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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第30話 斗真の思い

有給休暇をとった斗真は、家族と時間を過ごしていた。だが、彼が有給休暇をとったのには他にも目的があるようで――?


「お、おおおおい。ちょ、慎二、まってまって。それ反則だ!」

「いや、兄ちゃんが弱いだけだよ。はい、これで僕の20連勝。」

「ぐはぁ。いや、もっかいだ!次こそは勝つ!」

「またぁ!?もうこの格闘ゲーム疲れたよぉ。」


 二人の子どもが、テレビゲームをして遊んでいる。

その様子をダイニングの椅子に座ってみる、一人の男がいた。


「相変わらず、二人とも仲がいいなぁ。」


斗真は手元の資料を置いてコーヒーをすする。

およそ1か月ぶりに我が家でとる休暇は、とても心落ち着く。どんなにはしゃいでいようとも、子どもの元気な姿を見るのは、血なまぐさい特殊部隊に勤務する彼にとって大きな安らぎを与えていた。

 そんな斗真に、兄が立ち上がって寄ってくる。


「あ、そうだ。今度は父さんやろう!父さんになら勝てる気がする!」

「ええ!?」

「大丈夫だよ、お父さん。勇人兄ちゃん、超が付くほど弱いから。」

「いや、慎二が強すぎるだけだって!」


兄は首を横に振り、そして父親にコントローラーを差し出す。


「さあ、やろうぜ!」

「いや、それ父親に言うセリフじゃないよ!?」

「いーの、いーの。」


斗真は苦笑いするとそのコントローラーを受け取り、二人の息子の間に腰を下ろす。


「じゃあ、一回だけだぞ。」

「おっしゃあ、やってやるぞ!」



◇



「ま、負けた……」

「やっぱ兄さん弱いね。」

「父さん10連勝だな。」


膝をついてうなだれる兄を、弟が真顔で分析する。


「兄さん右と左よくわかってないし、とりあえず何でも勢い任せでやろうとするからだよ。相手いないのに技繰り出したって意味ないって。」

「うぐ……」


斗真は盛大に笑って息子の頭をなでる。


「ははは。そうだな。もっとうまく立ち回れるようにならないとな。頑張れ頑張れ。」

「と、父さんまで!」


 兄は頬を膨らませ、再び椅子に座る父親を見る。まーた席に戻ってしまったと兄は少しふてくされたが、ゲームに飽きた弟は、兄とは反対に父親が見る資料に興味を示した。


「そういや、お父さんずっと何見てるの?」

「うん?ああ、いや、これはね。仕事だよ。」


斗真は慌てて資料をファイルにしまい込む。と、その時、一枚の資料がはずみで宙を舞った。

その資料は兄の足元に落ち、兄は不思議そうにその資料を持ち上げる。


「ねえ、父さん。この子誰?」


 兄が持つその手には一人の少年の顔写真が張られていた。

斗真は一瞬口をつぐんだが、すぐに穏やかな顔をしていった。


「ああ、今、父さんが診ている子だよ。勇人、お前と同い年だ。」

「ふーん。同い年か!え、でも病気なの?」

「ああ。まぁ、ちょっとね。」

「大丈夫なの?この子元気?」


心配そうな顔をする息子を見て、斗真は微笑んだ。


「そうだねぇ。元気、とは言えないかな。彼は両親を失ってまだ日が浅いから。」

「そっか……あ!ゲームやったら元気でるんじゃないか!?」

「兄さん……」


 弟が小学校3年生とは思えない大人びたあきれ顔をみせる。

その様子を見て斗真は再び声を出して笑った。


「あははは。確かに、勇人の言う通りかもしれんな。」

「おお!じゃあ、今度遊びに行こう!」

「兄さん、誰とやっても結果は同じだよ。」

「いや、ちげーよ。単純に遊びたいだけだって!」

「ふーん。あー、そっか。友達少ないもんね。暑苦しいから。」

「いや、ばっ!そーじゃないってば!」

「まぁまぁ。彼にとっても同い年の子と遊ぶのはいい経験になるだろうからね。勇人、今度彼と会ってくれるかい?」


斗真は資料を受け取りながら、にっこりと笑う。

