25.それは「綱ノ庄村」(5)
続けて抜刀術の稽古を終え、最後に基本の構えをさらって今日は終わりのようだ。
「ありがとうございました」
「うん。東京でも一人稽古を続けているようだな。今後も励みなさい」
修治から励ましの言葉が出た。厳しくても娘の頑張りを認めている、父親のやさしさだろうか。
「はい」
「では先に戻って着替えなさい。門馬くんは宝雲流について質問があるだろうから、ここで話す」
紅子に先に行くように修治は促す。紅子は普段通りの父の様子に、一礼すると道場を退出して行き、修治はしばらく見送った。
そして今、壁際に立っていた玄弥の額の前に、木刀の切っ先があった。
「避けないのか?」
「……切る気がないようでしたので」
修治から殺気を感じない。だから玄弥は逃げなかった。でも、もし殺気を感じていても避けられなかったかもしれない。それだけ自然体で、すっと動くのだから、敵だったら大変なことだった。
「はっは……またずいぶんおもろい奴連れてきたなぁ、紅子は」
修治は木刀を修め、呆れた顔をして玄弥を見る。玄弥は、見たことのなかった流派の師範の強さに、畏れもあるが、ワクワクするものを感じていた。
「あの……少しだけ教えていただくことはできますか?」
純粋に、新しい知識や技術を覚えたい。玄弥は真面目に修治へ頼んでみた。修治は師範だけあって、真摯に教えを乞う者に弱い。つい絆されて訊いてしまう。
「お前、もういろいろ身につけとるやろ。何をいまさら知りたいんや?」
「私は今まで、刃物といったらナイフ程度の相手をした場合しか、教えてもらったことがないんです。その……長い刀の抜き方とか、そういうことが」
「なるほどな。現代的な相手と遭遇する場合の実践には慣れとるわけか」
「う……多分、隠しても師範にはバレそうですね。僕は田所教授の助手で来ていますが、護衛でもあります」
玄弥は明かせる範囲で、自分の正体を明かす。
「護衛とはまた物騒やな」
修治は玄弥と差し向かいに座して、話を始めた。これはきちんと説明をしないと解放されないやつだ、と玄弥は思う。
「杉田教授が2年前、学会の理事から降りたのには理由があります。ここに調査に来られたことがあるそうなので、多分あの方の人となりはご存じでしょう」
夢先の杜への潜入未遂事件を語らないよう、あえて杉田教授の問題を玄弥は持ち出した。
「ああ。まあ、指示ばっかで自分は動かん人やったな。田所先生がほとんど現地調査前の調整しとった」
前に来た時、まだ紅子が中学へ上がる前だっただろう。その頃、杉田教授は東宝寺の住職のところに我が物顔で居座り、田所先生と同僚の先生がこの家に宿を借りていて、毎日調査に出歩いていたことを修治は思い出していた。
「その、若手というには結構実績もある先生たちに仕事をさせるけれど、成果を全部杉田教授に持っていかれていたそうです」
「そんな感じやな、あれは」
「3年前、私の高校がある市内に小さな神社があるんですけど、それを地域の人たちが復興しようとして、田所教授が協力することになったんです。それを杉田教授が妨害をしました。それも、結構問題のある後ろ暗い人たちを使って、悪いうわさを流そうとしまして」
「そこまでするもんかねぇ。単なる学者の勢力争いやとは思えんけどな」
修治は勘が良いらしい。さすがは紅子の父だと玄弥は思う。
「詳しくはわかりませんよ。ただ、杉田教授に手を貸していた人たちも、実践部隊が逮捕されちゃったから手を引いたみたいです。それで杉田教授も表舞台を下りなきゃならなくなったらしいですね」
「つまり、それで恨んどる人がおると」
「ええ。ああいうタイプは利権であれこれ人と取引するでしょうから」
