第三話 婚約破棄
「フェルナンデス公爵令嬢ベアトリス、私ハビエルは君との婚約を破棄する! 私には真実の愛の相手であるイディオタがいるからだ! 君との関係は政略的に結ばれた嘘の関係に過ぎなかった。君を愛することは出来ない!」
学園の卒業パーティの会場で、王太子ハビエル殿下が宣言なさいました。
殿下は会場の中央にある壇上に立っていて、その前にベアトリス様がいらっしゃいます。
私はヘスス様と、すっかりお元気になられたエステバン辺境伯閣下とそれを見ていました。今日はヘスス様と私のために、わざわざ辺境伯領から王都へ来てくださったのです。私がヘスス様とイディオタさんに真実の愛を告げられたころの閣下は生死の境をさ迷っていらっしゃったのですが、それからすぐ奇跡的に回復なさったのです。
「……この王国の未来は暗いな。あんな女の言いなりになって情けない、平民の娘など妾にすれば良いものを。わしの孫なら首を落としているところじゃ」
エステバン辺境伯閣下が殿下を見て、小声で吐き捨てるようにおっしゃいます。
悪い方ではないのですけれど、少し古い考え方をなさるところがあるのです。
お爺様のお言葉を聞いて、ヘスス様は青褪めたお顔で首肯しています。今目の前で起こっていることは、彼には予想外のことだったようです。
私はいつものように固まっていました。
ヘスス様を思えば彼とイディオタさんの真実の愛を応援したいですし、目の前で婚約破棄されているベアトリス様のことも心配なのです。
私はどうしたら良いのでしょうか。
「それが殿下のお望みなら。婚約破棄、しかと承知いたしましたわ」
ベアトリス様は王太子殿下からの婚約破棄を受け入れるようです。
見れば、少し離れたところにいるアナマリア様も心配そうにベアトリス様を見つめています。
アナマリア様はペドロ様と一緒です。ペドロ様はどこか悔しそうな表情で唇を噛んでいらっしゃいました。
「……待て」
美しいカーテシーをして踵を返したベアトリス様に、王太子殿下が呼びかけます。
「このまま行かせるわけがないだろう。これまでのイディオタへの所業をここで詫びろ」
「イディオタさんへの所業とはどういうことでしょうか?」
「とぼけるな。あの昼食の席を始めとして、イディオタと顔を合わせるたびに嫌味を言って苛めていたというではないか」
「婚約者のいる男性に擦り寄るのは良くないことだと、当たり前のことを教えて差し上げていただけですわ」
「言葉だけではなく殴ったり突き飛ばしたりもしていたのだろう? イディオタから聞いて知っているのだぞ!」
王太子殿下の隣にいるイディオタさんが怯えたような素振りで殿下に抱き着きましたが、そんなことがあるはずないのです。
学園で、私やアナマリア様はいつもベアトリス様と一緒にいたのです。
私達はイディオタさんを避けて行動していました。イディオタさんと顔を合わせたのは、彼女が自分達の婚約者に同行していたときだけです。婚約者のいる男性に……というのも、そのときにおっしゃっていたことです。
ああ、それに……私は考えがまとまらないまま、一歩前へと踏み出して口を開きました。
「王太子殿下、お待ちください!」
殿下が私に冷たい視線を投げかけてきます。
「なんだ、ドミンゲス伯爵家の令嬢か。君がベアトリスの友人だということは知っている。君がベアトリスの無実を証言しても、それを真実だと信じることは出来ない」
「違います! ベアトリス様のことではありませんっ!」
私の叫びに、ベアトリス様とアナマリア様が目を丸くしました。
いえ、ベアトリス様をお助けしたい気持ちはあるのです。
あるのですが、今の私が王太子殿下にお伝えしたいのは──
「王太子殿下は間違えていらっしゃいます! イディオタさんの真実の愛のお相手は殿下ではありません、エステバン辺境伯令息のヘスス様です!」
会場にいるすべての方の目が丸くなりました。
信じてもらえていないようです。
それも当然のことでしょう。私は気の利いたことの言えない、話術に劣る人間です。
なにか形のあるものがなければ私の言葉は信じてもらえないでしょう。
こうなることがわかっていたら、ちゃんと資料をまとめてきたのですが。
……いえ? あるじゃありませんか、証拠が。いずれ来る婚約解消に向けてヘスス様への思いを断ち切るために持ち歩いていた、あの!
「ここにヘスス様とイディオタさんの真実の愛を証明する誓約書があります!」
私はあの日、おふたりの真実の愛を告げられた日に、お願いして署名していただいてから肌身離さず持ち歩いていた真実の愛の誓約書を取り出したのでした。
ハビエル王太子殿下の隣に立つイディオタさんのお顔が青褪めているのに気づきます。
もしかしたら彼女は、身分の違いから殿下に逆らえなかっただけなのかもしれませんね。だって彼女の真実の愛のお相手はヘスス様なのですから。




