第四話 真実の愛がいっぱい
学園の卒業パーティの会場は、水を打ったように静まり返っています。
証拠があっても、私の話術が稚拙なために信じてもらえないのでしょうか。
沈黙を破ったのはイディオタさんでした。
「う、嘘よっ! そんなものがあるはずないわっ! アタシが愛しているのはハビエルだもの!」
……もしかして、言ったこと自体が間違いだったのでしょうか。
私はイディオタさんと違って頭の回転が速くありません。
そうですね、ハビエル王太子殿下の恋敵だと知られたら、ヘスス様のこれからの人生に暗雲が立ち込めてしまうかもしれません。でも真実の愛を失った人生のほうが悲しいものではないでしょうか。
「……ネレア。その誓約書を見せてくださる?」
ベアトリス様が言って、私に近づいてきました。
学園に入学してから今日までの日々で、呼び捨てにしていただけるくらい私達の友情は深まったのです。
私もベアトリス様とアナマリア様との三人で過ごすときは、おふたりを呼び捨てにさせていただくときがあります。たまに、ですけれどね。
私はベアトリス様に誓約書を渡しました。
「私達が真実の愛で結ばれていることをここに誓います。……殿下、生徒会の業務や私との嘘の関係とは違う真実の愛で交わした恋文などで、イディオタさんの筆跡はご存じでいらっしゃいますわよね。ご本人のものかお確かめくださいませ」
彼女は光り輝くような笑みを浮かべて、殿下に誓約書をお渡しになりました。
そうですね、話術が得意でないのですから、やっぱりものを言うのは物証です。
殿下に直接見ていただくのが一番です。さすがベアトリス様です。
「違う、違う、そんなのニセモノよっ!」
イディオタさんは叫びながら誓約書に手を伸ばしていますが、王太子殿下から奪い取ることは出来ませんでした。
一度見て、二度見て、三度見て、殿下が溜息を漏らしました。
イディオタ、君の字だ。と、呟くようにおっしゃいます。もっとも会場が静まり返っていますので、その声は響き渡りました。
「違うわ、ハビエル! アタシを信じてっ!」
「僕は君の字を知っているし、君はドミンゲス伯爵令嬢がこれを取り出した時点で青褪めていた。本物だと知っていたからなんだろう?」
「……脅されて。ヘススとあの女に脅されて書かされたのよっ!」
「そんなことをして、なんの意味がある」
王太子殿下とイディオタさんの言い争いに背を向けて、ベアトリス様が私におっしゃいます。
「ネレア、私は貴女を親友だと思っているわ」
「ありがとうございます」
「もちろんアナマリアも私の親友よ」
「嬉しいですわ、ベアトリス様」
「だからね、イディオタさんの真実の愛もそうなのではないかしら?」
「はい?」
「殿下はお間違いではないわ。王太子殿下ともあろうお方が間違えるものですか。エステバン辺境伯令息はイディオタさんの真実の愛のお相手だけど、殿下もまたそうなのよ。以前殿下ご自身がおっしゃっていた通り、イディオタさんはだれからも好かれるように振る舞っていらっしゃったわ。だから、だれからも愛し愛される真実の愛のお相手になったのよ」
その発想はありませんでした。
私は思いがけない言葉に固まってしまいます。
アナマリア様がとてつもなく良い笑顔をお浮かべになりました。
「ベアトリス様のおっしゃる通りですわ! 良かったわね、ペドロ。入り婿の立場では権力も自由になるお金もないと捨てられてしまったのではなかったのよ。貴方もエステバン辺境伯家のご令息も、王太子殿下に近づくための踏み台だったのではなくて、おふたりともイディオタさんの真実の愛のお相手だったのですわ」
「い、いや、俺は……」
アナマリア様がペドロ様を、こめかみに青筋を浮かべたエステバン辺境伯閣下がヘスス様を、ハビエル王太子殿下とイディオタさんのところへ引きずっていきます。
真実の愛で結ばれた四人が集まると、ベアトリス様が拍手を始めました。
ほかの方々も拍手を始めます。真実の愛を祝福しているのでしょう。私は……真実の愛の相手というのはひとりなのではないかと思ったのですけれど、ヘスス様がお幸せならそれで良いかと納得することにしたのです。




