第957話 雷神を受体する世界をコントロールするハッカー 転生者レギーナ視点
私はどこにでもいる、普通の一般市民。会社では特に目立つ事も無く、データの入力に徹する事務員。書類を作って定時で退社し、あとはただ一目散に家に帰る毎日を送っている。彼氏を作ったらいいのに、という同僚のセクハラを軽くかわしつつ、淡々とした日々を送っているOLだった。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
私を誘いたそうな、上司の男に手を振り、私は安い日本製の車に乗って家路を急いだ。
だが……ここからが、本当の私。
会社に届けてある住所とは違う近郊の森の細道を走り、その奥に出て来たのは、近代的な豪邸だった。電子のロックを押して門が開き、車が入ると門は自動的に締まる。そのままガレージまで走っていくと、勝手にシャッターが開いて、私の安い日本車は吸い込まれるように入って行った。
「ふう。くだらない……」
私はこのカモフラージュ生活を、ずっと繰り返してきた。ガレージには、超高級外車がずらりとある。金には困ってないのだけれど、政府や公安の目くらましをするには必要な生活なのである。
そのまま家に直結する廊下を通りぬけ、途中のドライブスルーで買ったピザを頬張り服を脱ぎ捨てる。全部を口に放り込み、ミネラルウォーターで流し込んだ。そのままペットボトルを持って、地下へ。
ピピッ! シー! カチャ!
最初の扉を開けるとさらに通路があり、その奥にもう一度、セキュリティロックのある扉がある。
「さあ。今日はどこに行こうかしらね」
その部屋は超近代的な電子機器がそろい、サーバーラックが何台も並んでいた。ディスプレイが光り、
そこには世界のありとあらゆる情報が網羅されている。
そう……私は、世界的にも有名なハッカーだった。お金という概念が、私から消え去ってから久しい。私はネットの操作で、いくらでもお金を調達する事が出来て、株式の操作ですら容易く行えるのだった。政府も公安も、血眼になって私を探しているが、一度も尻尾を掴ませたことなど無かった。
「面白いわね」
政府システムにもハッキングした、他国の軍事機密にも入り込めた。世界の金融機関にも入りこんだ。もはや私は、この暮らしに飽きが来ていた。普通に暮らしている分には、何でも思い通りになるからだ。
世界中の政府が私につけたコードネームは、「インビジブル」透明人間だった。
そして……目下の私の興味は、人を動かす事だった。
下世話? 低俗? なんとでも言ってもらっていい。結局のところ、根源の欲望は人間の支配だろう。私は一周回って、そこに辿り着いてしまったのだった。だがその思いは、次第にエスカレートしていく。ただ嘘の情報を流して、株を操作するなんてことじゃない。興味があるのは、人間の命を操作する事。
私は、恐ろしいものを開発してしまったのである。
それは何か?
インターネット上に、十億の人格を作り出してしまったのだ。それはBOTで作ったような物ではなく、リアルに人がいると証明できるような人格たちだった。そのすべてが、自我を持ち自分という存在があると自覚しているのだ。
だが、それらをすべてコントロールしているのが私。すなわち、世界的な世論を作り出す事が出来る。
これがどれほどの力になっているのかを、世界中で恐らく私しか知らないだろう。最初それが出来た時、私は金を作り出す事に明け暮れ、市場を操作して巨額の富を得た。小さな国の、国家予算くらいはある。
だがそれにはいつか飽きが来るもので、私はある事を考えたのだ。人を、もっと操れるだろうか?と。
そして、あの事件は起きた。
十億のネットの架空人格を操作し、あるカルト組織を誕生させたのである。それは実際に人が集まり、二百人まで膨らんだのだ。そして私は、興味本位でリセットしたのである。それで起きた事件は、二百人の集団自殺というものだった。
その時はさすがに驚いたが、私はそれほど重要に考えていなかった。飽きたから、リセットしただけ。ただそれだけの事だったのである。そして次の興味は、テロ組織を作り上げられるだろうかという事だ。それは流石に難しいかと思っていたが……なんと数千の人間が参加し、紛争地域で戦い始めたのである。
