第27話 秘密(11) バ ア ス デ イ (中)
(後編)を数分後に投降します。
できれば、(後編)まで読んでいただけると幸いです!
※今回の話は特に残酷な描写が含まれます。
(単純に作者である自分が、特に苦手なだけかもしれませんが・・・・・・(^^;)
その先は、何も聞こえなかった。何も見えなかった。
少年の前は、再び真っ白になった。
ただ彼の言葉だけが、頭の中で鳴り響いている。
お前みたいな化け物、友達なんかじゃない
少年はなぜ彼がそんなことを言ったのか、理解できなかった。
自分はダイバーズになっただけ。
そして、その病にかかっただけのはずなのに。
それに、彼が親友をいかに大切にしているのか、少年は感じ取っていた。
だからこそ、胸が苦しかった。
それが自分であるはずなのに、なぜ彼は自分を否定したのか、それが分からなかった。
友達であるはずの自分を、友達でないと言った理由が、分からなかった。
そして同じように、もう一人の少年も苦しんでいた。
目の前にいるのは友人の姿なのに、どう考えても、親友には思えなかった。
自分が知っている、親友ではなかった。
彼は、目の前の存在を認めることが出来なかった。
自分の親友は、『これ』ではないと。
親友は、思い出を、忘れるようなことはしないのだと。
少年はそのあと何が起きたのか覚えていない。
泣きわめく二人の子どもは白い大人に連れ出され、少年は何がどうなったのか分からぬまま、ひとりぼっちになっていた。
何も聞こえない、何も見えないその白い世界で、少年は泣いた。
喉の奥から、心の奥底から、彼の慟哭が続く。
雨より冷たいものに打ちひしがれながら、少年は泣いた。
少年は、最後に残っていた大切な何かを失ったのだと、そう世界がささやいているように思えた。
――お前みたいな化け物、友達なんかじゃない――
少年は叫ぶ。
自分は友達なのだと。
時に遊び、時に助け合った、親友なのだと。
自分は『友達ではない化け物』ではないのだと。
大切な存在であるはずの友達を、なぜ、彼は認めなかったのかと。
大切なはずの友達を、なぜいないと言ったのかと。
眼が落ちる。
腕が落ちる。
顎が落ちる。
少年は黒い眼で天を仰ぐ。
そして、虚から涙を流しながら、その少年の意識は落ちた。
◇
「――ふん。少し期待と違うベクトルではあったが、結果的にはまぁいいだろう。」
暗闇の中で、男はベッドに横たわる少年を見る。別室から様子を見ていた大島はそう呟くと、入室してきた上杉をちらりと見やる。上杉はまるで何も特別なことなどなかったかのように告げた。
「隊長。予定通り『吉岡勝輝』の友人たちはあのまま帰らせました。それと、既に『吉岡勝輝』の転校手続き、ならびに中学進学の“偽造”も済ませました。」
「よし。ご苦労だった。」
「あの、隊長。ひとつよろしいですか?」
大島は不思議そうに尋ねる上杉に許可を出す。
「かまわん。なんだ。」
「『吉岡勝輝』の転校手続きなどせず、『死亡届』でもよかったのではないですか?」
すると、大島は髭を撫でながらため息をこぼす。
「ああ、それか。当然、儂も『吉岡勝輝』の死亡届を出すことは考えたさ。だが、病院に運び込まれたときに『一命はとりとめた』などと医者が報告してしまっているからな。ここで死亡したなどと報告すれば、疑われるのは必至。さすがにそれは避けねばならん。よって研究が完了するまでは『吉岡勝輝』は生きていることにする。それに、『吉岡勝輝』という『殻入れ』を用意しておいた方が後々役に立つ場合もあるだろう。」
彼は視線を少年へと向ける。四肢が床やベッドに転がるおぞましい部屋の中で、体を再構築している異形の姿が、そこにはあった。
大島はそれを見てニヤリと笑うと、上杉に命令する。
「いいか、上杉。我が――いや、我々の研究のためにアレは必要だ。今すぐ、アレを奥飛騨研究所に移す。準備に取り掛かれ。」
「はっ!」
彼は身震いする。
興奮を抑えきれない。
未来の扉を開けるその高揚感に、部屋を出た大島は歩みを早めて言った。
「ようやく、ようやくだ!儂の長年の夢が叶う時が――来た。」
◇
「起きろ」
低く冷たい声に、少年は起こされた。
「ったく、ぐずぐずするなよ。」
続いて聞こえてきた男の声とともに、少年は灰色の床に投げ落とされた。
氷のように冷たい床。
少年は何が起きているのか分からず、周囲を見渡した。
「ここは……」
「さっさと立て。」
男は少年の疑問に答えることはなく、それどころかチッと舌打ちをした。それから男はまるで汚物を持つように、少年の服の襟をつまんで立たせた。
「ついてこい。」
少年は訳が分からなかったが、それでも歩みださなければならなかった。男の顔がいつも自分を殴る時の顔になっていたからだ。このままでは、また殴られる。少年はそう思い、男に逆らうことが出来なかった。
