ろ髪を引かれるような思いで返答した。
そしてそれにただ一人気づいた勝輝は、小さくため息をついてから、山田に尋ねる。
「――で、どこに入りたいんだ。」
彼女はニヤリと笑い、こう答えた。
「能力競技部よ」
◇
「日能大バスケ部!俺達と一緒に全国大会を目指しませんか!!」
「テニスサークルです!新入生のみんなと和気あいあい楽しみたいと思っています!」
歩くだけで雨あられと手元にチラシが降り注ぐ。
熱気と喚声の荒波の中、勝輝たちはある場所を目指して歩いていた。
この大学では毎週水曜日は午前までしか講義がなく、昼以降は自由な時間になっていた。ほとんどの学生はこの水曜日をサークル活動日として定め、大学構内のあちこちで様々なサークルや部活が和気あいあいとして過ごしている。
しかし、この日は特別である。入学式から1週間が経った最初の水曜日は、そういった部活動が一斉に集って、それぞれの部活の紹介をする一大イベントの開催日になっていたのだ。
「ところで、能力競技部って具体的にどんなとこなの?勇人君はもともと入るつもりだったんだよね?」
「ん?ああ、そうだな――って、陽子、どんな部活か知らないのにOK出したのか……」
「う~ん。まあ、面白そうだな~って思って。」
「お前な……」
呆れる高木の視界に、周囲から配布されるチラシを全て断って歩く山田が映る。高木はそれを見て、小さくため息を吐いた。
「どったの?おっきな人二号君。」
「いや、なんでもねーよ。
それより、部活について話しておくか。」
「うん。お願いします!」
敬礼をして見せる足立に、高木は説明する。
「能力競技部ってのはその名の通り、ダイバーズの“能力の競い合い”をする部活さ。日本全国のダイバーズが集い、日本一のダイバーズを決める『能力競技試合』。そこでの優勝を目指して日々練習を重ねているって話だ。
――まあ、当然だが、この部活の目的は『戦闘』じゃない。
能力の扱いを磨き、その技を上達させて自分の限界に挑戦するってものさ。
だから入部するダイバーズに、能力の種類という門は無い。どんなダイバーズでもその力を発揮することはできる。それ専門の競技が有る場合もあるし、様々なダイバーズがチームを組んで試合をするって競技もあるからな。」
「ふーん。じゃあ、勇人君はどうして入部しようと思ってたの?」
「俺?俺は自分の能力の限界ってやつに挑戦してみたかったんだよ。楽しいだろ?どんどん自分のできることが増えていくって言うのは。」
高木はそういうと、再び苦しそうな表情を浮かべて、前方を行く少女を見た。
「だから、ああいう理由で部活をやるっていうのは――なんか違うっつーか、悲しいっつうか……」
高木の顔を見て、勝輝は彼らに聞こえないように鼻を鳴らした。
「楽しい――ね……」
◇
「ここ、ここ!」
山田と大原が立ち止まったところでは、デモンストレーションなのか、先輩と思しき人々が各々の能力を見せていた。炎を自在に操る者、物体を浮遊させる者、自身の姿を狼に変貌させるなど、その能力は様々である。
その様に興奮したのは、高木である。
「いや、やっぱすげえぜ、ここの部活は!
見たか?あの狐への変身!
鼻の先から尻尾の毛並みに至るまで、リアルに再現している!しかもあの変身行程の滑らかさは尋常じゃねえ。何度も鍛錬をしないとスムーズに変身能力は使えないからな!
あっちの炎を使っているやつもすげえ。
あの能力を使う動きのキレや息遣いは鍛錬の証拠だし、何より炎の出力が高い!天井にまで届くほどの火柱を創りだせるなんて、見たことがないぜ!
って、おおお!あっちも見てみろよ!」
彼は子供のように目を輝かせていた。まるで戦隊もののヒーローに出会った少年のようにはしゃぎ、共感を求める眼差しを勝輝に向けてくる。
しかし一方の勝輝は悟りを開いたかのような冷静な物腰で、高木の言葉にも呆れ顔で随分詳しいな、とだけ返事をした。
が。そんな勝輝の態度に機嫌を損ねるほど、高木の高揚はぬるくはなかった。
「あったりまえさ!俺はこの部活に入りたくてこの大学に入ったようなものだからな!
それに、部長は高校での能力者競技部で優勝したほどの実力者!しかも俺と似た能力を使うらしいんだ。ぜひとも部長さんに能力の使い方ってやつを教わりたいぜ!」
「ほーう。オレに教えを請いたいなんて、そいつは鍛えがいがありそうだなぁ!」
力強い声とともに、高木は肩に重みを感じ取った。何者かが不意に腕を回し、体を密着させてきたのである。
「ほっほーう。なかなかいいガタイしてんな。『硬質化能力』ってのは、体力がいるからな。お前は口先だけじゃねぇと見た。」
「え?だ、誰――って、ええ!?」
高木は抱き着いてきた人物を見て、思わず叫んだ。
粗い口調に低めの声。しかも180近い自分と肩を組めるほどの長身と、肌に伝わる筋肉量を考え、高木はその人物を男だと推測した。
だが彼の右肩から顔をのぞかせたのは、綺麗な黒い瞳を持った、長身の女だった。




