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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第2部 友情 ―第1章 最初の一歩―
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第05話 スパイと人質(前編)


――2091年 4月――


「先輩、聞こえていますか?」


 聞き慣れた後輩の声に、青年は我に返った。


「あ、ああ。すまん。少し、考え事をしていた。」

「最近、深く考えていることが多いようですが、大丈夫ですか?任務中とはいえ、適度に休憩をとらないと体に毒ですよ?」

「はは……君にそこまで言われるとは。少し根を詰めすぎたかな?」


 宗次は眉間をつまみ、目の前に差し出されたカップに手を伸ばす。

 湯気の立つ熱いコーヒー。

それを一口飲むと、彼の表情は一気に柔らかくなった。


「うん。やはりコーヒーは板橋君が淹れてくれるものが一番おいしいね!」

「それはどーも。」


 こうして彼女のささやかな微笑みを見ながらコーヒーを飲んで一日を終えるのが、すっかり日課になってしまったと、そう宗次は思った。最初は違和感のあったマグカップもすっかり手になじみ、これでなければコーヒーは飲めないとすら思うようになった。

 しかし――


「……板橋君の調子はどうだい?」

「私ですか?私は問題ありません。毎日ばっちり睡眠をとらせてもらってますし。

 あ、この義手の調子もすこぶる良好です。」

「そうか……」


 後輩がマグカップを差し出すその銀色の手を見るたびに、胸が痛んだ。日常に不釣り合いな仰々しいその腕を見るたびに、まだ何も終わってなどいないのだと、彼の眼付は鋭くなった。


「先輩の方こそ、足の調子は大丈夫ですか?」

「――ん?ああ、そうだな。」

 

 彼女の腕と同じ銀色の機械でできた自分の右脚に触れ、彼はその問いに答えた。


「ああ。問題ない。流石は最新技術を駆使した義足だ。能力を行使しても、なにも痛みは感じない。『レリック・デバイス』、だったか?メンテナンスも1年に1度だけとは、恐れ入ったよ。」

「それならよいのですが……先輩は最近、私と違ってあまり義足を外されようとしないので、何かあったのではないか、と……」

「いや。それはないよ。大丈夫だ。」

「そうですか……」

「ああ。」


 宗次は、不安げな表情を浮かべる後輩を見ながら、小さな嘘を返した。

 彼らは東京都郊外にある小さなアパートに住んでいた。必要最低限の日用品だけが点在する寒々しい部屋で、一人暮らしどころか、男女が一つ屋根の下で住んでいるとは思えないものだった。衣類や食材はリュックや段ボールに収められ、布団の代わりに寝袋が部屋の隅に置かれている。まるで引っ越し前の大学生のような部屋だった。

 生活感のまるでない部屋。いつでも拠点を移動できるようにと、効率を重視した軍人のキャンプ場。それが、彼等のホームだった。

 だからこそ、普通の家では決してなされない、非日常的な会話が突然起こる。


「それで、彼の様子はどうでしたか?」

「今日も特に変化はない。ただ、ゴールデンウィークに部活動の合宿に参加することが決まったそうだ。」

「合宿、ですか。」

「ああ。場所も既に特定済みだ。あの人にも報告してある。」


 ふむ、と板橋は少し考えを巡らせてから、自分の所感を述べた。


「合宿とは、彼も思い切ったイベントに参加しましたね。」

「それは俺も同感だ。」

「彼――吉岡勝輝が部活動に毎日参加していると知った時も驚きました。彼は他者との接触を拒んでいるように思えたのですが。」

「うむ。そこが俺も気になっている。高木勇人達に部活動に誘われた時ですら、彼は嫌煙するそぶりを見せていた。なのに、あの“模擬戦”の後、彼は毎日部活に参加している。

 間違いなく、あの時彼の身に何かが起きた。」

「しかし、未だ他人と関わることは拒んでいるところは変わっていないとなると……」

「何か拒否できない理由がある、か。」


 宗次はカップを置き、目を細める。


()()()()()()()()についてはどうだ?」

「はい。彼女(・・)についてここ3日調べましたが、事件につながる手掛かりは現在つかんでいません。ただ一点、気になるのは――」

()()()()()()()か。」

「ええ。」

「ううむ……」


 小さく鼻から息を出し、宗次は背を椅子に預ける。

 行き詰った――そういう時、彼は決まってこういう姿になる。


「しかし――」


 板橋はわざとらしく肩を竦め、軽快に言葉を発した。


「しかし、我々だけで3年以内の解決をしてほしいだなんて、流石に無茶がありますよね。もう少し、人員を増やしていただきたいところです!日本軍も『不死鳥』も、組織ってのはなーんでこんなにケチンボなんでしょうか、本当に!」


 小さな唇をすぼめる彼女に、宗次は口元を小さく緩ませた。

 だが、彼の脳裏には、あの『死』とのやりとりが、ありありと蘇っていた。



――2089年――某月――


“お前には、『黒箱』の本当の目的にたどり着いてもらう。それも、3年以内に、だ。”

「そんなこと、貴様に言われるまでもない!

 だが、何故――何故だ。何故俺をその期限までにたどり着かせる必要がある!何故わざわざ俺と接触してまで、それを求める!!」

“お前が、我々の目的のために必要だからだ。”

「!!」


 声を張り上げた宗次は、背筋が凍りつくのを感じた。瞬きの間もせずに、『死』は己の背後をとった。その現実が、宗次の心臓を鷲掴みにした。


「貴様……」

“ククク。ようやく立場が分かってきたか?とっくに分かっていると思ったが?”


『死』は眉1つ動かさず、小さく笑った。


“まぁ、いい。

 我々が貴様を欲するのは、貴様が最適な人材だからだ。”

「最適……?」

“そうだ。人類が人類であるために、必要な駒に、お前を選んだ。”

「――駒、だと……?」


 宗次は、衝撃を感じなかった。『死』の放った無情な単語は、当然だとすら思ってしまった。

 スパイ映画などではよくある話だ。非合法かつ秘密裏に人間を拉致して、その当人に要求する内容が、真っ当な取引であるはずがない。「駒」という単語は、実に理にかなったものだと、彼は感じ取った。


“ああ。だが、我らには()()がない。”


『死』はなおも話を続ける。


“敵は待ってはくれない。既に我らの方が劣勢の状態なのだ。これ以上の猶予は我らにない。

 故に、お前がこのままのペースで真実にたどり着いていては、()()()()()()

「――なにを言って!?」

“今のお前では、実力不足だと言いたいのだ”

「――っ!!」


 宗次は苦虫を噛み砕く。それでも、彼は反論しなかった。仲間を守れなかったこと、これまでの自分を顧みて、その言葉を否定することはできなかったからだ。


“貴様は聡明だが、そこまでだ。我らが貴様に求めるのは、それ以上だ。

 ダイバーズの世界の真実にたどり着けるだけの、観察眼と推理力、そして戦闘力を要求する。『銀狼』に負けるような体たらくでは、この先いくら命があっても足りないぞ。”

「――『銀狼』のことまで、知っているのか」

“当然だ”


 宗次は鼻がくっつきそうなほど迫りくる『死』を睨み付ける。


(こいつは、一体何故そこまで俺を知っている――何故俺を必要とする?)


「もし――」


 宗次は額に噴き出る汗を感じながら、『死』に尋ねた。


「もしも、俺が断ったら?」


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