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嵐の中の殺人



 ガンガンと鳴り響く音楽が金属を弾いて木霊していく。悪魔の騒ぎ声に似たエレキギターの演奏に顔をひきつらせつつも、看板を確認した。

 車の修理工場『松平』。

ここで間違いないはずだ。


「あの、すみません」


とりあえず訊ねてみよう、とあたしは作業員に話し掛けた。


「あん?なに?」


車の下から這い出たのは、作業服のおねえさん。あ、この人だ。


松平兎無(まつだいらうな)さん、ですか?」

「あたしだけど………なんで名前を?」


立ち上がったおねえさんはあたしよりも背が高い。名前を呼ばれて警戒した表情に変わった。


「あの、あたし」


ガツン!

いきなりで全く反応が出来なかった。ベンチが飛んできてあたしの耳元を擦り壁に食い込んだ。


「借金とりか!?金はないって言っただろう!!」

「しゃ、借金とりじゃないです!!」

「どっかの刺客だな!?」

「弥太部火都の紹介できました!」


松平兎無さんが道具箱を投げ付けようとしたからあたしは必死に止めた。


「む…?火都だって?」

「はい……その、武器を作っていただきたくって……」


ギリギリ止まった。片手で鉄の道具箱を持ったまま停止する松平兎無さんは、武器職人。

表は修理工、裏は武器職人。

弥太部火都の紹介だ。

ショッピングで武器の話をしたら紹介してくれた。



 三時間前のこと。

海外旅行の準備で白瑠さんが留守だから、代わりにラトアさんがあたしの子守。

朝から起こされて不機嫌なラトアさんに日常英語を習うはずなのだがずっと黙っている。


「すまなかった」


第一声はそれだった。

あたしに向けての謝罪。


「悪魔について話すべきだった。メモリーに封じていると教えていればああならなかった、すまない。オレの責任だ。そもそも鼠狩りの件を秘密にするべきではなかった」

「よしてよ、ラトアさん。めそめそしてるとぶっ殺しますよ」

「…………」

「……」


一人用ソファに座って向き合う。沈黙してあたしを見るラトアさん。


「外出してくるわ、貴方も寝た方がいい。帰ったら勉強教えて」

「何処に行くんだ?」

「やめてよ、ラトアさん。貴方まで過保護になるつもりなら三回殺しますよ」


目を回して肩を竦めればラトアさんは苦い顔をした。過保護なお兄ちゃんの仲間入りになりそうな自分に苦い味を感じている。


「藍が」


そう口を開く。


「藍乃介が知っていた。昨日多無橋の元に行ったそうだな」


ラトアさんは今、藍乃介さんの家に泊まっていたのか。あたしは上げた腰を降ろした。


「故意ではなかったそうですよ。あの悪魔、長年沈黙を守っていたそうです」

「信じられるのか?」

「さぁ。一応気を晴らす為にバタフライナイフを腹に刺しておきました。仕返ししてきたなら殺すまでです。その時は、白瑠さんも殺ってくれるだろうし…過保護だから」


爪を気にするフリをしながら言う。あっちも頭蓋破壊屋がついてることを視野にいれて何か仕掛けてくるだろうが可能性は低い。


「お前を怒らせたら怖いな」

「怖いのはあたしのアンラッキーです。殺しを初めてからのこれまでを知ってます?電車の中で五十六人を殺して頭蓋破壊屋に殺されかけた。この傷です」


ラトアさんの呆れた目を指差す首に向けさせる。白い傷痕。


「入院した病院で狩人の鬼と友達に。それから裏現実に。初仕事はヤクザの抗争相手の始末。初の大仕事では弥太部矢都に射抜かれ死にかけた。知らぬ間に付けられた紅色の黒猫の名は一人歩きして有名に。そのせいで気色悪いファンが真似た。気に入ってくれた多無橋さんは玩具扱い。頼まれた仕事では指鼠にボコボコにされて危うく指を取られてコレクションにされるとこだった。その直後に初めて存在を知ったばかりの悪魔と遭遇。悪魔の話を聞いたまさにその時、手の中には悪魔が封じられたメモリーの入った指輪があった。それをプレゼントされ見てみたら悪魔の悲鳴っていうタイトルの曲が大音量で頭の中で響いた。頭痛で自殺だってしようとしたわ、窒息死するかと。これ全部、九月から十一月だけで起きたのよ、信じられる?夢ならいいのにって思うわ」