その情報を、自分で仕掛けているため、私は軍事産業や市場をコントロールする事が出来始めたのだ。仲間もおらず一人で出来るというノンリスク、ハイリターンの仕掛けを作り出して行った。
そんな私が、会社でOLをやっている。だれも、想像のつく事では無かった。
だが、じきに私のコントロールでは収まらなくなっていくもの、武装地帯はどんどん広がっていって、結局は国家間の戦争にまで発展してしまったのだ。だがもちろん、それすらも全て予測できていた私は、恐ろしいほどの巨額の富を、世界中の銀行に分散して保有する事になったのである。
「驚いたわね」
戦争をしている国に、大きな国の後ろだてが入る情報を見ながら、ただ微笑みを浮かべる。
「核の使用をちらつかせるとはね。世界の世論を動かし、更には敵国への威圧に……か」
面白くなってきた。私はその大国の仮想敵国の世論を動かそうと、またあの仕組みへと指示をだした。国家の世論を動かして、政府が動くように仕向けるためだ。そうする事で、また金も人も動いて行く。
「さてと」
私はその部屋を出て電子錠をかけ、更に下に続く階段を下りていく。そこには金塊の山が眠っており、私はそこで全ての服を脱ぎ捨てた。
「ああ……なんて美しいのかしら」
敷き詰めた金塊の上に寝そべり、ひんやりとしたその感覚を味わう。世界は金塊や、石油を求めてる。これのために、人が殺し合いそして奪い合う。全て私の思うがまま、世界は私の掌で動いている。
ビービービービー!
私が悦に入って寝そべっていると、突然警報が鳴り響いた。
「なに!?」
裸のまま慌てて部屋を出て、秘密の指令室にもどる。するとディスプレイが、緊急事態を示していた。
「どういうこと? なぜ……バレたの?」
それより、そんな悠長なことを言っている場合ではない。この屋敷もバレており、じきに襲撃される。ここにあるデータと通信履歴を、全て壊してしまえば、私がインビジブルであるという証拠は残らない。全データもプログラムも、世界中のクラウドに分けて保存してあり、紐づけは到底不可能なはずだった。
「ふふ」
なぜここがバレたのかは判明していないが、私をこんな目に合わせた奴は、絶対にただじゃおかない。すぐに電磁パルスでデータを消去し、ニトロで全ての証拠を焼いて、予備のアジトへと消えればいい。
「全然惜しくもなんともないわ」
そう言いながら、電磁パルスのボタンを押す。
バシィィィ!
屋敷中に電磁波が広がり全てのデータを消去した。あとは、ここを離れて爆破ボタンを押せば終わる。だが、そんなに甘くはなかった。なんと、敵は、ここを襲撃するのではなく、別の方法をとったのだ。
次の瞬間、ドン! という強烈な物音と共に、私は屋敷ごと一瞬で蒸発した。
そう……なんと、ミサイル攻撃されてしまったのである。
……。
だが、不思議な事に……私は生きていた。いや……生きていたというのは語弊があった。
目の前には高貴な男性の姿。だが、その姿は、中世の貴族の様な格好をしている。
えっ……。
そう。私は確かに死んだ。そして、全く違う世界へと転生してしまったのである。私はこの世界では、貴族の娘として生まれ出てしまった。親はこの国の伯爵という地位にあり、その娘として生まれたのだ。
家は子宝に恵まれず、私一人しか生まれなかった。男子が生まれない為に、世継ぎ問題が発生する。
しかし、私にはある二つの能力があった。物心ついたころから、人を自分の分身のように扱えたのだ。そのおかげで、貴族学校に入ってすぐにカーストの頂点となった。全ての貴族の子供を陰で従えており、何でも手に入れることが出来た。容姿のいい男も、様々な贈り物として金品も手に入れられる。
どうやら、前世の能力が形を変えて私に備わってしまったようなのだ。
「これはこれは。王太子殿下」
さらに、私にとって好都合な事ばかりが起きた。なんと貴族学校の同学年に、王太子がいたのである。本来なら、王太子は公爵家の娘と結ばれる事が常識とされていた。しかし私は、それに目を付けた。
「おお。レギーナ、今日も美しいな」
「ふふ。いけないのですよ、許嫁がおられる立場ではないですか」
