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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第31話 激怒

遅くなりましたが、投稿です!


「なんですって!?」

「だから言っているだろう。アレは『吉岡勝輝』ではない。()()()召喚体だ。故に、以降アレを人間として扱うなと。」


 大島の言葉の意味が分からず、斗真は目を見開き憤然とした。斗真は奥飛騨研究所につくなり、すぐに大島に呼び出され、少年の体が全てエーテルでできていることを聞かされた。斗真はそのことに愕然としたが、それ以上に信じられなかったのは、大島の口から飛び出た『召喚体として扱え』という言葉だった。大島や上杉たちが、召喚体を『道具』として見ていることは知っていた。だからこそ、その言葉に斗真は異常な恐怖と怒りを覚えた。


「い、いや、ちょっと待ってください!」

「なんだ。」

「『召喚体として扱え』とは、一体どういうことですか!?」


大島は苛立たし気にため息をつく。


「どうもこうもない。アレを『道具』として扱えと言っている。アレは人間ではない。」

「お、お待ちください!彼は意志をもってここに存在しています!それを――それを道具として扱えというのですか!?」

「そうだ。」


大島の冷酷な声が、部屋に響く。


「儂はアレを研究し、思考する『召喚体』の研究をする。そのためにアレと『対話』できるお前には働いてもらわねばならん。だが、アレを『人間』などと思っていては今後の『召喚体』の研究に差し障る。お前は召喚体を『命』などととらえているからな。これからお前が関わる研究では、その認識を改めてもらう必要がある。」

「な、なにを言っているんです?」


 斗真は半ばおびえるような顔で大島を見る。自分が召喚体を『命』だと思っていることが『差し障る』という言葉に、斗真は震えた。そして彼の言葉は、斗真にさらなる追い打ちをかけた。


(――この老人は、()()()研究に差し障ると言った。)


ある恐ろしい予想が、斗真の脳裏に浮かんだ。


「隊長……今、彼はどこにいるんです?」

「――」


大島は答えない。

その様子を見て、斗真の予想は確信に変わった。


「大島隊長……一体、彼に、何をしているんです!!」


斗真の叫びを聞くと、大島は鼻で笑い、こういった。


「それは、自分の目で確かめるんだな。」





悲鳴。

この世に存在してはいけない悲鳴が、隣の部屋にいると言うのに、部屋中に鳴り響いている。

絶望と激痛に苛まれ、発狂したときに出るその悲鳴は、聞く者すべてに怖気を与える。

 斗真は、言葉を失った。この世のものではない地獄そのものを見たと、そう思った。

部屋に取り付けられた窓の向こうで、少年が両手を広げられて拘束されている。十字架に貼り付けにされているかのような状態で、少年はその腕を、足を、ロボットアームに取り付けられた熱線カッターや草刈機のようなもので切り落とされていた。


「今はアレの再生速度の検証を行っている。昨日からやり続けているが、やはり切断する部位が末端になる程再生速度が遅く、臓器等『(ボディ)』の中枢となるべき場所を取り除いたときの方が、再生が速い。自身の『(ボディ)』の維持活動に必要な部位を優先する機能ないしシステムが備わっているようだ。

あの部屋にはエーテルが常に供給されるように換気しているが、今後は外部環境と遮断し、エーテルが限られた状況で再生がどこまでなされるかを見る予定だ。」


 この地獄のありさまに何の感情も抱かぬ大島の言葉が、斗真の耳を駆け抜けていった。


「――めろ」

「ん?何かいったか?」

「やめろ!」


白目をむいて生気を失った少年を見ながら、斗真は叫んだ。


「今すぐ、このカッターを止めろ!」


斗真は大島を振り返り、吐き気をこらえながら怒りをあらわにする。


「こんな悪魔の所業、今すぐやめるべきだ!」

「なんだとこの若造が!」


大島がその巨体を震わせ、斗真を睨み付ける。


「貴様、上司に向かってその発言はなんだ!」

「上司?ふざけるな!そんなものは関係ない!こんな残虐行為、一人の人間として認められるものか!こんな非人道的、反道徳的なことは今すぐやめさせろ!」


 斗真の怒号が、部屋中に響く。彼は歯をむき出しにして大島を睨み付けている。

それを見て、大島は斗真を見据えたまま口を歪ませて笑う。


「はっ!何を言うかと思えば、とんだ戯言だな。」

「なんだと!」

「非人道的?反道徳的?そんなものは当てはまらない。アレは道具。モルモットなんぞよりも下等な存在。貴様は実験道具を分解したり加工したりするときに、非人道的だとでもいうつもりか?」

「実験――道具――」


斗真は、頭の中が真っ白になった。


(絶望的なまでに、倫理観が違いすぎる――

こんな悪魔に、いくら話をしたところで、無駄でしかない!!)