一気に始まりからここまでの話をした。

まだ三ヶ月だ。たったそれしか経っていない。たった三ヶ月なのにだ。


「別に裏現実に入ったことを後悔してないですよ、誤解しないで。あたしが同族殺しになるのは遅かれ早かれ決まってたみたいですから。でも、こんなの、あり得ます?裏現実者はみーんな始めの三ヶ月は奇想天外なんですか?ラトアさん」

「……もっとある」

「もっとある?始めの三ヶ月は四回じゃなく、六回七回って死にかけるんですか?まぁ殺して殺される世界だから死にかけるなんてしょ」

「違う、お前のことだ。知らないところでお前は」

「そう、知らないところであたしの噂は広がってる。頭蓋破壊屋に並ぶ存在だって。本当はただの弟子で人形(おもちゃ)だっていうのに」


ラトアさんの言葉を遮って言いたいことを愚痴って溜め息を溢す。ラトアさんは何か言いたげだったが口を閉じて視線を落とした。


「だから、バタフライナイフを急所以外に刺しただけで済ませたことを褒めてくださいよ。これからも死にかける日々が来るなんて嫌ですね…あたし殺戮ができればいいんです。あーなんでこんな不運なんだろう…呪われたかな?ラトアさん、幽霊っていますか?」

「…………いないと思う」


それは助かった。

いるならばあたしはとっくに呪い殺されているか、はっは。

髪をくしゃくしゃと掻きながら息を吐くラトアさんは口を開いた。


「悪魔のことはジェスタから聞いたんだな?」

「ん、大方は聞いた」

「そうか…。……ジェスタは世界一の悪魔退治屋だ、アイツに殺せない悪魔はいない」

「悪魔って…誰にも殺せるわけじゃないの?」

「悪魔なら吸血鬼を殺せる。悪魔は吸血鬼を造った本人だから…一対一なら吸血鬼が敗けるだろう。悪魔は煙と同じ身体をしている。取引を持ち掛ける人間のイメージに合わせて姿を変えるんだ」


煙。あの似非神父の例えが漸く解った。掃除機で吸って閉じ込める。○ーストバスター。


「煙だからと言って触れられないわけではじゃない。しかし人間の中に入った奴を引きづり出すのは簡単には出来ない。簡単なのはその人間ごと殺す、しかないからな」


人間ごと、殺す。一つの手。


「悪魔退治屋はそれができる。引っ張り出せるんだ。引っ張り出したら一人でも殺せる、それがジェスタだ。アイツの天職とも言える。………だが、あの日は…やけに手間取っていたようだったが……何か聞いてないか?」


ラトアさんは、何にも聞いていないようだ。あたしの中に悪魔がいると知っているならきっと会いに来たりしないのだろう。


「特別な悪魔だとは言ってました。…まぁ、沈黙を続ける悪魔なんて珍しいんでしょうけど」

「そうだな……沈黙をして力を蓄えていたのかもしれん。他の悪魔も同じことをして逆転の時を待っている、かもしれないな……」


難しい顔をして考え込む姿は、英国の伯爵みたいで素敵だ。一昔、前の。


「何も聞いてないんですか?」

「何も言わない奴なんだ。必要なら嘘だってつく、本当に神父だったのかも疑わしい」


……嘘だと思う。


「奴なんだが。十年何処かで寝ていたくせに未だ起きてまたハウンといる理由が何かあると思ったんだ。…あのパーティーに出るつもりなのかな」


最後は小さく独り言のように呟いた。パーティー?なんだろう。


「ハウン君といるのに理由が必要なんですか?父親代わりなんでしょ」

「ハウンの子守は初めから乗り気じゃなかったんだ。元は…………まぁ、いい、この話は。十年前にハウンに悪魔退治を押し付けて土の中で眠った奴だ。間違っても気が向いたからっていう理由じゃない、と思うのが妥当だろ」


