第21話 魔王マルファ
やっと、魔王マルファが出てきました(笑)。
タイトル詐欺にならずにすみます。
魔族の本拠に向かうには、まず北方の永久凍土の地域にある大きな洞窟を目指さないといけない。
昔から、ドルディアナ王国の人間が「地底への入口」と呼んで、恐れているところだ。今はとても人間は近づけないが、かつてはここまで探検でやってきた王国民がいたのかもしれない。
その呼び名はあながち間違いでもなかった。なにせ、モンスターの住まう場所はその洞窟を入った中にある巨大な穴から下ったところにあるのだから。
もちろん、たんなる深淵というわけではない。大きな階段が穴には築かれており、それを下っていけば、地下にあるモンスター――魔族の世界に至る。
面積で言うと、間族の世界は王国内の県を五つ合わせたほどの広さ、日本でたとえると、おおかた四国ほどの広さである。
とはいえ、地上と結んでいる穴は魔王の住まう城のすぐそばにあるので、地下世界がどれだけ広かろうと将軍ナリアルには関係のないことだった。
ここに城があるのは偶然ではない。地上への進出が最も容易な場所に城が築かれたのだ。
将軍ナリアルは魔王の城に着くと、すぐに謁見を求めた。
普通はそんな急なことは許されないが、そこは将軍、無理も通る。
魔王マルファは謁見の間ではなく、自室へとナリアルを通した。これも信頼があるからこそである。
ナリアルが入ると、マルファは椅子に座って待っていた。
ただし、足は床に届いていない。椅子が高いのではなく、魔王マルファの背が低いのだ。
見た目は十歳かそこらの小娘だが、普通の人間ではないことを示す立派な角が左右から生えている。
「ナリアル、またずいぶんと突然の帰還であるな」
マルファが子供っぽい高い声で言った。
部屋の前でナリアルは跪いた。
「申し訳ありません……。どうしても私みずからが伝えねばならないことだったのです。使者を立てたのでは、真意を正しくはご理解してもらえないかと思いまして」
「そういうことじゃろうと思った。どうせ、謁見の間では都合が悪いようなことなのじゃろう。まずは椅子に座るがよい」
「はっ、わかりました!」
「ナリアルは真面目なのが美徳でもあり、欠点でもあるな。ほかに誰もおらんのだから、もっと楽にせい」
魔王マルファが苦笑する。
この魔王、本当に歳相応しか生きてないわけではない。少なくとも、その数倍は生きている。
だが、幼い頃に王位継承戦争が一族間で起こり、そこで大幅に力を使ってしまい、成長が止まってしまったのだ。
それ以来幼女魔王として生きている。といっても、幼女魔王なんて言ったのがばれたら殺されるが。
ナリアルは自分の身に起こったことを逐一話した。
「ほほう。そんな連中がオルドアの森に」
「魔王様、辺境の地上の地名までご存じですか」
王国の人間だって場所がぱっとわからないような地名だったので、ナリアルは素でびっくりした。
「わらわはお忍びで人間の土地に遊びに行ったことも何度もある。配下の者にもな、付け角をさせて練り歩けば、みんなそういう祭りか何かだと思いこむ。祭りの途中と思うと、人間たちも寛容になるからの」
魔王マルファは魔族だけに人間を客観的に見るのが得意だった。
「私は連中のうち、ゴーウェンという若い男と戦いました。どうも、連中の中では一番実力で劣るようですが、それでも私が太刀打ちできませんでした……」
興味深そうにマルファも話を聞いていた。
「シュリという少女は平然と強化された鎖を手だけで引きちぎり、ヴィナーヤカという女に至っては一人でヘランダ要塞を崩壊させる始末……。はっきり申し上げまして、あの三人だけで我が軍が壊滅する危険すらないとは言えません……」
謁見の間でなくてよかった。こんなことをほかの者に聞かれたら世迷言を言うなという反応を受けるだろう。困ったことに正真正銘の事実だし、だから大変なのである。
「なるほどな。まあ、お前が詰問使に処刑されなかっただけよかったとしよう。わらわの手違いでお前を殺しかけた。悪かったのう」
「いえ、私の言葉を詰問使が信じられなかったのは当然のことです。やむをえません。まして、魔王様の判断もごく自然なものですので……」
「それにしても、なんとも大変な連中が出てきたのう。要塞をあっさりと陥落させるとはな」
マルファも聞いていて楽しいことではないので、叱られた子供みたいな顔になった。
しかし、またマルファの顔はナリアルを試すいたずらっぽいものになる。
まさに子供のように、ころころと表情が変わる。
「それでじゃ、ナリアルよ、お前はどうしたい?」
「そ、それは……」
ずばり聞かれると返答に窮する。
実のところ、よい案などないのだ。
侵略自体を中断すれば相手は無害だろうが、それを提案するのはあまりにも魔王を辱めることになる。
しかもドルディアナ王国に攻められているといった規模の話ではなく、数人のパーティーに勝てないからなのだ。
これでは面子も立たない。
確実に魔王の名を貶めてしまう。
「無礼になるなどということは考えなくてよいぞ。そのためにわらわの部屋にしたのじゃからな」
「そ、その……ええと……計画の抜本的な変更、ゼロベースでの変更が必要であるかと思われます……」
ぶっちゃけづらいと人は政治家みたいなしゃべり方になる。
「つまり、わらわでもそいつらには勝てぬと思っておるのじゃな」
「いえ、そういうわけでは! 決して可能性がゼロというわけでは……」
焦るナリアルだが、とくに魔王は怒ったりはしていない。
「ありえぬことではない。わらわはたいていのモンスターにも人間にも負ける気はない。とはいえじゃ――それがそういう次元を超えた存在であれば話は別じゃ」
「と言いますと?」
まだナリアルは話が飲みこめない。あまりにもパワーインフレした話だからだ。
「なんらかの神聖な存在、たとえばドルディアナ王国で信仰されている神の召喚」
「か、神……ですか……」
魔王マルファは頭の回転も早い。その仮定は限りなく答えに近かった。
「かつて魔王軍はその神の召喚によって敗れたことがある、そう古い書物には出てくる。負けた側が書き残したのだから信憑性もあろう? だが、その神に勝つ方法を我が一族も考えてこなかったわけではない」
にやりとマルファは笑う。
「わらわならば、王国の神を殺すこともできる」
それは確信を持った声だった。
「言葉を変えれば、わらわぐらいしか神を殺すことはできぬ。となると、方法は一つしかないのう」
マルファは自分の胸に小さな手を置いて、こう宣言した。
「このわらわが直々に行って、神とやらを打ち殺してやろう!」