男の数歩後ろを、少年は静かに歩く。
智也の声が、未だ耳に響いている。
(なぜ、友達なんかじゃないと、彼は言ったのだろうか。)
そのことが、少年の頭を占領していた。
「おい、ちんたら歩いてんじゃねーぞ!」
歩みの遅い少年に、ひょろりとした男が苛立たし気に怒鳴る。
少年はその声を聞くや否や、慌てて男の後を追った。
少年は男の後を追いながら、周りの様子に意識を散らした。どうやら今までずっといた病院とは違うところにいるらしく、そこは異様なほど寒かった。
まるで冷蔵庫の中にいるようで、吐き出す息が白い。11月になろうとしているのだから、それもそのはずかとは思ったが、それにしてもこんなに建物の中が寒いものなのかと、少年は疑問に思う。
そして気になったのは、壁だった。
少年が歩く廊下は、既に『廊下』と呼ぶべきかどうか分からなくなっていた。泥水を塗りたくったような色をした壁と天井が続いている。床だけが灰色のコンクリートでできた、まるで岩をくりぬいたような道だった。
「ここ――洞窟?」
◇
「連れてきました。」
少年が連れてこられたのは、巨大な窓が1つだけある暗い部屋だった。
部屋の壁は、病院の壁とは比べ物にならないほど薄黒い色をしていた。1つしかない蛍光灯が、冷たく部屋の中を照らしている。机も椅子も何もないその部屋には、ひとりの男が立っていた。
長い白髭を生やした、巨漢の男。顔には無数の皺があり、妙に白い歯が薄暗さと相まって不気味さを増している。
老躯の小さく鋭い瞳を見て、少年は立ち止まる。
この老人を、少年は知っていた。白衣の男たちのリーダーであると。
だから、少年は思わず身構えた。また殴られるのではないか。背筋を凍らせるそんな予感が、少年を襲った。
「ようやく来たか。では始めよう。」
老人は少年を一瞥し、痩せた男に合図を送る。男は少年を部屋の真ん中に残し、自分は部屋の隅で壁に背を任せた。その手には斗真が持っていた映像を記録するタブレットが握られており、暗闇の中に立つ少年を映し出していた。
少年は一体何が起きるのか分からなかった。なぜここに連れてこられたのかも検討が付かない。そして何より、老人の瞳をみてなぜそんな瞳をしているのか分からなかった。
他のどの白衣の男たちとも違う。殴ろうとする時の目ではない。
もっと、もっと何か恐ろしい目だ。
そして、それは確実に自分の身に降りかかってくるものだと、少年は直感した。
そう、例えるなら――
あの両親を殺した獅子のような、殺気に満ちた瞳だと。
「え――」
少年が思わず逃げようと一歩下がった瞬間だった。
風を切る音が、左の耳を通って体を駆け抜けた。そしてそれと同時に、少年は激痛に襲われた。
まるで無数の針を腕に突き刺したかのような痛み。
何が起きたのかはすぐに分かった。
少年の左腕が、二の腕の真ん中から切り落とされていた。
「ッアァアァアァアアアア!!」
声にならない叫びを放ちながら、少年は左腕を抑えて転げまわった。
血が、抑える指の間からわき出てくる。
「ほう、予想通りだな。外から故意に与えた外傷は普通に『ケガ』として現れるか。」
老人は赤く染まった刀を見ながら低く、しわがれた声で言う。
「だが、そろそろ再生するのではないか?」
その老人の言葉が言い終わるのと同時だった。
少年の傷口が盛り上った。傷口から流れ出ようとする血は、あたかもそこに血管があるかのように空中を走り出し、新たな血管を創り出す。そして腕から延びた筋線維が、少年の腕を元通りに形成しなおした。
それを見届けてから、老人は男に尋ねる。
「どれくらい時間がかかった?」
「おおよそ45秒ってとこですかね。」
「ふうむ。もっと短くはならないものか。」
その45秒の間の再生は、少年にとって地獄の苦しみだった。これまで体の再形成に痛みは感じなかったが、今度は痛みを感じていた。
未だ悶え苦しむ少年を見ながら、男は言う。
「うーん。痛みを感じるということは、やはり神経組織も正常に創造されているようですね。これまで体の崩壊や再形成に痛みを感じていなかったのは、神経回路を遮断しているからだと思われます。」
「やはりそうか。と、なるとやはりこいつは――」
「――何を、するんだ!」
老人の言葉が言い終わらぬうちに、少年は怒りと恐怖が入り混じった目を老人に向けた。
「なんだ?その目は?」
老人は、眉間の皺をさらに増やす。
「お前のような『モノ』が、儂にそのような目を向けるとは何事か!」
「ガッ!」
少年は蹴り飛ばされ、後方の壁にたたきつけられた。全身が鞭で打たれたようにひりひりとする。少年は腹を抑え、自分を蹴った老人を睨み付ける。
老人はその目を見てさらに怒りをあらわにした。
「まったく、『化け物』の分際で、人間にたてつくきか?」
少年の脳裏に、あの言葉がよぎる。
――お前みたいな化け物、友達なんかじゃない!