何かを言いかけて止めて肩を竦めて正論を言った。育児放棄だ。


「話は終わり?出掛けてもいいかな?」

「………。プリントを作って待っているから無傷で帰ってこいよ」

「指切りしましょう」

「いらん」


 そして現在、嘘をつかず無傷のまま目的地に着いたのだが危うくペンチが身体を貫通するとこだった。


「火都ね、火都。そういえば客が来るって言ってた気がする。それがアンタ?狩人?にしては若そうね、中学生?」

「いえ。……年齢的には高校生です。狩人じゃなくて殺し屋」

「へぇ、殺し屋。何て名前?」

「紅色の黒猫」

「じゃあキャット」


凄く略された。海外に行ったらブラットキャットとか呼ばれるんだろうな。

 兎無さんに奥の部屋に通された。道具が散乱した白いテーブルに棚しかないこの部屋で武器を作るのだろう。


「あたしの作品を使うんだからそれなりに名前を売らなきゃいけないよ」

「……はぁ。頑張ります」


この人もどうやらあたしを知らないようだ。世界は広い。うんうん、いいことだ。


「ところで、何の武器が欲しいんだい?火都からそれなりに聞いたからあたしんとこに来たんだろ」

「ええ、大方聞いてます。火都の百発百中の秘訣は貴女の作品のおかげだって」

「お世辞が上手いことで」


テーブルに両手をついて早速話題に入る兎無さん。冗談を交えてからあたしはパグ・ナウを白のテーブルに置いた。


「へぇ、パグ・ナウ。んん、悪くないじゃない」

「それを改良してほしいんです。コンパクトにより強度にしてほしいんです」

「注文承りました。百万だ」

「はい」


パグ・ナウの刃を出し入れしている兎無さんに素直に頷いたらギョッとされた。


「アンタ、金持ちのお嬢様なわけ?」

「……いえ、殺し屋です」

「売れない殺し屋が百万用意できんの?」

「売れない殺し屋かどうかはわからないですが……十分にお金はあります、けど」


疑いの目を向けられても事実だ。殺し屋としての名前が売れていないが仕事はしている。名指しの仕事は一つや二つだけ。

それでもベッド下には百万どころじゃない大金が埃を被っている。

百万くらい使ってもどうってことない。


「へー、いい金蔓ができた。火都に礼を云わないと」


はは、ぼったくりだけはやめてくれよ。


「二十五万でいい。完成品が気に入らなかったらキャンセルして」

「わかった。前払い?」

「後払いでいいさ。他には?キャット。武器になる爪でも造ってあげようか?」


にやっとからかうように腕を組む。熊の爪だから爪。

「あたしは火都と違って飛び道具はあまり……ナイフくらいですね」ととりあえず持っているナイフを掌から落としてテーブルに置く。


「はーん、じゃあナイフでも買っていく?いいもんあるよ」


そう言って兎無さんは右側の壁際に行き、壁を反転させた。現れたのはズラリと並んだナイフの数々。

ワオ。スパイみたい。


「これはなんかどう?投げやすいよ」


ケースの中から細長いナイフを取り出した。かと思えばあたしの後ろの壁に投げ付けて突き刺す。

軽く腕を振っただけにしてはよく飛んだ。

「買った」と壁から引き抜く。

「気前がいいねぇ、お客さん」とまた兎無さんはナイフを取り出した。


「逆手で持つのが癖かい?」

「はい、切りつける時には逆手がやりやすいので」

「いつもナイフで?」

「短剣に、カルド」

「カルド?そりゃまた珍しいものばっか使うね。大振りナイフはどうだい?」

「かっくい。買った」

「毎度あり!」


所持金を殆どを使い果たしてナイフを数本買って改良代も先払いして兎無さんと別れた。取りにくるのはきっと、数ヶ月後だから。

 家に帰ったらラトアさんは一眠りしていた。テーブルには手作りのプリント。さて、勉強タイムだ。


───ズキン、ズキン。

 頭痛がする。

 悲鳴が聴こえる。

 息が出来ない。

 頭が割れる。

───ズキン、ズキン。

 ベッドの上でのたうち回る。

 痛い。苦しい。痛い。

 耳を押さえても、聴こえる。煩い。頭が破裂しそうだ。

