第13話 月明りが照らす髪
風呂は温泉で済ませたので、僕の家で起こるお決まりの、きゃふふ、わーい、きゃわ!? な展開はなかった。少し残念。
みんなでテレビを見て、トランプをして時間をつぶし、寝る時間になった今、午後10時
「さぁ寝ますか!」
「ところで先輩。なんで、きゃふふ、わーい。の後にきゃわわ!? が起こる事が確定してるんですか?」
「何を言ってるのかな奏音ちゃん? そんなことより寝よう寝よう!」
「明らか無理やり話題をそらされた気がしますけど、まぁいいです」
僕が自室のドアノブに手を掛けたところで後ろを向く。
「それで、なんで君たちは僕の後ろにいるのかな?」
僕の後ろには悠とルーナが「入らないの?」といった表情を浮かべて立っている。
「だってほら、空君『今日は一緒に寝ようね!』って言ったじゃない? ボクすっごい嬉しくて、えへへ」
言いながら腕に抱きついてくる悠。そんなことを言ったかも……、しれない。
「ま、まぁ言いましたねそんなことも……、んで、ルーナはなんで?」
「だってお兄ちゃん『ふふふルーナ、妹は兄と一緒に寝るのが普通だよ? だから一緒に寝よう』って言いました」
「言ってないからね!? そんなこといつ言った!?」
「そんなことってどんなことですか?」
「いや、だから『ふふふルーナ、妹は兄と一緒に寝るのが普通だよ? だから一緒に寝よう』って」
「今言いました」
「――っ!?」
嵌められた、なんて罠だ! こんなのに嵌ってしまう僕も僕だが……。
「ワタシは美佳ちゃんと寝るのでー」と美佳の部屋の前から僕に言う奏音ちゃん。
「おやすみー」
「はい、おやすみです先輩。健闘を祈る!」
「健闘より安眠を祈ってほしいかな!」
「じゃあ2人でベッド使っていいから、僕は床で寝るよ、ほらよく言うじゃん、男は床で寝ろって」
部屋に入り、2人に言うと
「何度目だかわからないけど、何度でも言うよ? それじゃあ意味無いじゃん!」
「同じ意見です悠ちゃん、お兄ちゃんと寝るから意味があるんだよ!」
「だって、ほら。僕もさ、寝れないじゃん? 2人ともすっごい魅力的だし、パジャマだし。ドキドキが止まらなくて眠れないよ!? 徹夜しろと!?」
「み、魅力的だってルーナちゃん!」
「ですね悠ちゃん! お兄ちゃんに褒められました!」
『魅力的』以外の言葉を無視して手を取り喜ぶ2人、悪い気はしないけども悪い予感はする……。
「「どーん!」」
昼間とはうって変わって、かなり仲の良い2人、見事に息を合わせ、僕はベッドに倒される。普通逆じゃないか!?
「今朝ぶりだね空君」
左を見ると目の前に悠の顔、そういえば悠は今朝僕のベットに潜り込んでいたなぁ……
「私は初めてだねお兄ちゃん!」
右を見るとルーナの顔。近い! 近すぎる! 2人からはシャンプーのいい香りがし、女の子特有の柔らかい感触が僕を両側から攻め立てる。これはもう徹夜決定、理性との戦いが幕を開けた。
「明日の授業なんだっけ?」
「英語と数学と現代文と……」
そこで気付く。すっかり忘れていた、何をかって? あれだよあれ、昼間頑張ってすすめたあれ。そう、宿題である!
「忘れてた! 宿題終わってないよ、ちょっと起きないと!」
と、体を起こそうとすると両脇から腕を掴まれ、阻止される
「ちょっと、悠、ルーナ!?」
「大丈夫だよ、空君明日早く起きてやれば間に合うって」
「そうですお兄ちゃん、私が起こしてあげるから、今日はもう寝ましょう!」
「わかり、ました……」
ふふ、口では分かったと言ったが、2人が寝てから起きてやれば、大丈夫!