兄は父親に、満面の笑みを浮かべて言った。


「もちろん!」


 息子のさわやかな笑顔を見て、斗真は心から安堵の溜息をもらす。

と、それと同時に、キッチンの方から柔らかな高い声が聞こえてきた。


「あら、あなた。もうこんな時間だけれど、行かなくていいの?」

「ああ、もうそんな時間か。」


 斗真が時計を確認すると、長針が16時を知らせていた。


「あれ?どこか行くの?今日は仕事休みでしょ?6時からご飯だよ?」


弟が不思議そうに尋ねると、斗真は苦笑いしていった。


「ああ、仕事ではないよ。ただ実は、人と会う約束をしていてね。ご飯までには帰ってくるから。まっていてくれ。」

「そうなんだ。」


父親は資料をいれたカバンをもって立ち上がる。

弟は少し変だな、と思った。仕事の資料をもっていくなら、仕事ではないのだろうか、と。


「じゃあ、行ってくるよ。」



◇



 夕暮れ。赤い光が、ステンドグラスの窓から差し込んでいる。

年季の入ったカウンターは、その紅の光を浴びて暖か味を増し、より一層酒を輝かせていた。

男はそのカウンターの真ん中に座り、お気に入りのウイスキーを飲んでいた。烏のような黒いスーツに、臙脂色のネクタイを締めた40代前後の男だ。彼は店の扉が開き、ひとりの男が入ってくるのを見ると、ウイスキーの入ったグラスを持ち上げてみせる。


「よっ。先やってるぜ。」

「兄さん、飲むの早くないかい?」

「いや、斗真。お前が遅いのさ。」


男は無精ひげを生やした男に、ニヤッといたずらな笑顔を見せる。

斗真はやれやれ、と言ってから男の隣に座り、同じものを注文した。


「息子は元気か?」


男はウイスキーを口に運びながら、弟である斗真に聞く。


「ああ、元気だよ。勇人も慎二もやんちゃで困るくらいさ。」

「ははは。いいことじゃねぇか。うちの栄次(えいじ)は静かすぎるくらいでちょっと心配だぜ。」

「栄次君は栄次君で、しっかりしたいい子だよ。侑真(ゆうま)兄(にい)」


斗真はそういってウイスキーを一口飲む。そして、感慨深そうにつぶやいた。


「みんな大きくなったねぇ。」

「……そうだな。――あれから、もう12年か。」


 斗真と男の顔に、影が差す。

斗真はグラスを置き、その中に浮かぶ氷を見つめる。

男は斗真の顔を見て言う。


「つい、昨日のことのようだ。お前とともに、『双狼(そうろう)』と呼ばれていたころが懐かしい。」

「もう昔の話じゃないか。僕は、もうあの頃のように戦えない。」

「だが、仇(・)を打つことはあきらめてねぇだろ?」


 兄の鋭い視線が、斗真の心の奥底にある野生に尋ねてくる。斗真はグラスの中のウイスキーを飲み干し、言った。


「当たり前じゃないか。仲間を、家族を殺した『黒箱』を叩きのめす。その思いは今も消えていないよ。」

「それを聞いて安心したぞ。俺たちは『カタギ』の人間だ。仲間の仇は必ず取る。たとえどんなに時が経とうとも、俺たちは受けた仕打ちを忘れねぇ。必ず倍返しにして返してやる。それが、ダイバーズ誕生以降、横浜を縄張りとしてきた『銀狼会』の流儀だ。」


 『銀狼会』。その言葉に、斗真は火がくすぶる様な感覚を覚える。2070年に3度目の活動を開始した『黒箱』が最初に攻撃対象に選んだのは、人の集まる大通りでも、軍施設でもなかった。横浜を拠点とする暴力団組織『銀狼会』だったのだ。『黒箱』は12年前の2072年、約2年間の抗争を経て『銀狼会』を壊滅させた。そして斗真とその兄侑真は、その『銀狼会』の組長の息子だった。


「あの横浜事件で生き残った『銀狼会』のメンバーは俺とお前だけ。俺はあいつらを許さねぇ。親父も、仲間も、皆殺しにしたあいつらを。」


 侑真は憎しみを露わにし、拳を握る。


「特にあの男。あの『眼帯』野郎を許さねぇ。あいつは、何の抵抗もしなかった憲次や芳樹の首を切り落としやがった!それだけじゃない。あのくそ野郎は、あんなに優しかったお袋に、親父を殺させやがった!しかも、俺たちの目の前でだ!!」