 痛い。痛い。痛い。痛い。


「つーちゃん」


名前を呼ばれて目を開く。


「魘されてたよ、大丈夫?」


白瑠さんが顔を覗く。

気分最悪、大丈夫じゃない。


「うー…頭痛が酷いです」

「すみませぇん、頭痛薬と水頂戴」


額を押さえればすぐに白瑠さんはCAを呼んで頼んだ。CAのおねえさんはすぐに頭痛薬と水を持ってきてくれた。

 上空を飛ぶ機内。

日本を発ってアメリカに行く途中だ。眠っている間に頭痛が発生してしまい参っている。


「ひゃひゃ、大丈夫?飛行機は初めてじゃないんでしょ」

「最後に乗ったのは十年前ですよ……。別に飛行機に酔ってるわけじゃないです」

「もうちょっとだから耐えてね」


隣の座席に座る白瑠さんはぷにぷにと頬をつついて髪の毛を指に絡ます。

んー、眠っていた方が楽かもしれない。

あたしは毛布を肩までかけて眠ろうとしたら、くいっと髪を引っ張られた。

白瑠さんの肩に頭を乗せる形になる。あーはいはい、こうすればいいんでしょ。

あたしは抵抗せずに白瑠さんの肩に凭れて目を閉じた。

 それから一時間で飛行機は着陸した。

アメリカの地に降り立つ。

観光目的ではないので嬉々とした興奮はない。寧ろ頭痛は治ったがへとへとだ。

はぐれないように白瑠さんに手を引かれながら嫌に人が多い空港から出れば、別ルートからアメリカに来たラトアさんが車の中で待っていた。

 そのまま、依頼人の元に行くと言う。一日休ませて、と訴えたが却下された。

目的地まで長いから車の中で休め、とのことだ。

旅行は苦手ですぐに体調崩すのにぃー、と愚痴ったあとに後部座席を占拠したあたしは眠った。

 雷の音に目を覚ます。朝になったはずなのに外は暗い大嵐。真っ黒な雷雨が土砂降りの雨を降らせ雷を唸らせる。


「一体どこにいくんです?田舎、みたいですが」


高層ビルなんて一つたりとも見当たらない。それどころか家一つも見当たらない草原に見えるのは嵐のせいか。


「あそこだ」


ラトアさんが答える。

フロント硝子の向こうを見てみれば、お城がそびえ立っていた。

否、多分屋敷だろう。お城みたいに大きく見えたのは単に丘の上にあったからだ。

それでも、十分大きな屋敷のよう。

伯爵が居そうだ。一昔前の。


「くれぐれも、無礼な真似は止せよ」

「ラトアさんのお得意様ですか?」

「お得意様というより……お嬢様に気に入られている」


お嬢様?お金持ちのお嬢様?

我儘なお嬢様を想像した。ピンクのドレスに扇子を扇ぎ、オーホホと笑うお嬢様。


「挨拶するべき?」

「オレが話をするから、クラッチャーと黙って立ってろ。先ずクラッチャーを起こせ」


助手席にぐーすか寝ている白瑠さんを起こしている間に車はお屋敷に着いた。

ちょっとラトアさんは不機嫌だ。

立派な門が開いて中に入り停める。雨の中駆け込んで開けられた扉の中に入れば使用人達からタオルを渡された。

それで身体を拭きつつ屋敷を見回す。これまた立派な階段の上にはシャンデリアがあった。

それに見とれていたが、階段の手摺の下にバリアフリーがあることに気付く。

老人でもいるのかと思った。そのバリアフリーで降りてきたのは、車椅子の少女だ。


「ラトアさん」


そう少女は嬉しそうに微笑んでラトアさんの名を呼ぶ。


「ミシリ。具合はどうだ?」


ラトアさんはそう優しげに問う。

嗚呼、彼女が礼のお嬢様か。


「よく来たね、嵐の中大変だったろう。おや?お嬢さんもいるのか、部屋に通して温かいものをお出しなさい」


少女の後から降りてきたスーツの男はおおらかに笑って使用人に指示をした。

屋敷のイメージで主は怖い人かと思ったがそれは嵐のせいだったみたいだ。


「俺、ココア」

「…同じく、お願いします」


白瑠さんは気軽に頼み、あたしは一応礼儀正しく頼んだ。ラトアさんが睨むんだもん。


「ラトアさん、お友達?」

「仕事仲間のクラッチャーとブラットキャットだ」


「ごきげんよう」


………お嬢様がいる!?

気品よく使える人間を初めてみた!