「ボク達が寝てから起きてやろうと思ってない?」
「そ、ソンナワケナイジャナイカ」
「お兄ちゃん、なんだかとっても棒読みですよ? 起きる気なの?」
「はい」
もう、だめだ。僕は嘘がつけない、嘘をつくと顔に出てしまうから最初から嘘はつかない主義だ。正直に告げると
「起きた時にね、空君がいないと、すごい寂しいんだ、寂しくて不安で……」
「ちょ、ちょっと悠、なんでそんな、泣かないで! 起きない! 僕は起きないから! 何があっても起きない!」
そこまで言われちゃもう僕は起きられない。
「いや、うん、朝には起きてくれないとボクも困っちゃうんだけど……」
そりゃそうだ、今の言い方だとまるで死ぬみたいだった……。僕は言い直す。
「悠が起きた時は必ず前にいるから、安心して寝てよ。ね?」
「うん、ありがと!」
ルーナはそこで何も言わなかった、起きた時に僕がいれば理由は問わないのか、あるいは……。
それから数十分後、安心したのか両側からすぅすぅと規則正しい静かな寝息が聞こえてくるようになった。僕も目を閉じる。美少女2人にはさまれて寝るのはかなり緊張するが、今日は色々あったので身体は疲れているようだ。すぐに眠気がやってくる。
目を閉じてどのくらい時間が経ったかは分からない、おそらく寝ていたので、僕としては一瞬だったが、物音に目が覚めた。悠は静かに寝ていたが、右側で寝ていたはずのルーナがいない。身体を起こし、部屋を確認すると、窓際にルーナが立っていた。窓を開け空を見上げている。月の光に照らされた銀色の髪はとても神秘的に輝いていて、風でさらさらとなびいている。その横顔は美しく、けれど、どこか陰りがあるようにも見受けられる、僕の見間違いというのも否めない。声をかけるのも躊躇われる雰囲気だが、僕がそれをするまでもなく、ルーナが僕に気がついた。
「あら、起きたんですか空輝さん。いえ、起こしてしまいましたか、ごめんなさい」
口調がいつも通りに戻っている気がするが、ここは夢の中だろうか。
「いや、大丈夫、それよりどうしたのルーナ?」
「……いえ、今日は色々ごめんなさい。私がご迷惑をかけました」
「いや、迷惑ってわけじゃないけど、大丈夫だよ?」
「貴方は本当に優しいですね、そんなんだから……」
「そんなんだから?」
「いえ、迷惑ならはっきり迷惑と言ってくれた方がいいんですよ……」
「うーん、本当に迷惑とは思わないかな。でも悠には謝った方がいいかもしれない」
「そう、ですね。悠ちゃんには謝ります、でも起こすのも躊躇われるので……」
「明日でいいと思うけど?」
「明日……ですか。とりあえず今貴方に会えたので、良かったと思います。これでしばらくは」
「しばらくって、どこか行くの?」
少しの沈黙の後、ルーナが笑顔を浮かべ口を開く
「いえ、どこにも行きません、貴方のそばにいますよ」
デバイスのアラーム機能で僕は目を覚ました。なんだかリアルな夢を見た気がする。
両サイドにはしっかりと美少女が寝ている。夢の中のルーナはまるで、起きた時に自分がいないかのような口ぶりだったが、よかったよかった一安心。
ちなみにデバイスはティエラでは解約したケータイみたいな機能しか使えない、アラームと電卓と、エトセトラ……。詳しいことは分からないけど、エルデ専用らしい。
顔を洗いに行こうと思ったが、悠が心配してしまうので、先に悠を起こすことにする。
「朝ですよー、起きて下さーい」
「ふみゅみゅ、あと7時間53分……」
「なんだそのあと7分で8時間になる時間! て言うか今から8時間寝たら午後2時だよ!?」
「あ、空君! おはひょう!」
目を覚ました悠が変な挨拶をしてきたので、それをそのまま返すと笑われた。
「ルーナも、おはようございますですよー」
「あと5ミクロン……」
「何が!? 何があと5ミクロンなの!?」
「む、おはようお兄ちゃん!」
夢の中でのルーナはいつも通りだったが、現実のルーナはやっぱり妹キャラのままだった。