「ああ、そうだね――思い出しただけで、虫唾が走る。」


斗真はカウンターの端を睨み付ける。眼を閉じれば、今でも思い出すあの地獄の光景を――


「俺はあの男を、『黒箱』の奴らを許さねぇ。仲間の仇は必ず取る!」


侑真は拳をカウンターにたたきつける。鈍い音が、誰もいない小さな酒場に響いた。

――と、


「ちょっとちょっと、お客さーん。また役者の稽古~?なんか随分物騒な単語が聞こえてきたけど、ここでチャンバラはやめてよね。」


 彼らの後ろに、エプロン姿の少女が立っていた。茶髪のその少女は、頬を膨らませ眉間に皺を寄せている。

斗真は苦笑いしながら彼女に両手を見せて釈明する。


「ああ、ごめんごめん。ちょっと白熱しちゃって。このこと内緒ね、美穂ちゃん。親方にここで練習しているってばれたら首飛んじゃうから。」

「そうですかー。ならいいんですけど。またこのカウンターへこませたらサービスなんかしませんよ?」


彼女はそういって侑真にグラスを渡す。そこにはオレンジ色に光るウイスキーが入っていた。


「これは?美穂ちゃん。」

「マスターがサービスですって。まったく、サービスしてる暇があるなら、私のバイト代を上げてほしいですよ!ただでさえ、お客さんはおじさん達くらいで赤字続きなのに!」


少女は、ぷいとそっぽを向く。それを見て侑真は白い歯を見せて笑った。


「あっははは。そりゃここ治安悪いからな。他のお客さんはなかなか来ないぜ。それより、美穂ちゃんもこんな時間までバイトしていて大丈夫なのか?変なおじさんに襲われるぞ?」

「変なおじさん?それなら大丈夫です。私、鍛えてるんで。これでも特殊部隊入るの目指してるんですよ~。侑真おじさんくらいなら余裕です!」

「ははは。」


彼女は苦笑いする侑真から「マスターによろしく」という言葉を聞くと、スキップをしながら店の奥に入っていった。


「――彼女、ホントに特殊部隊目指してるんだな。入ってきたら、お前が特殊部隊の隊員だってばれちまうぞ?」

「いや。まぁ、かまわないよ。彼女は母親を横浜事件の抗争に巻き込まれて亡くしているからね。誰かを守りたいって思いには同情するさ。

その夢を、邪魔する理由はないよ。兄さん。」


 釘をさすように斗真は兄を見る。


「そうか。それも、そうだな。」


侑真はそう呟くと小さく笑い、ウイスキーのグラスを手の中で回す。


「――それで、どうだった?」


 侑真の静かな声に、斗真は顔を引き締まらせる。

彼は足元に置いた鞄から一枚のファイルを取り出し、侑真に渡した。


「これが今回の事件に関する資料だよ、兄さん。資料を見る限り、『黒箱』に関する足掛かりはないね。――この少年以外は。」

「両親が『黒箱』の仲間か……。それで、この吉岡勝輝ってやつは何者だ?こんな能力聞いたことねぇぞ。」

「いや、彼は事件当日までダイバーズじゃなかったそうだ。」

「何!?」


侑真は驚いて斗真を見る。


「いや、まてまて。それじゃあ、事件後にダイバーズになったってのか?」

「そうみたいだ。」

「そんなの、爆発に巻き込まれているのに、ありえるものなのか?これを見る限り、こいつ体の大部分がエーテルでできているようだが――」


兄の言葉に斗真は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに元の表情に戻って言った。


「どうかな。はっきりとは言えないが、たぶん可能だと思う。ダイバーズは脳で考えたイメージを、エーテルに与えて効果を発揮する人間だ。脳さえあれば、体がどれだけ損傷していてもダイバーズになることは可能だからね。それに、どこまで体がエーテルになっているかの調査結果は、明日上がるらしい。それを見てみれば、もっとはっきりとしたことが言えると思うよ。」

「なるほどな。」


侑真はページをめくりながらうなずくと、あるページを見開いて斗真に見せる。


「それにしても、この『賢者の石(ラピス)』をもっていた可能性があるって――本当か?」


 斗真は目を細める。


「わからない。色んなブツに手を出していた『銀狼会』でも、本物の『賢者の石(ラピス)』なんて見たことない。『賢者の石(ラピス)』といって持ち込まれていたモノは、だいたい『レリック』だったし。それに、僕が特殊部隊に入ってからもう10年たつけど、『賢者の石(ラピス)』なんて関わることはなかった。」

「俺もだな。『島崎グループ』の研究所でも、『レリック』しか扱っていない。」


侑真は酒を飲み干し、斗真を見る。


「だが、俺たちにとってこれが本物かどうかは問題じゃない。『黒箱』の奴らが『本物だと思っていたこと』が重要だ。これは大きな一歩だな。」


侑真の鋭い視線を受けて斗真はうなずき、そして言った。


「ああ。『賢者の石(ラピス)』はもともと『不死鳥』が管理していた代物だ。そんなものは普通の一組織が手に入れられるものじゃない。それだけやばいブツを扱うとなれば、必ず痕跡が残る。人、物、金の流れ。そういったものに、ね。たとえどんなに口封じをしていても、その結果が残る。それこそが、僕たちが『黒箱』に肉薄できる大きな手掛かりになる。」