とりあえずあたしは同じく「ごきげんよう」と挨拶を返す。

 通された部屋は書斎だ。

注文通り温かいココアを貰い、頂く。ソファにラトアさん、白瑠さん、あたしで座る。書斎の頑丈そうな机に当主である男が座った。


「新顔さんの為に自己紹介をしよう。当主のタウト・シルベスターだ」

頭蓋破壊屋(スカルクラッチャー)でぇす」

「紅色の黒猫です」

「ベニ…?」

「ブッラディブラックキャット」


順番で白瑠さんに続いて、日本語で名乗ったら首を傾げられた。

そしたら白瑠さんが言い直した。

紅色の黒猫の紅色は、血のこと。だから名乗るときにはブラッディブラックキャットと名乗れと言われた。

血の黒猫です。……嫌だ。


「ああ、聞いたことがある。頭蓋破壊屋は特に、紅色の黒猫も噂は英国にも届いているよ」


届いていやがった。

火都や兎無さんが知らなかったのにこんな遠くの当主が知っている。海外なら知らない人が多いと思ったのに。


「期待の新人と偉大なクラッチャーがいるならば安心して任せられるね。勿論、ラトア、君もだ」

「失敗は妨害がなければ有り得ないだろう。挨拶を終えたのだから仕事の話をしようか」

「そうだね。簡潔に言おう」


殺しの仕事。標的は間接には仕事の敵。

詳細は、英語だった為あたしの英語力では解釈できない。あとで白瑠さんかラトアさんに訊いてみよう。

あ、ラトアさんはミシリア・シルベスターお嬢様に呼び出しを食らっているから、白瑠さんに訊かなくちゃ。

へらへらしてるけど白瑠さんはこれでも留学してたから英語はペラペラ。


「今日は休むといい」


最後にそれだけは聞き取れた。

ラトアさんと別れて、あたしと白瑠さんは執事の案内で部屋に案内された。

なんとも広い客室だ。

 クイーンサイズのベッド。衣装棚に高そうな置物がある。


「休める!ひゃっほーい」

「ひゃっほーい!」

「…………」


ベッドに飛び込もうとしたら先に白瑠さんが飛び込んだ。

アンタの部屋は隣だろうが。


「えー、つーちゃんと同じ部屋がいいぃ」

「休みたいんです、出てけ」


上目遣いされたが一蹴する。

白瑠さんがしぶしぶゾンビのように這い出るのを止めた。


「一緒に寝る!?」

「寝ない。ラトアさんとあのお嬢様の関係は知ってます?」

「ぶぅー。あのお嬢様を昔救ってから仲良しなんだってぇ。足が悪いってこともあって不死身のラトアにメロメロなんだ。よくあることさ」


ふうん。

命の恩人、吸血鬼か。

なるほど。と欠伸を洩らす。嗚呼疲れた、ベッドに倒れ込み白瑠さんに手を振った。


「つぅばきちゃん。依頼人の家だからって無防備に寝ちゃダメだよぉ?ちゃんと」

「わかってますよ……武器は肌身放さずでしょ」

「男が訪問しても部屋にいれちゃだめだよ!」

「おやすみです」


白瑠さんを追い出して再びベッドに戻る。しなやかで深く沈むのが気持ちいい。

ふぅ、と息を吐く。

雷で部屋がチカチカと光る。雨音に吹き荒れる風の音。嵐の音を聴きつつ眠りについた。

 ギィイイ。

微かに聴こえた錆び付いた音に浅い眠りから引き戻される。

ピシャアと鳴る雷。その光が部屋の壁に窓の人影が映し出す。


「誰だ!?」


起き上がりカルドの先端を向けた。


「あり?日本人仲間だ」


 日本語が返ってくる。

窓から、男が一人入ってきた。日本人の顔立ち。ネックウォーマーで髪の毛を上げ、耳には金のピアスを三連付けている。手袋を嵌めていて所持品は腰のポシェットだけのようだ。半ズボンでブーツ。

ちゃらけた茶髪メッシュの男の顔に見覚えがあった。


「寝てると思ったのに敏感だな、へへ。でも、叫ばないでくれよ。別にアンタを襲おうって気はない。いや、アンタにその魅力がないって言ってるわけじゃないぜ?アンタ、べっぴんだな。へへ、今夜食事でも……どう!?」