「――どこだ。」

「あ?」

「どこで、このカッターを操作している!」

「いう訳がないだろう。今のお前に。」


平生を装う大島が、馬鹿にしたように斗真を見下げる。


「ふざけるな!彼は人間だ!彼は『命』だ!マウスの実験ですら行わない残虐な行為をしていいはずがない!彼は道具などではない!」

「貴様の目は節穴か?よく前を見ろ!現実を見ろ!アレのどこが人間だ!

脳すら創造体でくみ上げられた、召喚体のどこが!」


大島は顔を真っ赤にして斗真を怒鳴りつける。

斗真は歯を食いしばる。確かに、脳までエーテルでできた彼を『人間』とはっきり言う根拠は見つからない。だが――


「いいえ、彼は吉岡勝輝です!

彼は思考できます!体を維持できる!生命維持活動をしているのです!

そこに、『個』として存在している!

それは命です!たとえ体がエーテルでできていようとも、それは、『命』でしょう!

その彼を、このような状況にするなど言語道断です!!」

「だまれ若造が!!」


大島の怒号が空気を震わせる。


「命だと?アレが?命?甘ったれたことを抜かすな!『命』とは、この世界に先祖代々脈々と受け継がれ、そこに存在する確固とした存在だ。あんないつ消えるとも知れぬ、どこから来たのかもわからぬ幽霊のようなモノを言うのではない!

アレはデータ。吉岡勝輝というデータを、ほんの一部保存しただけのデバイスだ!その情報が消えればエーテルへと還る影法師。

 『吉岡勝輝』の記憶があるから、あれは『吉岡勝輝』だとでもいうつもりか?貴様は、人の生活を綴った日記を『命』などとほざくつもりか?そんなものは、『命』ではない!

エーテルでできたものは、『命』などではない!!」


大島は大きく息を吐き出し、斗真に言った。


「それにな、貴様は非人道的だの反道徳的だのと言える立場にはないだろう?『犯罪者』が。」

「――は?」


 突然の発言に、斗真の顔が硬直する。


「まさか、知らないとでも思ったか?貴様の素性を!

かつて『双狼(そうろう)』と呼ばれた、『銀狼会』組長の2人息子の一人!

23名の人間を抹殺したと言われる2人組の殺人鬼!その一人だろう?お前は!」

「!?」


斗真は目を見開く。特殊部隊がその情報を得ていないことを、斗真は知っている。


(自分たちの正体を知っているのは、妻と兄、そして医学部時代の恩師だけ。それを何故、この老人は知っている――)


「儂をなんだと思っている?特殊部隊隊長『アマツマラ』だ!

密輸や密売をしている『銀狼会』の動向を知らないとでも思っていたのか?

お前が飯塚の推薦でこの特殊部隊に入隊すると聞いたとき、すぐに気づいたさ。白井という名前、疑似治癒能力、そして、入隊したタイミング。それだけあれば十分だ。

ああ、『黒箱』を追っているという目的も、随分前から知っているぞ。」

「そんなはずはない!特殊部隊は『双狼(そうろう)』の正体が組長の息子という事実は知らないはずだ!『双狼』の1人が『疑似治癒能力』をもつということも、白井という家系だということも、知らないはずだ!何故貴様はそれを知っている!

それに、たとえ知っていたとして、ならばどうしてこれまで()を見逃してきた!?」

「――」


斗真が腰に下げた拳銃を抜き、大島に向ける。


(嫌な、予感がする。

特殊部隊は治安維持組織。そんな組織が『敵』を内部に入れて見過ごすなど、どう考えてもおかしい。『裏』がないはずがない。)


 斗真は、自身の素性の隠匿性に絶対の自信があった。特殊部隊はおろか、『銀狼会』の一部の幹部を除いて知られていなかった。自分たちを知る幹部は堅牢で決して命を賭しても話すことなどない。だから、妻や恩師以外に『双狼(そうろう)』の素性を知ることができる人間は、自分たちを知った状態で戦った相手に限られる。

 斗真にとって、それは一人しかいなかった。


「『眼帯』――」


その言葉に、大島の眉が少しだけ動いた。

そして、その動きを、斗真は見逃さなかった。


「――っ!答えろ!大島大輔!何故俺が組長の息子と知っている!

