第28話 秘密(12) バ ア ス デ イ (下)
少年は吐き気を覚えた。口を押え、何も入っていない胃の中をひっくり返す。
大島はその様子を見ながら、立ち上がる。
「儂は見たのだ。あの、爆発後の映像を!そこには何が映っていたと思う?」
大島はニヤリと笑い、声高らかに叫んだ。
「お前という召喚体を創り出す、ダイバーズの姿だ!
『吉岡勝輝』の海馬を核に、一体の召喚体を創り出すダイバーズの姿が、そこにはあった!
儂は驚いた!60年以上を生きてこのような能力を見たことがない!
あいつが何故あの場所にいたのかは分からんが、さすがは特秘能力者!
こんな能力、儂は60年以上生きて見たことがなかった!
この儂の『夢』を実現させるダイバーズが、この世にすでにいたとは、なんという幸運か!!」
老人は声を落とし、子どもに言い聞かせるかのように穏やかな口調で言った。
「お前が自分を『吉岡勝輝』だと思っているのは、お前が『吉岡勝輝』の海馬を核にして創られた召喚体だからだ。海馬は数日に起きた出来事を記憶する脳の『記憶組織』。お前は彼の海馬を持っているが故に、『吉岡勝輝の記憶の一部』を所有している。だから、自分が『吉岡勝輝』だと思い込んでいるのだ。」
「ち、ちがう……ちがう!」
少年は今にも死にそうな顔をして首を横に振る。
「ぼくは……召喚体なんかじゃない。吉岡、勝輝だ――」
「いいや、違う。お前は召喚体だ。普通の召喚体と違うだけで、まぎれもなく召喚体。腕も足も腹も眼も心臓も、そして脳もエーテルで作られた、召喚体だ。どうやってお前が創り出されたのかは不明だが、それだけははっきりしている。」
「――ちがう――」
そんなはずはないと、少年はそう思っている。だが、何を根拠にしたらいいのか分からなかった。
自分が消えていく。そんな感覚を、少年は味わっていた。
大島は未だ自分を召喚体と認めない少年を見ると、吐き捨てるように言った。
「お前が『吉岡勝輝』ではないことの根拠はいくつもあるが、記憶の有無と齟齬も、その1つだ。
お前は『智也との出会い』や『両親の能力』といった記憶がない。それは、それらが大脳皮質に保管されているはずのものだからだ。
お前の大脳皮質は『吉岡勝輝』自身のものではない。お前のソレは、エーテルだ。
故に、彼らとの出会いを覚えている訳がない!
両親の能力を知っているはずがない!
お前の脳は、『吉岡勝輝』のものではないのだから!
そして、『吉岡勝輝』の友人の能力を間違えたりする記憶の齟齬が生まれるのは、海馬の記憶しかお前にはないからだ。海馬の記憶は忘却しやすい。その忘却した部分を、お前の創造体の脳が、勝手に組み上げているのだ。」
「――」
少年は息をのむ。あの智也の声が、耳の奥で聞こえた。
「他人のアルバムの写真を抜き取り、自分で勝手にストーリーを創っているのだ。だから、友人の能力を入れ替えてしまうような、実際にはありえない事実を、さも本当であったかのように語るのだ!
お前は、『吉岡勝輝』という人間の記憶の一部をコピーしただけの、召喚体だ。」
少年が、おびえた目で大島を見る。
大島はそれを見ると再びニヤリと笑い、両腕を広げて叫ぶ。
「だが喜べ、召喚体!
お前の存在は素晴らしいことなのだ!これは世紀の発見だ!
ダイバーズ世界の、新たな幕開けだ!
お前という『新種の召喚体』の存在は、人類にとって大きな飛躍をもたらすのだから!」
大島は大きく息を吐き出し、落ち着きを取り戻そうとする。だが、その声は、その顔は、明らかに高揚を抑えきれてはいなかった。
「召喚体とは何か?そこに個として存在する命か?
ふん、下らぬ。召喚体は創造体。命などではない。
では、何か。それは、資源だ! 」
「し――げ――ん」
少年の視線は定まらない。目の前にいる老人の言っていることが、分からない。
「そうだ!人間の生活を豊かにするための、資源だ!
我々人間の代わりに仕事をこなす、ロボットだ。
我々人類の未来を創り出すための、道具に過ぎない!」
「どう――ぐ――」
少年の体全身に、今まで感じたことのない寒気が走った。
何かの悪い夢だと思った。
この老人は、自分を、道具だと言っているのだと、少年は理解してしまった。
「ち、ちがう。ぼくは、ぼくは、道具なんかじゃない――」
だが、その声は大島に届かない。
大島は拳を握り、力づよく叫ぶ。
「儂は、長い間夢見てきた!人間の代わりに、召喚体が戦場で戦う未来を!
