第1話:六畳一間の宣戦布告
「……不合格。次の方、どうぞ」
その言葉を聞くのは、これで何度目だろう。 七瀬陽葵は、少し丈が短くなった学校のセーラー服のスカートをぎゅっと握りしめ、オーディション会場の重い扉を閉めた。
周りは、煌びやかな私服やステージ衣装に身を包んだ女の子たちばかり。 対して陽葵は、校則通りの黒髪に、履き古したローファー。電車代を払うのが精一杯で、おしゃれをする余裕なんてどこにもなかった。
(やっぱり、セーラー服じゃ場違いだったのかな……)
トボトボと駅へ向かう道すがら、スマホを開く。 表示された銀行残高は、あと数百円。 家には、食べ盛りの弟妹が4人と、腰を痛めて休職中の父、内職で目を腫らしている母がいる。 今日の夕飯も、きっと一袋19円の「もやし」だ。
ふと顔を上げると、街頭の巨大ビジョンに、大人気アイドルがドームで歌う姿が映っていた。 数万人のペンライト。割れんばかりの歓声。画面の中の彼女は、ダイヤモンドよりも眩しく光っている。
それを見つめる陽葵の口から、無意識に言葉がこぼれた。
「いいなぁ……。私だって、いつかドームでキラキラしたライブしたいなー……」
「――決まりよ!! その夢、私が買ったわ!!」
背後から、やたらと響く声がした。 振り返ると、そこには真っ白なスーツを着て、サングラスを頭に乗せた美女――氷室冴子が立っていた。
「……え、だれ?」
「私は氷室。夢を現実に変える魔法使い……じゃなくて、芸能事務所の社長よ! 貴方のその、セーラー服の上からでも溢れるハングリー精神! 私の事務所で、Vチューバーとしてデビューしなさい!」
ボロアパートの「事務所」にて
連れてこられたのは、築50年のボロアパートの一室。 陽葵の家と大差ない……いや、むしろこっちの方が壁が薄そうだ。
「……あの、氷室さん。Vチューバーって、あの絵が動くやつですよね? 機材とか、すごい高いんじゃ……」
「大丈夫よ! 私に任せなさい!」
自信満々に氷室が取り出したのは、中古の型落ちスマホと、ガムテープで補強された三脚。
「これで配信するの? パソコンとか、防音室は……?」 「そんなの、売れてから買えばいいのよ! さあ、まずはテスト配信よ!」
初配信:伝説の始まり
陽葵の初配信が始まった。 アバターの名は、『深海ねね』。 スマホ一台での配信は限界があり、陽葵が動くたびにアバターの首が不自然に曲がる。
「あ、あの! はじめまして! 深海ねねです! ええと……今日は、私のお昼ご飯を紹介します!」
緊張のあまり、カメラの前に出したのは一袋19円の「もやし」。
『え、Vがもやし食うの?w』 『画質死んでて草』 『背景からパトカーのサイレン聞こえるぞww』
コメント欄には冷やかしが並ぶ。 でも、陽葵の脳裏には、さっきビジョンで見たあの光り輝くステージが焼き付いていた。
「……みんな、笑うかもしれないけど。私、決めてるんです」
陽葵は画面に向かって、吸い込まれるような真っ直ぐな瞳で言った。
「私、絶対にドームでキラキラしたライブしたいなー! って。……あ、いえ、したいんです! ここから、そこまで行ってみせます!」
その瞬間、壁の向こうから「うるせえぞ!」という住人の怒鳴り声と、激しい壁ドンが響いた。
『待て、今の壁ドン演出かよww』 『ドームでライブ(六畳一間)』 『……でも今の言葉、なんか本気っぽかったな』
同時視聴者数、わずか12人。 セーラー服の少女が、六畳一間の片隅で世界へ宣戦布告した。 これが、後に伝説となるユニット『女王様とエンジニアと私。』の、泥臭くて一番眩しい最初の一歩だった。