ペラペラと喋り出したかと思えば床を蹴り向かってきた。懐に入られ、拳が打ち込められる。


「っ!」


当たる前にギリギリ避けた。しかし咄嗟過ぎて無理矢理だった為、尻をついて倒れる。

体勢を立て直す暇を与えず彼は拳を振り上げた。

「待って!」とタンマをかけたが容赦なく拳が振り降ろされる。


「那拓蓮真!」

「!?」


ピタリと、拳が止められた。気絶させるつもりだったのか、腹の上で拳は停止する。


「……貴方の、弟さんの友達です」

「……………」

「えっと……貴方は、那拓遊太さんですね?」

「……アンタは?蓮真のお友達ちゃん」


拳を開いて、蓮真君を連想させる顔立ちの那拓遊太はあたしに手を差し出す。その手を掴んで立ち上がった。


「よかった、爽乃さんの方だったらどうしようかと思ったわ。蓮真君から聞いてるわ、自由奔放の家出お兄さん」

「蓮真に裏の友達がいるなんて初めて聞いたけど…蓮真と友達だってのは本当みたいだな」

「初めまして、椿よ」

「オレは遊太」


自己紹介をして握手をする。

「それで、椿。蓮とはどれだけ親しいのかな?」と顔を近付けて那拓遊太は問う。

兄弟揃って同じ癖を持つのか。


「家の道場に入れてもらえるくらいには、親しいですよ」

「へぇ!あの蓮が?へへぇー。いつから友達に?」

「先月ですね。メールのやり取りもしてます、証拠をお見せしましょうか?」

「あーいいよ、もう見てる」


ポケットから携帯電話を取ろうとしたが、無い。かと思えば那拓遊太の手の中にあった。


「手癖が悪いようですね…。蓮真君は“末っ子”で登録してます」

「わかる?常に誰かのケイタイを盗らなきゃ落ち着かないんだ」


クスクス笑って那拓遊太はあたしの携帯電話をいじる。

怪盗はスリなんてお手の物らしい。


「この屋敷には盗みに来たんですか?」

「そう。アンタは?ここのお嬢様ともお友達?」

「いえ、殺しの仕事を貰いに来ました」

「へぇ、アンタ殺し屋か、びっくり。殺し屋での通り名は?」

「紅色の黒猫」


携帯電話を投げ渡されて受け取ってから答えたら「紅色の黒猫だって?」と聞き返された。

知っているようだ。

何故異国の地でも知られてるのだろう。たかが五十六人を殺しただけなのに。


「まじで?アンタが?蓮真のダチのアンタが紅色の黒猫?」


何か楽しそうに笑みを浮かべたまま那拓遊太は問う。

そうだけど。そう頷いて思い出す。

しまった。彼は黒の殺戮者の仲間だ。


「へへぇー。こりゃすげえ出逢いだな、すげすげぇ。アンタのこと海外にいながら聞いてたぜ」

「……それだけ?」

「それだけって?生憎詳しくは知らないから褒めちぎれないぜ。黒っちから聞いただけだから、面白い新人だって」


気さくに笑いかける遊太。敵意も何も感じない。

黒っち。それってまさか。


「黒の殺戮者…?」

「そう、黒っち。九月だったかな、仲間に入らないかって会いに来た少しあとに話題に出してたよ、皆に面白そう面白そうって」


黒の殺戮者があたしの話を。

やはり彼が集団のリーダーか。

面白そう、ってますます白瑠さんみたいだ。イメージは白瑠さんが黒髪。それは絶対に嫌だ。

「他には?」とあたしはチャンスを逃さないよう問う。


「それから何か聞いてない?」

「ん、何も聞いてないけど。…あ、最後に連絡とった時に確か日本に行くって言ってたな」


それかしか知らないのか。なら、二人の衝突も知らないだろう。残念だ。やっと詳細がわかると期待が膨らんだのに。


「隣の部屋には白の殺戮者がいるわ」

「え?まじで?」