危険な仕事をおこなう、召喚体を!そうすれば、犠牲は生まれないのだと!」
老人は大きく息を吐き出して続ける。
その声は、過去の悲しみを噛みしめるように痛々しかった。
「――儂の父は『自衛官』だった。
あの『アトランティスの戦い』で、『強制徴収兵』を輸送した護送ヘリのパイロットだった。
父は強制徴収兵――『レジェンド』たちを送り届けたのち、即刻帰国するはずだった。」
一瞬の、間があった。
「だが、父はあの戦争で死んだ。護送用ヘリを狙った敵に襲われ、父は死んだ!」
大島は、近くの机を殴りつける。
「なぜだ!なぜ『強制徴収兵』でないただの操縦士であった父が、死なねばならぬ!
へリの操縦?
そんなもの、自動操縦プログラムやロボットにやらせればよかったのだ!
そうすれば、父はそもそも戦場に赴くことはなかった。
父のような犠牲は、なかったはずだ!」
机の上にあった資料や機材が全て床に落ちた後、大島は再び口を開いた。
「だが、現実はそうではなかった。
プログラムやロボットによる自動制御ができないような、臨機応変の対応が必要な機械では、人間が操作をするしかなかったのだ。」
大島は扉に歩み寄ると、扉に取り付けられたタッチパネルを操作する。
「だから儂は考えた。
人間が操作するしかない機械があるのなら、『人間と同じことができる存在』を創り出し、それを使えばいいのだと。」
コンクリートの重たい扉が、けたたましいサイレンとともに開き始める。
「儂は召喚体に注目した。
エーテルに自身の思い描くイメージを与え、生物型の創造体として形を創り出す能力、それが『召喚能力』だ。
であるならば!
『人』という情報を付与してやれば、『人間と同じことができる召喚体』をつくれるのではないかとな!」
大島はタッチパネルから離れ、開いていく扉を見上げる。
「だが、現実はうまくいかない。召喚体は創造体。時間が経てば霧散して消えてしまう一時の夢。しかも、思考することが出来ないために、機械操作のような高度な思考が求められる作業は不可能。単純な命令を実行することはあっても、それはダイバーズの意志が届く範囲内に居なければならない。
それでは、だめだ。何の意味もない。」
少年は、すらすらと言葉を並べる老人を、おびえた目で見つめる。
その老人は、洞窟中に響く声で言った。
「だから、儂は研究してきた!
召喚体を、本来のダイバーズが持つ保存時間を超えて持続させ、機械操作のできる思考力を付与する研究を!
そして儂はたどり着いたのだ!
『脳』を核とした召喚体をつくれば、『情報』を長時間保存できるという事実に!」
大島は声を落とし、足元を見ながら言う。
「――しかし、それですら、完成には至らなかった。
完全な体の維持も、そして肝心の『思考』も実現には至らなかった。
だが、そんな儂の前に――」
大島は、少年を振り返る。
その顔は歓喜と狂気に歪み、悪魔の笑みを浮かべていた。
「お前が現れた。自分の体を維持する召喚体。思考する召喚体が!!」
少年は震える声で言う。
自分は人間なのだと、召喚体ではないと。
「ち――が、う……」
大島は目を見開き、少年を指さす。
「お前は儂の研究を完成させることが出来る重要なピースだ。手放したりするものか。お前がどうやって創り出されたのか、それを儂は解明する!そして、いずれお前を創り出したあのダイバーズも調べ上げよう!
我が研究の大成のために!
この国に、この世界から、人間の犠牲をなくすために!」
大きな灰色の門が、開いた。異様な冷気が扉の奥から流れ込んでくる。
大島は部屋からあふれ出る、不気味な緑の光を見て笑う。
「さあ、見るがいい、新種の召喚体よ。
これが、儂の研究成果!
そして、お前が完成させる『兄弟たち』だ。」
「あ――あああ」
少年の顔が、恐怖で歪む。
人だ。
人が、緑の液体が詰まったカプセルに入っている。中に入っている彼らは皆裸であり、その顔に、体に、生気はない。
そしてその数は一本や二本ではなかった。
数十、数百のカプセルが柱のようにずらりと並びたち、悪魔の神殿を造っていた。
少年はその場に座り込んだまま後ずさる。
その少年に、悪魔は白い歯を見せて笑った。
「そうだとも!彼らこそ、次世代の召喚体!
人の脳を核として作り上げた、体を長時間維持できる人型召喚体!
その名を、『ホムンクルス』!」
――ちがう――
そして彼は言った。この世の恐怖を詰め込んだような声で。
「そうだ、お前は召喚体。」
ぼくは――召喚体なんかじゃない――
「人の海馬を、記憶を核にして創られた、次世代型召喚体!」
ぼくは――人間、なんだ――
「だから、祝おう。世界の幕開けを!」
ぼくは――
「世界最初の、次世代型召喚体の誕生を!」
ボクは――
「誕生日、おめでとう。」
ボクハ・・・・・・
「 ホムンクルス 」
次回『トモダチ』
2018/09/07 00:00 投稿
『友達』なんて、この世界には――




