第956話 豊穣神を受体するマッドサイエンティスト 転生者ベネノ視点
私は、根っからの科学者であった。
バイオテクノロジーの権威として科学に身を捧げ、研究に没頭する毎日を送っていた。そしてある日、大学で研究に勤しむ私のところに、大手薬品会社から大金を積まれてオファーが来る。
あれが……全ての間違いだった。
なぜ、私はあのような口車に乗ってしまったのか。製薬会社が提示した金は確かに破格ではあったが、おとなしく研究室で籠っていればよかったのだ。
その世界的な製薬会社では、バイオテクノロジーを生かした専門知識によって新商品の開発をすれば、大きな研究施設の所長の席が約束されていた。だがしかし、薬品会社の要求は、次々と高くなっていき、最終的には無理難題の様な開発を任される。
社運を賭けた商品開発とは名ばかりで、あれは私を振るいにかけるための罠だった。技術が頭打ちで、利用価値を見出せなくなった私を、体よく切る為の無理な要求。
そして……納品の期限が来て、私は会社の要求にこたえられなかったのだ。
あれだけの成果を上げたにも関わらず、たった一回の失敗で、ありもしない損害賠償請求をされた上、私の研究の特許を会社が抱えたまま首を切られた。
絶望だった。それにより、妻は突然の生活の崩壊に心労がかさみ、早いうちに死んでしまった。
私には……もうなにもなかった。死のうと思っていた時、私の元に一つの連絡が入る。
それは、第三国の軍事機関からの連絡だった。
自暴自棄になっていた私は何も考える事無く、その話を聞いてしまう。だが物凄い待遇の良さだった。妻が死ぬ前に……この話が来ていたらと、悔やむこともあったが、もはや思考能力が無くなっていた。
二つ返事で、その国に渡り……私は、バイオ技術を駆使した生物兵器の開発に手を染めた……。
それとともに、目もくらむような莫大な資産が転がり込む。それで……私は、表舞台に返り咲いた。
薬品会社を買収して、そのトップに返り咲いたのである。私の古巣である製薬会社への報復が始まった。裏側から、第三国の資金が潤沢に入って来たため、いくらでも新薬の開発に手をかけられた。
そのおかげもあり、急激に会社は伸び、そして、あの忌々しい会社は衰退していったのである。
まさに……この世の春。妻が生きてさえいれば……完璧だった。妻が生きてさえいれば。
いくら経済的に満たされようとも、心の中にはぽっかりと穴が空いていた。だが……そんなある日……、第三国とのつながりを察知した政府が私を疑い出したのだ。私は、逃げ回り彼らの追及から逃れていた。だが……、国家の諜報部までが動き出し、私は第三国とのつながりを隠し切れなくなってきた。
そして……あの日。
私が、隠れていたホテルの一室。ガラスの割れる音と共に、私の胸に穴が空いてしまう。倒れながら、自分の吹き出す地を呆然と眺めていた。
そんな……不毛な人生で終わった。
はずだった。年老いた私は……これで死ぬ。
恐らくは、第三国が、私とのつながりが発覚するのを恐れて殺害したのだろう。
暗黒に落ちた。
しかし……目が覚めると、なにか木箱の中に入れられている。
私の耳には、雑多な人の声。とりわけ、色気づいた女の声が右往左往している。
身体を起こそうとするが、言う事を聞かない。
私は……生き残ったのか?
だが、病院のベッドにしては、この子犬を入れておくような木箱はおかしい。
まさか……手足が無くなった?
そう思って、手を上げてみると……。
これが……私の手?
赤ん坊の手。
それから数年が経過し私は、古代文明の様な世界に生まれ変わった事を知る。
しかも……娼婦が産み落とした、父親も分からぬ子として。
生まれながらに、物心はついていたが、ろくすっぽ飯も与えられずにやせ細った子供だった。辛うじて乳は与えられたが、早い段階で、母親は性病にかかり死んだ。だから、娼婦が食べ残したものを食った。
見た目も可愛げがあるわけでもなく、可愛がられる事も無かった。四歳になって、歩き回れる頃には、もう娼館のために仕事をしていた。汚れたものを集めたりゲロを片付けたり、情事の後の始末をしたり。
最悪だった。だが、生き延びるためにはそれしか無い。
そもそも、生き延びる意味があるのだろうか?