そして、何故、俺を見逃している!

いったい、貴様は何が目的なんだ!」


斗真は怒りをあらわにして大島を睨み付ける。


(特殊部隊は『眼帯』という存在を知らない。それを知っているということは、この男は、間違いなく『黒箱』とつながっている。


大島の沈黙と『眼帯』という言葉への反応で、彼はそう確信した。

斗真の中で、怒りが、憎しみが膨れ上がる。あのとき自分の家族を目の前で殺した奴の仲間が、仇が、目の前にいる。


ならば――やることは、1つ。


 斗真が拳銃を大島の眉間に合せたその時だった。

拳銃が、ぐにゃりと曲がった。

まるで溶けだした蝋のように、握る手に絡みついてきた。


「!?」


斗真はその拳銃を手放そうとしたが、溶けた拳銃がまるで縄のように手首に絡みつき、その動きを封じている。

何が起きたか理解できない斗真を、今度は強烈な蹴りが襲った。


「ガハッツ」


 扉にたたきつけられた斗真を、大島が笑いながら見下ろしている。


「ふん、儂の能力『形状変化』は特秘能力だ。細胞でできたものは変形できないが、それ以外なら全て自由自在。ある程度の限度はあるが、貴様ごとき低レベルのダイバーズなど足元にも及ばん。無駄な抵抗はやめるべきだな。」


 斗真は大島を睨み付ける。すると、大島の顔から笑みが消え、鬼のような形相が浮かび上がる。


「なんだその顔は!この犯罪者組織の生き残りが!社会のごみクズが!それがこの国を守る者に向ける態度か!」

「グハッ」


今度は床が盛り上がり、斗真は天井に叩きつけられる。


「だいたいな、拳銃を抜いてどうするつもりだったのだ?儂を殺すか?殺してどうする?ここから逃げられるとでも思っているのか?」

「――」


斗真は痛みに歯を食いしばる。


「別に逃げたければ逃げるがいい。その場合、お前の家族を全員犯罪組織の一員として連行、または処刑するがな。」

「きさ……ま!!」


自分を睨み付ける斗真に、大島はさらに言う。


「ああ、それと、儂があの『黒箱』の仲間だと思っているなら勘違いも甚だしいぞ。この儂が、国を守るこの儂が、あんな奴らの仲間になるとでも思っているのか?」

「――」


 斗真は大島を睨み付けたまま何も言わなかった。


(この男が言うことは信用できない。自分の素性を知っている時点で、『黒箱』と何かつながっていることは確かなはずだ。)



だが、それと同時に斗真は奇妙な違和感を覚えた。

老人の言動が、ちぐはぐしているように思えてならなかったからだ。その老人が『黒箱』の仲間なら、“この国を守っている”と平気で言うことは不可解にすぎたからだ。『黒箱』の目的は『セカンド・アトランティス』の建国。“日本という国”など()()()()()()()



(こいつ、一体何を考えている――!?)



斗真が激痛の中思考を巡らせていると、大島が思い出したように言った。


「ああ、そういえばさっきの問いに答えてやる。」

「問?」

「なぜ、見逃してきたか、だったか。ふん。見逃してなどいるものか。

ただ、お前は特殊部隊の研究員として『使える駒』であるから残してきただけのこと。

お前なんぞ、いつでも処分できる。」

「な――」


 斗真の全身に、悪寒が走る。

こいつは、最初から自分を利用してきただけだと、そういっているのだ。しかも、何か大きな目的のためという訳でもなく、ただの駒という最低限のレベルでだ。

斗真は怒りで震えた。こんな奴の元で自分は10年も過ごしてきたのかと。


「貴様!」

「だまれ下郎。」

「ガアアアアアッ!」


壁が、両脇から斗真の体を潰す。


「お前の役目はコレの世話係だ。こいつにありとあらゆる実験をするためには対話が必要だが、お前意外ではどうにも意思疎通がうまくいかないようだ。お前にはその役割をしてもらう。」


大島は床の形状を元に戻し、天井から斗真を落とす。床に倒れ伏す斗真の横を歩きながら、彼は笑いながら言った。


「さぁ、今こそ社会に貢献したまえ、犯罪者君。」

「おのれ……」


薄暗い廊下で、強く悪魔は言った。


「この国のために、な――」





 斗真は少年の部屋に来ていた。少年はベッドの上で横になってはいるが、寝るわけでもなく、目を見開いて天井を見上げている。


「――」


斗真は彼の枕元に立って少年の顔を覗き込んだまま、何分も話さなかった。

 斗真にとって『仇』に近づけたのは良かったが、状況は最悪だった。完全に外部と連絡の取れない『敵』の研究所にいるうえ、家族を人質に自分はこれからも『敵』に利用されようとしている。おまけに自分が担当した少年は、治療どころか実験台にされている。