 カラリン、と鈴の音が聞こえてきた。いらっしゃいませ!と、美穂の元気な挨拶をする声が、二人の耳に届く。どうやら別の客が入ってきたらしい。侑真はファイルを自分のカバンに突っ込むと、入ってきた客に見られていないかその人物を一瞥する。

 20代後半くらいの、長髪の若い男だった。このあたりでは見ない顔だと侑真は思ったが、話を聞かれていた可能性はないと判断し、斗真に視線を戻した。


「それで、これからどうする?」


小声で聞いてくる兄と同じように、斗真は答えた。


「僕はしばらく吉岡勝輝の世話係になる予定だ。できるだけ彼から情報を引き出したい。それに、彼は今、自分の体がエーテルになっていることでショックを抱えている。だんだん精神的に安定し始めたけど、まだ安心できないからね。もう少し、彼を支えてみたいと思う。」

「そうか……相変わらず優しいところは母親譲りだな。」

「……それより、兄さんは?」


斗真は侑真の目を見る。侑真は弟の視線から目を逸らして答えた。


「俺は、いつも通りだ。これからも能力研究施設に関する警備を調べる。島崎グループは健(・)全(・)な(・)警備会社だからな。そ(・)う(・)簡(・)単(・)に(・)情(・)報(・)は(・)集(・)ま(・)ら(・)な(・)い(・)。」


 侑真はあざ笑うかのように小さな笑みをこぼす。

斗真はそんな兄を見て、少し不安に思った。


「兄さん。今の僕らにはあの時と違って家庭がある。復讐に燃えたあの時と今じゃ、状況が違う。確かに仇は打つ。だけど、僕たちは息子に、家族に、飛び火することはさせないと、関わらせることはしないと、そう誓ったよね?」

「ん?おう。覚えているとも。家族と俺たちの仇は関係ない。」


侑真は残っていた酒を飲み干す。


「だから、早いとこ始末つけなきゃいけねぇ。俺たち二人だけでやるんだからな。」

「……兄さん、僕たち二人でやることは大変だ。だけれど、無(・)茶(・)は、しないでくれ。――兄さんはいつも無茶ばかりするから。」


侑真はチラリと斗真を見ると、小さく言った。


「――安心しろよ。そんなことはやってねぇ。昔みたいに切ったはったのといったことはやってねーよ。」

「なら、いいんだけど……」

「それより、お前の特殊部隊の方が危険度高いだろ。ホントなら、俺が入った方がよかったのかもしれんが、俺は頭がよくなかったからな。お前にそっちの情報は任せるしかなかったのは、悪いと思っている。」


 斗真と侑真は、お互いに『黒箱』の情報を集めるために、ダイバーズの事件や研究を取り扱う機関に入り込むことにした。斗真は『能力者特殊部隊』へ。そして侑真は、対能力警備設備を開発する民間警備会社へと、『正式に』入社していた。


「特殊部隊は治安維持が最優先だからな。『黒箱』に近づくには一番手っ取り早いが、いつもそればかり気にしてはいられない。だが、『島崎グループ』は民間企業。お前のとこよりかは自由な時間が取れるからな。調査するには余裕がある。俺は、いつも通りその時間に活(・)動(・)し(・)て(・)い(・)る(・)だけさ。」

「……」


不安げな斗真をよそに、侑真は言った。


「それに、島崎グループは能力者研究施設の警備を一手に引き受ける大企業だ。“警備システムの流れ”は『能力者研究』の動きを察知できる。何か大きな研究がされようとする設備は必然的に警備が厚くなるからな。『黒箱』は研究施設への攻撃が多い。先に狙いそうな研究施設が分かってりゃ、あの『眼帯野郎』に接触するチャンスになるだろ。」


侑真は空のグラスを眺める。


「現状、『眼帯』の情報は何もつかめねえ。まさか特殊部隊も何も知らなかったとは驚いたがな。」

「確かに、あれだけ強いダイバーズの存在を知らないのは不思議だけれど、『双(・)狼(・)』の(・)素(・)性(・)も(・)知(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)か(・)ら(・)ね(・)。そこは、まあ、気にしなくていいんじゃないかな。」