そんなところに時おり来るのが、医者だ。まあ私は医者でもないが、医学の知識はある。この世界の、医学の程度の低さは良く分かったが、訳の分からないものがあった。それは、ポーションという薬品だ。
そして、この世界の医師は、魔導士とも呼ばれ不思議な力を行使した。
私は、それに夢中になって行った。とりわけ、医学のレベルは低いが魔法の力は面白かった。それに、魔法で作られる薬剤の効き目が、本当に面白いのだ。性病に効くものがないというのは不思議なもの。
それさえあれば、自分の母親も死ななかったただろうに。
前世で妻を失ったように、母親の愛情も知らぬままに……とはいえ愛情などいらなかったが。
そして……私は、その魔導士が持つ鞄から薬をくすねては、こっそり自分の小屋の隠し場所に隠して、夜になればそれを使って薬を調合した。ああ……、研究というものはなんと甘美なのだろう。
そしてある日、娼館に来た冒険者のバッグから、魔獣の素材なるものをくすねる。
それが……いけなかった。
それはとても高額で売れるものだったらしく、運が悪いことに私が取っているのを見つかってしまう。
ドガ! と蹴り飛ばされ、扉を割って外に放り出された。
この冒険者というものは物凄い力を持っていて、私の体はあちこち折れた。だが、それを返した事と、娼婦からのお願いでそれ以上の追撃は無かった。だが、それから娼館の人間に、折れた体を折檻される。恐らく内臓も破損していたと思うが、私は自分の納屋に戻って、調合した薬を飲みほした。バキバキと、音をたてながら自分の体が復活していくのが分かる。これがなければ、私は死んでいただろう。
そして……あの蹴り飛ばされた時、高額な素材以外にもくすねていたのを口の中に入れていた。
「まさか……こんなところで、こんなものを見つけるとはね」
それは、硫黄鉱だった。化学兵器の材料にもなりえる鉱石。それから更に成長した私は、年頃になり、ある日娼館を脱走した。小間使いをして、客や娼婦からくすねた金をもって飛び出したのだ。
もう不条理な暴力に怯える事も無い、十年の歳月を経て乗合馬車に転がり込み、その街を抜け出した。おそらく、子供の足では、それほど遠くまで行けないと踏んでるに違いない。
案の定、追手が来ることはなく隣町までやってくる。街の裏通りを、私はボロ布でうろうろしていた。すると、鼻に薬品の匂いがしてくる。それに誘われるように行くと、そこに薬屋があった。
店は誰もおらず、私は勝手に入り物珍しくて物色していた。だがそこに、突然客が入って来る。
「おい、薬屋!」
私は、棚の陰に隠れた。
そこに現れたのは、あの私を蹴り飛ばした冒険者だった。忘れもしない屈辱。素材を盗んだくらいで、死ぬほど蹴り飛ばした、短絡的な冒険者。
「なんだ……居ねえのか?」
千載一遇のチャンスだった。私はそろりと、そいつに近づいて至近距離まで来る。
「おっ? なんだ。ここのガキか?」
どうやら、私の顔を覚えてはいないようだった。そこで私が啖呵を切る。
「おまえ、子供にも容赦ない奴だ。生きてちゃいけない」
「なんだとぉ? てめえ俺が誰だか……ん? おまえ……」
次の瞬間、私は懐に忍ばせていた、魔獣の内臓の薄袋を取り出してそいつの顔に投げつけた。
「なっ!」
パシャ! 袋が破れて、男の顔面に飛び散る。
「うああああああ。目が! こ、このガキ!」
私はそいつから距離を置いて、もう一つの袋を取り出して投げる。
パシャ! そいつの顔面あたりで破裂した瞬間。
「うぐ! うううう!」
そいつは、喉と胸をかきむしりのたうち回る。そう、それは私が開発した毒ガスである。
私はスッと口元にマスク代わりの布を巻いて、のたうち回っている男を見ていた。
なんと言う幸運だろうか。私が開発した化学兵器を初めて試せた相手が、あの男だったとは!
運が向いて来た。
そして男は、泡を吹いて死んだ。すると、店の奥から声が聞こえる。
「誰かいるのかい?」
私は店を飛び出した。自分の技術が、この世界でも通用する事を証明できたのだ!
嬉しくて飛び跳ねそうになるのを押さえ、有り金を使ってまた乗合馬車に乗り込むのだった。
そして、この世界では、薬草や鉱石が軽視されている事を知る。
それにもまして、私には力があった。その力とは物質を融合できる力だった。大きな設備がなければ、毒ガスなど作れるわけがないし、袋に詰める事すら不可能だ。だがそれは魔法というものなのだろうか、私には不思議なが備わっていたのだ。その力を使って作った、毒ガスが憎い冒険者を殺したのだ。
そして私は街を転々とし、いつしか裏町界隈で、薬や毒を化合する店を立ち上げた。
するとすぐに買い手が現れる。それは王族の諜報、いわゆるスパイだった。暗殺を生業とする彼らは、目ざとく私の店を見つけて、買いに来るようになったのである。裏社会の闇稼業で生きて行く事となり、その界隈で少しずつ名が知られるようになっていった。闇の薬師、そういう二つ名が、裏社会に広まる。
だが、そんなある日。
私のところに、変なばあさんと娘が尋ねて来たのである。
「なんだ? あんたら、諜報という訳じゃ無さそうだが……」
すると、そのばあさんがボソリと言った。
「やっと見つけたよ。私の神子」
「あんた、なにもんだ?」
「ウチは神様だよ」
そいつは頭がおかしいのかと思った。自分の事を神様だなどと。だが、それはすぐに本当だと分った。そいつが受体とか言う奴をやった途端、消え去ってしまい……私に、更に不思議な力が宿ったのだ。
そして、そいつに付き従っていた奴が言う。
「これからはあなたが私の主だ」と。
そいつは変幻自在のバケモノで、名をアンジュと言った。