「黒の殺戮者の仲間だって知ってるから会わない方がいい。仕事なら邪魔しないから済ませて」


 その時だ。

女の悲鳴が屋敷中に轟いた。


「お、嵐の中の屋敷に悲鳴。殺人事件発生?」


ちゃかして言う遊太。

殺人事件。

「貴方はここにいて」と一言言ってから部屋を飛び出した。

 悲鳴が聴こえた方に駆けてみたら廊下に使用人達が集まっていた。書斎だ。

使用人を掻き分けて中に入れば、ラトアさんとミシリアを見付ける。

二人の前には、胸から血を出したタウトさんの死体が横たわっていた。


「ふぁあ、なぁに?」


大欠伸して白瑠さんは一番最後にのろのろと駆け付ける。


「……ありゃりゃ。先越されたみたいだねぇ、敵が先手を打ったみたい」


タウトさんの死体を見て白瑠さんは冷静に暢気に分析した。

「いやあ!」とミシリアが震え上がる。当然だ。実の父親が死んでいるのだから。

ラトアさんが目を塞ぐようにミシリアの小さな身体を抱き締める。


「犯人は?まだ屋敷にいるはずでしょ」

「複数だ。その中にいる」


カルドを引き抜いて問えばラトアさんは声を荒げて答えた。

その中。集まった使用人達の中だ。


「動くな。この中に見覚えのない使用人、或いは入ったばかりの使用人は誰です?」

「複数ってことはぁ、んひゃ、楽しそうお、全員殺っちゃう?」

「怯えるでしょ…日本語はわかんないか。その中にいる犯人がいるから知らない奴はいないですか?」


殺戮を始めようとする白瑠さんを止めて使用人に言うが、彼らは怯えて凍り付く。

一人一人の顔を眺めて見極める。複数か。何人か。

ラトアさんはミシリアを抱き締めたまま。においで見付けて欲しいが、手が放せないようだ。

嵐だし、逃げるのは困難だろう。


「白瑠さん。執事さんに言ってください。誰も出れないように車の鍵を…」


使用人を見張りつつも、白瑠さんに頼んだ。ふと、違和感がして目を凝らす。

 それは目を疑うもの。

 使用人の一人。男だ。

 俯いていた男はあたしの視線に気付いて顔を上げた。

 記憶が鮮明に蘇る。まともに見たのは一瞬だ。その一瞬で覚えた顔。

一気に心拍数が高まる。哄笑するのは堪えてギッと奥歯を噛み締めた。

その首を今すぐ掻き切りたくってうずうずする。カルドを逆手に持ち、もう片手にナイフを二つ指の間に挟んで───。


「指鼠っ!!」


脚力をバネに奴の目の前に飛び込んだ。

カルドを首目掛け振り上げたが咄嗟に取り出されたナイフに防がれた。

使用人達が悲鳴を上げながら避ける。


「……知り合いだっけ?」


一度距離をとった指鼠はそう聞いた。


「あら?あたしのこと覚えてないの、ある意味嬉しい……わね!」


隣にいたメイドを切り裂く。使用人達が悲鳴を上げた。

指鼠から目を放さず、足でそのメイドが握るナイフを蹴りあげる。

ここの使用人は武装しない。たかが使用人。

ボディーガードではない。だからこのメイドは殺し屋だ。


「なんでアンタがここにいるのかしら?アンタ、日本にいたはずよね。先週まで。…嗚呼!そうか、アジトに警察が押し入ってきたから海外に逃げたのね」

「……お前、誰?」


皮肉に笑ってやれば睨み付けられる。可笑しくて可笑しくてたまらない。


「アンタをこの手で殺せるチャンスをくれて───ありがとさん!!」


返り血を浴びた頬を拭ってから切りつける為に飛び掛かった。

指鼠は後退りをしながらカルドをナイフで防ぐ。

 後ろでまた悲鳴が響いた。

まだいる殺し屋と白瑠さんが殺し合いを始めたのか。或いは白瑠さんが殺戮を始めたかもしれない。

どっちでもいい。コイツさえ殺せれば。コイツを!

コイツが元凶!