(一体、何と語りかければいいのだ――)



「……大丈夫かい?」


 斗真は悲痛にゆがむ顔で少年に語りかけた。しかし、少年は何も返事をしなかった。


「――」


斗真は奥歯を噛みしめる。

 斗真は、『銀狼会』がつぶれたことを契機に、それまでとは違う人生を歩むことを決意していた。

 心優しかった母の影響もあってか、『双狼(そうろう)』と呼ばれていた時ですら彼は心優しき人間であった。数十名を殺した殺人鬼――それはほとんど『双狼(そうろう)』というよりも彼の兄の成したものだった。


(だが、直接手を掛けたわけでなくとも、その片棒を担いだのは確かで、人を殺すことはせずとも銃で撃つことはあったし、刀で斬りつけることもあった。だからこそ、俺は自分達が殺めた分の命を、この手で救うと決めた。

 それがいかに傲慢で独善的で偽善者であるかは理解している。それでも、自分にはその方法でしか罪は償えない。カタギとして義理人情に生きた俺には、その生き方しか、償なう方法を見いだせなかった。薄暗い箱に入って、猛省して生きることこそが本来あるべき()()()()()だが、オレにはそうは思えなかった。)


 そして、今、彼の目の前に、周囲が『命』として認めない『命』がある。

しかも、その少年はここで地獄の実験台にされている。

主治医として彼の『治療』に当たると決まった時、ちょうど斗真は22人の人間の命を救った後だった。そして、彼こそが、自らの手で救う23人目の人物であった。


「勝輝君。」


 斗真は、少年の頬を両手で包む。

だが、少年の意識は未だ(から)の中。一切斗真の声に応じる様子がない。

斗真は、大きく息を吸った。この部屋の全ての空気を吸い込むように、大きく体を逸らし、そして叫んだ。


「吉岡勝輝!」


斗真の叫びに、小さく少年が目を動かした。

その瞳に、斗真は呼びかける。


「吉岡勝輝!聞こえるか、吉岡勝輝!」

「――ボクハ、ショウキ――」


少年の瞳に、斗真が映る。


「そうだ。きみは、吉岡勝輝だ!」

「あ――う――」


少年が、頭を動かす。

斗真は叫んだ。


「君は――吉岡勝輝だ!」


それと同時に、少年の頬に小さな雫が落ちた。

雨粒よりも小さく、もっと熱い雫が。


「そうだ。きみは勝輝だ!吉岡勝輝だ!人間だ!」

「ボクハ……ニンゲン……」

「当然だ!」


斗真は少年を強く抱きしめる。少年のむせび泣く声が、背中に伝わってくる。

 一体どれだけの間そうしていたのか、斗真は覚えていない。

少年がひとしきり泣いた後、斗真は彼の肩をつかみ、まっすぐその瞳を見つめた。


「大事な話があるんだ。勝輝君」



俺は――カタギの人間だ。



「いいかい。よく聞くんだ。」



俺は、これ以外の生き方を知らない。



「これから君は、彼らに酷いことをされるだろう。」



俺は、君を見捨てることはできない。



「君は彼らに『召喚体』だと言われるだろう」



俺は、君を救わなくてはならない。



「だが、君は『人間』だ。そのことを、絶対に忘れてはならない。」



俺が、奪った命のために。



「見失うな、自分を。」



この敵地の中で、彼を救おう。



「君は、吉岡勝輝だ。」



俺の、全てを懸けて。



「僕は――いや、俺は、君にすべてを教えよう。」



例え君が、俺が救う最後の命だとしても。



「この敵地の中で、生き残る術を。」



俺の、命を懸けて。



「そして、君をここから救い出す。」


 

俺は――



 「もう一度言う。」



俺は、君を――



「見失うな、自分を。君は――」






「――吉岡勝輝だ。」



読んでいただき、ありがとうございました!

お話は今後急速に進んでいきます!


今後、一体どうなるのでしょうか・・・・・・


が、次の更新は一週間後を予定しています(^^;

よろしくお願いします!

次回『特秘能力者』お楽しみに!

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