「ふっ。確かにな。あ(・)い(・)つ(・)ら(・)に(・)、そこまでの頭を期待するのは間違いだな。」


侑真は立ち上がり、斗真に言う。


「それじゃ、また何かあったら連絡してくれ。こっちも連絡する。」

「……ああ。分かったよ。」


 斗真は不安だった。兄は、手段を択ばない。自分の家庭を持つまで、仇を討つためにすべてをささげてきた男だった。彼は無茶をよくしたし、時には手を血で染めることもあった。『銀狼会』にいた時と同じような飢えた狼のような姿に、斗真は身の危険を感じ取っていた。

そういった時だった。斗真の左腕に取り付けられた通信機が、通知を知らせてきた。


「ん、なんだ。軍からか?」


侑真は店を出ようとするのをやめ、再び斗真の元に来る。


「ああ、上杉ってやつからの連絡だよ。ん?どうやら軍の病院から奥飛騨研究所に勝輝君を移したらしい。」


 斗真は首をかしげる。奥飛騨研究所は日本で最初に創られた能力者研究施設。病院ではない。なぜそんなところに彼を移したのか、斗真は理解できなかった。

そして何より胸をざわつかせたのは、その奥飛騨研究所には、大島個人の研究施設もあることだった。


――嫌な、予感がする。


「兄さん、僕は明日ここに行ってくるよ。しばらくまた連絡は取れないと思う。」

「そうか。分かった。それじゃあ、また来月にここで落ち合おう。気を付けていけよ」

「兄さんこそ、無茶だけはしないでくれ。」

「分かってるって。」


兄弟はともに立ち上がり、会計で金を払うと店を後にした。


「またのおこしを~」


 美穂がひまわりのような笑顔で二人を見送ると、兄弟はそれぞれ小さく微笑み返した。

だが、その足取りはどちらも重々しく、目は笑っていなかった。

 彼女は二人を見送ってからいつものようにだらりとカウンターに座る。


「さてと、もう今日はこれで終わり……あ、そういえばまだお客さんいるんだった!」


 いつもならこの後誰一人として客は来ない。二人が最初で最後の客。仕事が終わると彼女はいつもそのカウンターに座り、頬をくっつけてひと眠りするのが日課になっていた。

が、今日は珍しくまだ客がいる。

彼女はあわてては立ち上がると、その客がいた席をのぞき込む。

だが、そこには注文した品の代金が置かれているだけで、誰も座ってなどいなかった。


「あれ?お客さん、どこ行ったんだろ?」



◇



「ああ、僕です。今はまだ横浜にいますよ。」


 長髪の男が、海岸沿いで独り言葉を紡いでいる。ホログラムは使用せず、耳に付けたひと昔前の通信機器を使用しているようだ。

黒く輝くクラッシックカーが、夜の街灯に照らされてより一層男の風格を際立たせる。

今時ガソリンで動く車を使用している者は愛好家が趣味で使うくらいである。しかし、この男はそれを好んで日常的に使っていた。お気に入りの車を背に、眼前に広がる夜の横浜を眺めながら男は言う。


「ええ。見つけましたよ。吉岡勝輝、彼は今奥飛騨研究所にいるようです。どうしますか?」


男は、相手の返事を待った。

そして、その返事が聞こえると、小さく笑った。


「――なるほど、承知いたしました。

ああ、お待ちを。もう一点、『双狼』についてですが、やはりあなたの見立て通りに動きそうです。――ほう、動くとすれば、半年後、ですか。」


男は背を任せる車の中を、チラリと見る。


「……なるほど。それまでに、彼(・)女(・)を(・)育て上げろと言う訳ですね。しかし、彼と同じで彼女も母親を失った身。そこまで“拾(・)え(・)る(・)ようになるか”は、分かりませんが……。承知いたしました、■■■■。それでは、僕は京都に戻ります。ええ、僕から上司には報告しますので、あなたから説明していただく必要はありません。」


男は通信を切ると左腕にはめた銀色の腕時計を見る。

時計の針は21時を回り、吐く息は既に白い。


「まったく、随分と人使いの荒いことで。」


長髪の男はそう呟くと、後部座席をのぞき込み、にっこりと笑って言った。


「では、行きましょうか。京都へ――」



読んでいただき、ありがとうございます!

またなんか新しい登場人物かい!と思ったかもしれませんが、ご了承ください(^^;

にしても、どーも過去編が思った以上に長くなっている・・・・・・

あと10話以内に終わらせたいところですが、どうなることやら・・・・・・


そして、この白井斗真は『高木勇人』の父親です。なぜ苗字が変わっているのかは後々分かります。

長髪の男と、後部座席に乗っている人物が誰かは――(笑)(^^;


次回、『激怒』明日零時更新予定です!(変更する可能性あり)


斗真は言った。

「見失うな、自分を。君は――吉岡勝輝だ。」

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