「あはっ!今度はあたしがボコボコにしてやる!いや、バラバラにしてやる!」

「っ!」


指鼠の左手の甲から血が噴き出す。

ボコボコにされた仕返しにバラバラに引き裂いてやる。

指鼠は後退り、あたしは前進していく。

左の一つの爪と右の二つの爪で鼠をじわじわと追い込む。

鼠をいたぶる猫。

本来の上下関係。

たった一つのナイフで防ごうとする指鼠の服は最早ボロ切れ。

壁に左足を着けて、右足で首を蹴り飛ばし反対の壁に叩き付けた。


「あら?もう終わりかしら。根性ないわね。猫様が爪を出したら逃げちゃうのかしら、鼠ちゃん」


クスクス、と嘲る。

睨み付ける彼が立つのを待ってやろう。いたぶらなきゃ気がすまない。もっともっと、倍返しにしなくちゃ。

その時、ズキッと微かな痛みが頭部に走った。


「椿!」


白瑠さんの声にハッとして振り返る。銃声のない弾丸が腕をかすってよろめく。

銃口を向けた殺し屋は直ぐに白瑠さんが頭蓋骨を粉砕して廊下に脳味噌を撒き散らす。

カチャリ。

あたしの頭に銃口が突き付けられた。


「爪を取れ、仔猫ちゃん」

「………」


歯を噛み締めたが、銃口を突き付けられたからじゃない。クソ男の腕があたしの首に回ってきたからだ。

ナイフとカルドは床に突き刺さった。


「動くなよ、頭蓋破壊屋。アンタを出し抜けたことは自慢させてもらう」

「…んひゃひゃ、好きにするといぃよ。逃してあげるからぁその子返してくれるぅ?」


あたしを人質にしたのはいいことだ。白瑠さんは動かない。見逃すとまで言う。

おいおいそんな約束を勝手にしないでよ、コイツを殺したくて殺したくってたまらないんだ。

あたしは右腕の短剣に手を伸ばそうとする。しかし白瑠さんは首を横に振った。


「仔猫ちゃん、そこの窓を開けろ」

「………アンタのこと殺したい」

「そりゃあ無理だ。おれも仔猫ちゃんを殺したいさ。だから、今度決着をつけようぜ」

「あら?なんで今すぐに決着をつけようとしないのかしら。おっかなぁい頭蓋破壊屋さんは邪魔しないわよ」

「仔猫ちゃんを殺したあとに頭蓋破壊屋に殺される。そうだろ?頭蓋破壊屋の恋人ちゃん」


ぐいっと銃口で小突かれて急かされ、嵐の雨に体当たりされている窓を開けた。


「アンタってなんで…相手の武器を持っているかどうかを知ろうとしないのか教えてよ」

「は?」

「だからのこのこ来た獲物を取り逃がしてコレクションを鼠に食わされ警察が押し入っちゃうのよ」


あたしを掴んだまま窓から脱出しようとする指鼠はそこでやっと気付く。


「お前─────あの時の」

「刑事を──よくも撃ちやがったな」


あたしは指鼠にだけ聴こえるように低く呟いて、右手に掴んだ短剣を振り返ると同時に振った。銃を仕留める。

指鼠は素早く窓辺を蹴り大きく離れた。

実践初使用のナイフを投げ付けたが、嵐の強風に軌道はそれ地面に転がる。

嘲笑うように嵐の中に指鼠は駆けて行ってしまう。追い掛けようと窓に足を乗せたら、首にまた腕が巻き付いて引っ張られた。


「駄目だよ、つーちゃん。殺られちゃう」

「は!?あたしが!?」

「そうだよ。嵐の中で視えない銃弾を浴びるなんて嫌だろ」

「でも!アイツの勝ち逃げじゃないですか!」

「そうさ。負けたのはお嬢様とのお喋りに夢中で殺し屋達に気付かなかったラトアさ」


追跡を阻止する白瑠さんが目を向けるのは、ラトアさんだった。

事実に何も言えないでいる。否定はできない。

ラトアさんは現に、書斎を再び来るまで気付きもしなかったのだから。

血のにおいに敏感のはずの吸血鬼が、血のにおいを放つ殺し屋に気付かなかったのは失態。


「クラッチャー、話がある」


 ラトアさんはそう一言だけ言って書斎へと戻る。なんだかつまらなそうに白瑠さんは頭の後ろで腕を組んであとをついていった。

「つーちゃん、先休んでていいよぉ」とそれだけを言い残して。


「……ちっ…」


 外に投げたナイフを拾ってから二階に戻って窓を覗けば遠ざかる光が見えた。

車だ。指鼠の乗った車。

せっかくのチャンスがパーだ。


「くそったれ!」


メイドが怯えながら渡したタオルで髪を拭きながら部屋に入るなり服を脱ぎ始める。


「……オレ的にストリップされるのは大歓迎だけど、蓮のダチってのーは今後兄弟関係が気まずくなるから訊く。オレの存在忘れてない?」

「………………」


完全にベッドの上で寛ぐ怪盗を忘れていた。



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