18.誰かさんの後ろにへびがいる(5)
「これは、ある料亭の仲居さんが教えてくれたんだがね。あの杉田教授が、自分の弟子にお株を奪われたと悪口を言っているらしいね。それも人が良さそうだがトラブルを作っていさかいを起こすのが好きな、胡散臭いやつがいる集まりで」
「ほお。うまい具合に生贄を見つけたんだな。杉田教授が表に出ていれば、いい隠れ蓑だ」
潮がにやりと笑って言う。
「そこから先は我々成鳥に任せてもらいましょうか。杉田教授とあの不審者たちをうまく焚きつけた人物、見つけて再起不能にしましょう」
潮は本気で容赦なくそうするつもりだ。国のかじ取りをするその時その時の主導者を導き、時に助けた夢先の杜。それを二度と軽視させないために、一線を越えた者を許してはいけないのだ。
「それと潮さん。あの鬱陶しい2人、たぶん余罪が大量にありそうです。……消した方が後腐れありません」
「達也」の人格を纏ったまま玄弥が言う。隣りにいる時人が、傍から見て可愛そうなぐらい驚いている。さすがに息子から、命のやり取りの話を聞かされるとは思っていなかったのだろう。
「こらこら「達也」。表仕事の人がいる所でそれは言い過ぎ。まあ、その余罪も調べるからね。うまく行けば牛島の敵も打てる」
「なるほど……潮さん悔しがってましたからね」
玄弥が初任務で付いた牛島夫妻は、潮がかわいがっていた後輩だった。密偵として優秀だったし、本当の子どもたちもよく可愛がる良い親だったと、後に玄弥は人づてに聞いた。玄弥も知らない人ではないし、あのトラウマになった任務ではあっても、本当の親のように自分に接してくれた2人を死なせたのが、あの連中なら許したくないと感じていた。「達也」のペルソナがキツイ。玄弥の感情があふれ出そうだ。ピクリと玄弥の顔が引きつる。
「時人さんよ。息子、辛そうだから今日は家にいったん戻ったほうが良さそうだぞ」
朝也は年の功か、玄弥の状態が良くないと見たようだ。
「会長。無作法で申し訳ない。玄弥を少し休ませます。詳しい話はまた後程」
時人は朝也の気遣いを素直に受け、玄弥を促して家路についた。そして、帰路の途中「達也」のペルソナから戻った玄弥は、道端に吐いた。
「辛いだろうが……あと少しで家だ。耐えられるか?」
時人が背をさすりながら声をかける。そんな気遣いを父がくれたのはいつぶりだろうか。だが玄弥は、そんな父でも今は頼れるものなのだなと、感じていた。
「うん……少し楽になった。正月早々道を汚しちゃったね」
「そんなの気にするな。……明日はどうする? 辰巳家との新年会だが、体調を理由に欠席していいぞ。葦人なんか年寄りに酒を飲まされたくなくて、とっとと綾子さんのところに逃げてるし」
「あー。だからいなかったのか。……ずるいな。でも、体調不良だったのはさっきの料亭にいた門馬の人たちが知ってるし、俺も明日は行かないでおこうかな」
「そうしろ。お前はまあ、旅館を継ぐつもりないって言うし」
「そうそう。眞白ばあちゃんのことで、あっちの大人に嫌われてるしね~」
「もうそういうやつは、ほぼいないぞ玄弥。最近の仕事ぶりで成鳥にいる辰巳の連中には、一目置かれてる」
「でも、ああいうところで口が達者なのは、表仕事の女性でしょ? そういう人たちはなかなか第一印象から抜けないって言うし」
「そうか……。まあお前が気にしないならいい。不参加も言っておくよ」
「そのかわり、ちょっと集落の外に出かけるね。いると探しに来るやつがいて休まんない」
実のところ、あの迷惑夏生が諦めたとは思っていない玄弥だ。今日、面倒でも日辻家との新年会へ出たのは、別の家門から乱入しづらい長老会長のいる所だからだ。
「なるほどな。文化祭の騒ぎのことは、子安くんから聞いてるよ。高校の友だちとでも遊んでこい」
時人は玄弥に、今日のような殺伐とした仕事で気を張るより、高校生らしく楽しい時間も過ごさせたい。今日は特にそう思っていた。女性への苦手意識が減って、彼女でも作れればいいな、とも思っていた。もうしっかり彼女がいるとは、露ほども思っていない時人。玄弥は時人に悪いと思っていたが、星羅のことは内緒である。そして、明日のお出かけは「友だち」とではなく「彼女」となのだった。
***
「体調不良って、本当みたいだね。玄弥さん来てないし」
3日の辰巳家と門馬家の新年の集まりは、農作業用に広く取られた前庭のある、辰巳家が使われた。辰巳家の兄弟は、先ほどからその前庭を2階の部屋の窓から覗いていた。小学2年生の辰巳 冬司は、久しぶりに玄弥に会えると思ったのが、来られないと知って落胆している。いつもよりおめかしして、少し上等なパンツに新調したトレーナーを着ていたが、その甲斐がないと不満げだ。
「兄ちゃん。そういうの、すとーかーって言うんだよ。しつこいって」
よく意味が分からないのに、得意になって弟の真澄がからかってくる。弟の衣装は冬司の色違いだ。この2人の新年の服装は、祖母の洋子が買い与えた。
やはり神子の覚醒がなかった真澄は、両親の執着から解放されて実はホッとしている。幼稚園児にそんなことを思わせる両親とは、世も末だと冬司は思う。だが、両親が冬司にかかりっきりだった頃、祖母の洋子と使用人の早苗に育ててもらっていた真澄は、冬司を放り出した後2年間両親に溺愛されたが、そんなことで両親を信じ切るほど愚かではなく、なかなかの腹黒幼児に育っていた。さすがは眞白のひ孫、ということだろうか。
「真澄。……お前、言うようになったね」
にっこりさわやかな笑顔で冬司は返す。黙って立っていれば王子様、と幼鳥の先輩たちに言われる冬司だ。童話の単に耽美なだけの王子にはなりたくない冬司は、幼鳥の修練生として手を抜かず、文武両道で行くつもりになっている。
「あたりまえじゃん。幼稚園のボクだってあの親がダメってわかるし。でもさ、とりあえずひどくならないぐらいにさ、機嫌とっとこうと思うし」
「お前……すごいな」
掌返しで放置プレイからのガン無視された冬司は、こっちも無視する徹底抗戦だった。でも真澄は少し戦い方が違う。素直にすごいと思っていた。
「へへへ~。これ、早苗さんに教わったんだ~。「冬司様と同じ路線では、あの奥様が面倒なことになるから」だって。何が面倒なのか知らないけど」
「……まだお前が素直で純粋なところが残ってるの、嬉しいよ兄ちゃんは。まあ……しばらく、母さんの味方のふりしてやって。多分、ボクが突っぱねたときのためだろうから」
「ふーん」
やっぱり兄ちゃんはすごいと、真澄は思う。自分は早苗に言われて母に優しく接してやるだけだが、兄は早苗の説明しない理由をちゃんと分かっている。そして、兄よりすごいやつになりたいと、真澄はライバル意識がまた強くなっていた。
「お2人とも、そろそろ門馬の皆さんがお集まりです。1階に下りてください」
早苗が兄弟を呼びに来た。父の重昭も母の楓も、大人ばかりの集団に入ってしまうと、きっと自分たちなど忘れる。まあ同じぐらいの年頃の子どもが来るので、真澄も楽しく遊ぶだろう。そして、冬司はこっそり抜け出す算段をしていた。




