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 ユニコーンが私の呼び掛けに応じる気配は全く無い。

 私とユニコーンとの間隔は10メートルと言ったところか。これ以上引き離されるのはいささかまずい。

 草木が好き放題に生い茂る獣道をひたすら走る。トゲの付いた草葉が服の上から肌を裂くが、そんなことに構っている暇は無い。

 皮で作った粗末な履き物が唐突に破れた。おのれ、よりにもよってこんな時に。

 すでに役目を果たさないそれを脱ぎ捨てる。地面を蹴った足の裏を尖った石や枝が容赦なく切りつけた。額に脂汗がにじむ。

 火事のおかげで真夜中にしては明るいが、まだこの辺りまでは火は広がっていない。辺りはまだ暗く、煙も巻いている。視界は最悪だ。

 なにかが見えたと思った次の瞬間、突き出した木の枝が私の目に突き刺さっていた。思わず叫びそうになり、歯を食い縛る。

 枝を引き抜くと、目玉も一緒に取れた。走りながら脇に放り投げると、熟れすぎた果実のように、地面に落ちて潰れた。

 全身から血のしぶきを上げながら、私は無心で走り続けた。

 

 突然、前を走っていたユニコーンが立ち止まった。何やら迷っているように見える。

 なんだか知らんがとにかくよし。これであの馬鹿に追い付くことができる。

 手を伸ばせば、尻尾を掴める距離にまで近付いた。しかし追い付いたと思ったのも束の間、一瞬のうちにユニコーンが視界から消えて失せた。

 あわてて駆け寄ったところ、前に道が無い。

 断崖絶壁。高さは50メートルといったところか。下では紅蓮の炎が逆巻いている。さながら地獄の様相だ。

 ユニコーンはというと、ほぼ垂直な崖を、わずかな起伏を足場にして軽やかに下っている。源義経でもあるまいし、無茶をするやつだ。

 私に同じ芸当ができるとは思えない。とはいえ悠長に回り道など探していては間違いなく置いていかれる。

 あいつが火事の中に突っ込もうとしている以上、一刻も早く追い付かなくてはならない。

 ユニコーンはすでに崖の半分程度を下り終えている。追い付くにはあれ以上の無茶苦茶をやらねばならない。

 私は覚悟を決めると空中に飛び出した。


 頭に血が上り、一瞬ふらつく。私はそれに抗うかのように目を限界まで見開いた。

 空中で足が下に来るように姿勢を調整するとともに、ユニコーンが下っているルートを横目で大まかに把握する。途中で崖を蹴って軌道を少し修正した。

 重力に引かれて急加速した私の体は、あっという間にユニコーンの目の前を通過し、地面へと叩き付けられる。

 なんとか足を真下にして着地することに成功した。

 膝から下が跡形もなく砕けちり、地面に赤い水たまりを作る。着地の衝撃で残った足の部分が胴体に押し込まれ、ありとあらゆる内蔵を押し潰した。

 体の中身がミンチよりひどい有り様になっていたが、私は意識を保っていた。

 日頃の行いの賜物だ。痛みに対する耐性で私に並ぶ者はおるまい。

 念のため、私が決して被虐主義の持ち主でないことをここに明言しておく。紐なしバンジーは二度とやろうと思わない。

 ひとまず、喉に詰まった血と肉片を吐き出し、肺と心臓を優先的に治癒して呼吸を確保する。


 その時ユニコーンが崖を下り終えた。到着地点はちょうど私の目の前である。

 ユニコーンはなんとか勢いを殺そうと踏ん張ったが間に合わず、横たわっている私を前足で蹴り飛ばした。

 計画通り。

 瀕死の状態でさらに追撃を食らい、いよいよ意識が吹き飛びそうになる。しかしここが正念場、気合いと根性で魂を繋ぎ止めることに成功した。

 吹き飛ばされた勢いを利用しユニコーンの頭上へ、そのまま振り落とされないよう右手で首筋にしがみつく。

 図らずもユニコーンの上に跨がるという目標を達成してしまった。

 今の私には足がないので、跨がっているというより、乗っかっていると言ったほうが適切か。

 ユニコーンはというと私を無視するように走り続けている。

 私のほうを見向きもしないが、ひたすら呆れ返っていることは、はっきりと分かった。


 まったく、呆れたいのはこっちのほうだ。

 左手に持っていた水筒の水を、輝きを失いつつある角にかける。

 ユニコーンがはっとしたような顔をして、立ち止まった。

 乾燥に弱いくせに、燃え盛る炎の中に突っ込んでいくなど自殺行為だ。

 こいつがそんな単純なことにも気が付かないとは、よほど気が急いていると見える。

 先程までの邪険な態度が一変、申し訳なさそうに目を伏せるユニコーン。

 なんだ、可愛いところもあるじゃあないか。調子に乗って頭を撫でようとしたところ、危うく手を食いちぎられそうになった。

 幸い指四本だけですんだが、照れ隠しにも程がある。

 ユニコーンに思い切り蹴られているせいか、下半身の再生が思うようにはかどらない。

 ただ上に乗っているだけでは、足手まといになるだけだ。急いで治さなければ。


 その時、揺らめく炎の中に一つの影が見えた。


 脳内に電流が走り、全身が硬直する。

 周りで炎が燃え盛っているにも関わらず、私は骨の髄まで凍りついたような錯覚を覚えた。

 対してユニコーンの体温は急激に上昇したようだ。触れるだけで全身の血が煮えたぎり、暴れ狂っているのが分かる。


 影がその全貌を現したとき、ようやく私は何が起きるのかを悟った。

 ユニコーンが必死にしがみつく私を乱暴に振り落とす。抵抗むなしく私は地面に叩きつけられた。

 ユニコーンは前へと進む。

 私の足はまだ動かない。


 私はどうしようもなく甘く考えていたのだ。

 あいつなら何が起きても大丈夫だろう、どんな相手にだって負けはしないだろうと。

 

 ああ、駄目だ駄目だ。行くんじゃない。

 今すぐ振り返って逃げろ全力で走れまだ間に合う急げ早く逃げろ撤退しろどこか遠くへ行けどこでもいいさっさと逃げろさもなくばーーーー


 死んでしまう。

 


 

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