「ち、違う!」
少年は叫んだ。
自分は『友達ではない化け物』なんかじゃないと。
「ぼ、ぼくは智也の――友達だ。華子の――友達だ。ぼくは、人間なんだ!化け物なんかじゃない!」
その言葉を聞いて、大島は腹を抱えて笑った。その巨体をよじらせ、図太く低い声で笑った。
それを見て、少年は全身に悪寒が走った。今ここで叫ばなければ、決定的な何かを失う。自分が智也の言う通り、『吉岡勝輝ではない』ということを認めてしまうことになる気がした。
少年は震える声で、しかし強く言った。
「な、なにがおかしいんだよ!」
「なに?ああ?おかしいとも!友達?人間?笑わせるな。お前のような自分の体がぼろぼろと崩れる奴、誰が人間だなんて思うのかね?」
「ち、ちがう。こ、これは――病気だ。病気だって、あの斗真さんて人が言っていた!」
「病気?本当にそうかね?お前が友人と言っている、ええと、智也くんだったかね?彼も言っていたではないか。『お前のような化け物は、友達ではない』と。彼がそう思うのは、やはり『お前が人間ではないから』じゃないのかね?」
「それは――ち、ちがう。」
青ざめる少年の顔をみて、大島は『うまくいった』とニヤリと笑う。
「彼の言う通り、お前は『化け物』なのだ。体がぼろぼろと崩れる、な。人間であった『吉岡勝輝』などではない。だから、お前は彼の友達などではない。」
「人間であった――?ち、ちがう。ぼくは今も人間だ。彼の、智也の、友達なんだ!ぼくは、吉岡勝輝だ!」
「ほう?それでは、何故その友達との思い出を、忘れてしまっていたのかね?」
少年の顔が引きつる。
「お前は友達との出会いを忘れていた。友達の能力を間違えていた。友達ならそんな記憶違いなど起きるわけがないだろう?それは、お前が『人間でない』という証ではないかね?」
「――ち、ちがう。」
少年は小さく顔を横に振る。足は震え、もう立つことすらままならない。
大島はそれを見て髭を撫でる。
(もっとスムーズにいくかと思ったが、なかなか思い通りにはならないものだ。
やはりもうひと押し、いるか――)
そして、彼は壁に依りかかる男に命じた。
「上杉、連れてこい。」
「な、なにするんだ!」
少年は自分に近寄る上杉から逃れようと、恐怖で歩けない足をばたつかせて抵抗する。が、
「『黒武者』、捕まえろ。」
上杉のその言葉とともに、少年の背後に何かが現れた。
少年はその気配に気づいて振り返ったが、時すでに遅し。
少年は鎧をまとった何者かに鷲掴みにされてしまった。
「が――っ」
少年の体を片手で持ち上げることが出来るほどの力と、その掌の大きさからして、少年は巨人が現れたと思った。そして、まるで荷物のように自分を持つその巨人を見て、言葉を失った。
顔は何かのお面でできているようで、中身がない。人の姿形をしているが、明らかに生物ではなかった。鎧そのものが一つの塊として動いている、そういう存在だった。
その『鎧』は少年の体を片手でつかんだまま歩き出す。
少年は鬼に連れ去られるような恐怖を感じた。
どこに連れていかれるかは分からないが、今よりもっと『ひどいところ』だということは分かった。少年は『鎧』から逃げようと手足をばたつかせたが、その『鎧』は一切その力を緩めることはなかった。
『鎧』は部屋の隅にあった扉を明け、その先にある階段を下りていく。まるで工場や工事現場にあるような鉄製の錆びた階段。その表面は天井から滴り落ちる水滴で濡れている。
その空間は完全な洞窟だった。いたるところに鍾乳石が氷柱のように垂れ下がり、巨大なオブジェを構築している。だが地面は全てコンクリートで固められ、なんの用途に使うのか分からない機械がいくつも置かれていた。そして、ひときわ異彩を放っていたのが、巨大な扉であった。まるでロケットでも格納しているのではないかと思うほどの、巨大なコンクリート製の扉。