「あんなもの、古いしきたりだ。俺の代で全て終わらせよう」
「あら。よろしいのですか?」
「君を手に入れられるのならば、容易い事だ」
「うれしいですわ」
これは、貴族学校での出来事。普通であれば、王太子殿下のお戯れで終わるはずだった。
だが……。学生時代に、私は王宮へと潜り込むことに成功したのである。王太子からの正式なお誘い、格式高い王宮の晩餐会へと招かれた。もちろん、あの私のコントロールによるものである。
「運命というものは、本当に面白い……」
父親は、伯爵という身分なので、王宮ではその他大勢のモブと同じだった。そして、私はその娘。
いままでは。
だが、私は直接王妃に謁見する機会を得てしまったのである。いや、正確には、周りの人間を動かし、そうなるように仕向けたのだ。そして王太子の母親である、王妃を手始めにコントロールした。
あとは楽だった。特別に、婚約破棄のイベントなどを作る事も無く、公爵令嬢に辞退させたのである。それも全てコントロールした事で、公爵夫婦も満場一致でそれに納得した。だから余計な血を流さずに、私はじき王妃としての地位を勝ち取ったのだった。
そして最大のチャンスが訪れる。普段は遠くからしか眺める事の出来ない王、と食事会が設けられた。そして私はすぐに、王をコントロールしてしまったのである。その後、無事に王太子と結婚することに。
そして……。
国を自分のものにしてしまったのだ。その事を怪しむ者達は、罪を犯すように陥れ、罪人として全て処刑する事が出来た。あとはじわじわとネットワークを広げるように、支配していった。軍を手中に収め、貴族達を手中に収め、そして姫の巡回と称して市中の慰安をして回る。
既に市民すらも、コントロール下に収める事が出来たのだ。
だが……この世界でも、そう簡単にはいかなかった。ある力を持つ者がいたからだ。そのある力とは、レジストという精神支配系のコントロールを回避する能力だった。特に、冒険者と呼ばれる者達の中で、魔法使いと呼ばれるものに、それが存在していた。だから、100%では無かった。
でも、支障はどこにもなかった。王族と軍、貴族を手中に収めているのだから何の問題も無い。
ある日の事。慈善と称した、市中巡回の時。孤児院を出る時に、小太りの女が話しかけて来る。
「見つけたで!」
騎士達がざっと、私の前に割って入る。もちろん全てコントロール済みだった。
「わいは、神様や。姫さんは、わいの後釜やで」
汚い訛りで訳の分からない事を、べらべらとしゃべっていた。こう言うのは、遠ざけるに限る。
だが……コントロールが効かなかった。
「けったいな力やで。神にそんなもん聞くかいな」
「えっ……」
力の事を知っている?
「あなたは?」
「雷神や。そんで、あんたは雷神なんやで」
訳が分からなかったが……なぜが、急に興味が沸いてしまった。そして私は、騎士に言う。
「この人。連れて行って話を聞きましょう」
「「は!」」
コントロールしているので、怪しむことも無く、その女を馬車に載せた。私もそのまま、馬車に乗る。
「何の冗談かしら?」
「冗談やない。ようやく見つけた、わいの神子や。しかも、えろう別嬪やないかい。継子にぴったりや」
「神って言うけど、あなたは何ができるの?」
「雷神や。雷の神様やで」
「雷の……」
「ま、ええ。わし気が短いねん。はよ受体しよ」
「受体?」
「せや。あんた、雷神になんねん」
訳が分からなかったが、スッと手を差し伸べて来たので、思わず掴んでしまった。
「ほな。よろしゅう」
バン! バン! バン! バシュウウウウウ!
物凄い音と光が、馬車の中を駆けまわり目がくらむ。馬車の窓からも目眩く放電が漏れ出し、馬が狂ったように嘶いて停車した。
「姫殿下! どどど、どうされました!」
「あ、ああ……あれ?」
今まで目の前にいた、小太りの女が跡形もなく消えてしまった。自分の体がぱりぱりと静電気を帯び、髪の毛が逆立っている。
「どうされました?」
「私は、物の怪にでも……化かされたのでしょうか?」
「はあ……?」
だがその時、まだ私は分からなかった。私にとてつもない力が備わってしまった事。そうして馬車は、再び王宮に向けて走り出すのだった。