「ふ〜ん。それで」
修治は玄弥に本当の抜き打ちをかけた。玄弥は身を開いてよける。その耳元をブンと木刀が過る。
「君はどこ属しとるんや?」
「え? それは言えないです」
「じゃあ俺から一本取ってみろ。そしたら抜刀の仕方を教えてやる」
「えええ? そんな無茶な」
「そら、よけてみろ」
修治は面白がっている。紅子ぐらいの若手が、避けるのがやっとな場所へ打ち込んで、それを玄弥がいやいやでも避けている。久しぶりに手ごたえのある相手に、修治は武芸者として楽しいと感じていた。
数回修治が打ち込んだ。玄弥も修治が本気で攻撃して来ているとは感じていない。普段の颯一との組手で感じる、ある種の爽快感がある。ただ、少々疲れて早く終わらせなければ、と焦っていた。それにしても修治に隙がない。
仕方がない。玄弥は本気で仕掛けることにした。殺気をまとい、普段薄暗い場所の観察で使う小型の金属製ライトを手に、打ち込まれた木刀を受け流す。その勢いで間合いに入ると、冷たい金属製ライトを修治の頬に当てる。そこですっと殺気を収めた玄弥は言う。
「……満足ですか? お約束通り1本です」
「よう、本気見せてくれたな。気悪うしたらすまん。……暗器術か」
「ええ、お戯れなのはわかっています。まあ、……最近は武器らしい物は持ち歩けませんから、気休めです」
そう言って無表情になっていた玄弥は、苦笑してストラップを持ち、ライトをぶらりと振って見せる。時折道具好きな学生が持っているが、米軍やポリスなどが使うタクティカルライトという、頑丈なチタン製だ。
「そろそろええかい? 待ちくたびれとるんや、真治がお腹すかせとるし」
「わっ。お義母さん、いつからおられたんですか?」
修治が焦って入り口に現れた女性に言う。お義母さんということは、紅子のおばあさんかと玄弥は察した。気配の絶ち方が見事だ。まだ60代ぐらいだろうか、白いものが混じりだした髪を短くカットし、藤色のサマーニットとさらっとした生地のパンツ姿は、まだまだ若々しく、姿勢良く凛とした風情は紅子の祖母と実感させる。
「百合子に聞いて来たんや。田所先生の助手で護衛なんやって? なかなかおもろい子やないか」
彼女も宝雲流の師範代だったことがあるのだ。「異種格闘技戦」が見たかったらしい。
「初めまして。門馬 玄弥と申します」
玄弥は修治の間合いから離れ、彼女に挨拶をする。
「私は百合子の母親。先代師範の嫁の文子や。お前さん、門馬っていうと……十二家の子かい?」
なんと、文子は夢先の杜の存在を知っているらしい。玄弥は、今までのらりくらりと修治に明かさないでいたことが、無駄骨だったと無力を感じていた。つい、ため息が出る。
「……ご存じだったんですか」
「ああ、私はもともと東宝寺の住職の娘やしな。そういう系統の後継者って、ある程度知り合いおるんや。……今の東宝寺はそういう伝手持ってへんけど」
「そうでしたか。だから、簡単にゴーサインが出たのか……」
「そうそう。修治も百合子も、子どもらは知らんかったしな。私がばらしてもうたんは悪かったわ」
「あのぅ。紅子さんには言わないでおいてくれますか? 普段の生活に支障が出るので」
玄弥は文子に頼んだ。彼女がそうしろと言ったら多分、修治や百合子は従うと踏んだのだ。
「あはは……おもろいねぇ、その弱気な姿で侮られときたいんかい?」
「ええ、その……他の学生にも目立ちたくない相手がいまして、面倒が増えるんです」
「まあええわ。そういうのは本人が言いたいやろし。さて……ご飯になるし、汗くさい連中は着替えておいで。シャワー空いとるし使いなさい。修治、あんたが一番汗くさいんやから、さっさと行き」