その扉の前に、少年は放り出された。
「お前は、自分が人間だと言ったな。」
「――と、当然だ!ぼくは人間だ!」
少年は自分に言い聞かせるように叫んだ。
大島は少年から視線を外さずに静かに言う。
「そうか、ではお前の体の真実を教えてやる。」
「――真実?」
「これを見るがいい。」
大島は数枚の紙を少年の前にばらまいた。散らばったそれを見ると、どうやらいくつもの写真が載っているようだった。その写真とは、黒い背景に白い骨のようなものが映ったもの、人体図の模式図、脳の写真、そして、少年の写真だった。それを見て、少年の体は震えた。
(とてつもなく、嫌な予感がする――)
大島はおびえる少年を見下げながら言う。
「お前は不思議に思わなかったのか?」
「――な、なにを?」
「自分が生きているということ自体に、だ。」
「――は?」
少年は息を吐くようなか細い声を出した。何を言っているのか分からない。自分は、今、ここに生きているではないか。しかしその言葉は、少年の心臓を強く蝕んだ。
大島は少年の周りを歩き始める。
「儂は疑問に思った。爆心地にいた、吉岡勝輝がなぜ病院に運び込まれているのかと。あの爆発で、生きていることが可能なのかと。だから儂は、お前を軍の地下設備にいれて様子を見ることにした。するとどうだ?自らの体を創造体として再生させるという、前代未聞の現状を引き起こしたではないか。『自分の体を構築する能力』そんな力を持ったダイバーズ、聞いたことがない。
故に、儂は思った。
『こいつは、事件前後に関わらず、そもそもダイバーズではないのではないか』とな。」
少年は目の前に散らばった紙を、震える手でひろう。
「そこで、儂はお前の体がどこまで創造体でできているのか、調べることにした。腕も眼球も、顎も創造体でできている貴様が、いったい何者なのか知るために。そして、我々はたどり着いた。
お前の体がどこまで創造体になっているのかを。それは――」
大島が、一段と低い声で言った。
「すべてだ。」
「――は?」
少年の腕が震える。紙を破きそうなほど、彼はガクガクと震えだした。
その様子をみると大島は口元を歪ませ、そしてなおも続けた。
「正確には、そこにある通り、『記憶に関わる “海馬”という脳組織以外の全て』だ。よくよく考えてみろ。眼球が吹き飛ぶほどの爆発に巻き込まれたのだぞ。
脳が吹き飛んでいないわけがないだろう!!」
大島は少年の前に立って叫ぶ。
「どういうことか?簡単だ!
あの爆発で、『吉岡勝輝』という人間は、とっくに死んでいる!!」
少年の顔が、絶望に染まる。
「そして儂は見た!爆発の映像を!
そこにはあった!あの爆発で、四肢も脳もすべてがばらばらに吹き飛ばされる、少年の最期の姿が!
『吉岡勝輝』という存在は、あの瞬間にこの世から消え去っていたのだ!
ダイバーズでない『吉岡勝輝』が、突如ダイバーズになった?
笑止!
脳がなければ、イメージなど作れぬ!能力など行使できない!
脳の無くなった『吉岡勝輝』は、ダイバーズになどなりはしない!!」
大島はしゃがみこみ、震える少年の顔を覗き込む。
「では、『吉岡勝輝』ではないお前は一体なんだ?お前には、その“脳”がない。いま思考している脳ですら、創造体だったのだ。当然、そんな存在、人間でもダイバーズでもない。」
少年は口を開く。しかし、言葉が出てこない。
「脳ですらエーテルで組み上げられた存在。
それは、この世に1つしかない――」
少年が震える。
聞きたくない、その先は聞きたくない。
「そうだ、それは――『召喚体』だ。」




