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9

 木漏れ日差し込む山の中。私は化物と対峙していた。

 化物の筋ばった掌が私の首を締め上げる。私は一歩踏み込み、右手を相手の目に突っ込んで脳を握りつぶした。

 手を引き抜くと、魂が抜けた肉塊はべしゃりと地面に崩れ落ちた。


 ユニコーンが死体のそばに行き、間違いなく死んでいることを確認する。

 そのまま私の隣に来て、顔を覗き込んできた。瞳にどこか不安げな表情を浮かべている。

 心配させてしまったか。ユニコーンを撫でようとして右手を伸ばし、それが血と脳漿にまみれていることに気付いた。

 あわてて服で拭い取る。ユニコーンの視線はすでによそを向いていた。


 何度か遭遇している白い怪物。

 足は短く走ることは適わない。全身を覆う皮膚はまるでちり紙のように裂け、首や腕は小枝のように容易く折れる。巨大な目玉を貫かれれば、そのまま脳まで砕かれる。

 どこを見ても致命的。死ぬために存在する者達。

 私は彼らにフラジャイル(こわれもの)という名を付けた。


 ユニコーンの目的の一つは彼らを皆殺しにすることだ。

 樹海から出て遭遇したのはこれで十を数える。おそらくユニコーンは私と出会う前にも何人か葬っていると思われる。

 今はフラジャイルを殺す役目を私が担っている。ユニコーンにやらせるわけにはいかない。

 ユニコーンは自分でフラジャイルを殺すのにこだわっていたが、私はこれに真っ向から異を唱えた。

 結果は火を見るより明らかだ。しかし、血で血を洗う話し合いの末に、私はなんとかユニコーンを説得することに成功した。

 こいつに対して私の意見が通ったのはこれがはじめてだ。生涯のうち最大の頑張りと言っても過言ではないだろう。

 体に数十個穴が開きはしたが、安い代償である。私にも譲れないものはあるのだ。


 ここは山の中腹辺りだろうか。ちょうど片側の麓が見渡せる。

 自然の緑が目に優しい。何十メートルという大樹も、ここからならまるでマッチ棒のように小さく見える。いや絶景かな絶景かな。

 ちょうど近くに小川もある。少し早いが目的は達成したわけだし、今日はもう休んでもいいだろう。


 ふと見たユニコーンの様子がおかしい。

 視線が宙に浮いている。心ここにあらずといったところか。

 いつもボーッとしているのは私のほうなのだが、珍しいこともあるものだ。

 不思議がって見つめていると、それに気付いたユニコーンがこちらを向いた。

 私がニヤニヤしているのに腹を立てたのか体当たりをしてきた。照れるな照れるなアバラが折れる。一番から十二番まで持っていくか、なんという威力だ。


 私とて、こいつが理由もなく呆けることなどない、という事はわかっている。

 まだ何か起きるのだろう。

 果たしてそれは予想通りだった。


 真夜中ごろ、狸寝入りをしていると何やら横で動く気配がした。

 むくりと体を起こすと、ユニコーンがびくりと体を震わせた。

 一人でどこに行くつもりだ。

 なぜ分かったと言いたげな視線をこちらへ向けてくる。

 あまり見くびるなよ。何十年お前と一緒にいたと思っている。

 にらみ返すとユニコーンは諦めたように前を見た。

 私も同じ方を向いた。


 遠くで赤い点が光った。点はじきに円になり、やがて面へと変わった。

 山火事だ。

 炎の舌が山の麓を舐めつくし、こちらへにじりよって来る。

 煌々とした明かりが私たちの顔を照らす。熱気を帯びた風が吹き付ける。もうもうとした煙が辺りを包む。

 全身こんがりウェルダンで焼かれてもおそらく死ぬことはないだろうが、できることならそんな目には会いたくない。

 煙を吸いすぎると私たちでも倒れてしまう可能性がある。ここはすでに危険地帯だ。

 一刻も早く逃げることをユニコーンに提案する。しかし、一点を見つめたまま微動だにしない。

 あまりにも予想通りな反応だ。


 自然界で起こる山火事の主な原因は落雷だ。

 もちろん雨など降っていない。見上げると満点の星空だ。雲すら無いのに雷が落ちるはずがない。

 これは意図的に起こされた火災だ。麓にいる何者かが火を着けたのだろう。

 そしてユニコーンはまっすぐ火元の方を見ている。こいつはこの火事を起こした犯人にどうしても会いたいらしい。もっとも、人かどうかは定かではないが。


 そういえば、こいつは火事が起こる前から向こうの存在を知っていた。それは向こうも同様のようだ。


 以心伝心というやつか。少し妬けてしまう。

 向こうも随分なアプローチを仕掛けてきたものだ。身を焦がすような情熱とはまさしくこの事。

 朝になれば下りて行くというのに、そんなすぐにユニコーンと会いたいか。

 そんなやつの元へ行こうとするこいつを黙って見過ごすわけにはいかない。

 しかし、私にこいつは止められない。力ずくで阻止しようものなら、レンコンのように穴ぼこにされ、地面に転がされるのは目に見えている。

 私に出来ることは、意地でもこいつについて行くことのみ。


 突如として弾かれたようにユニコーンが走り出す。

 私は水筒をつかんで、必死に後を追った。

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