第十三話 ぶらぶらと
「ここがケースケ君の部屋で、隣りがエリカさんの部屋だよ。何かあったら俺に連絡入れてくれて構わないから、遠慮はしないでね」
「あざーっす」
「ありがとうございます」
到着した時間帯の関係もあり、業務自体は明日から始める運びとなった。
朝礼が始まるのは朝の八時。半日以上の空白時間は自由に過ごして構わないとの事である。
「しかしまあ、言っちゃなんだが街並みの割にご立派な建物だなおい」
二人がブレンドンに案内されたのは[安らぎの止まり木亭]から更にアーケードの奥へと進んだ末に見えた、メインストリートの末端付近に建てられているアパートだった。
曰く、元より短期契約者の為に調査隊が契約している空き部屋であるらしい。
一階は駐輪場となっていて、部屋となるのは二階部分のみ。
その数も全部で三部屋と極めて少ないが、これでも余っていたというのだから余程普段の人数が少ないのだろう。
「さて、んじゃケースケ部屋入れろや。くたびれた、夜まで寝る」
「そしたら夜眠れなくなんだろ馬鹿だな相変わらず。ていうかバスでしこたま寝ただろまだ寝んの?」
普段の気安さから油断して自然と部屋に招いてしまってから、圭介は目の前にいる生物学上は女性として定義されている生物を男性である自分の部屋に入れて良かったのかと一瞬悩んだ。
「知ってるぜこういう部屋には魔除けのお札とかあんだろ? 額縁とかねーけどベッドの裏とか……おい何か薄い本あるぞコレ多分エロ本だエロ本!」
本当に一瞬悩んだだけで済んだ。
「一気に環境変わったのによくそんなに平然としてるね。僕なんて明日の飲み会すら馴染めるか不安なのに」
既に人間関係が構築されているところに短期間だけ世話になる身で溶け込めるものかという懸念が、決して友人を多く持たない圭介を取り巻いていた。
元来、大勢で集まる類のイベントを不得手とする気質も関係している。
対して人の多さに左右されない性格からか、エリカは気楽な構えを見せた。
「別に一生の付き合いでもねーし無理に馴染む必要なくね? 仕事の邪魔にならねえ程度に仲良くしときゃいいじゃねえかホント面倒だなお前。あ、これエロ本じゃなくて不動産の冊子じゃん……テンション下がったわ……」
上り込んだ男の部屋でエロ本を探し始めたかと思いきや見つからずに落ち込む様子は、彼女から『女性』というパーソナリティーを損なう行為として充分なものであった。
そんな体たらくを晒されたせいで話を聞く気も失せそうになるが、彼女の言い分は極めて正しい。
仲良くなれれば、という姿勢でいるのが最も負担の少ない姿勢である。仲良くならなければ、では疲れてしまうから。
「んぁあそうだ、おうケースケ」
「何? 言っとくけど僕今日はエロ本とか持ってきてないからね」
「ちげぇよ。グリモアーツ、結局直ったんだろ?【解放】はできるのか?」
まさか心配されていたとは思っておらず、意外そうな表情のまま懐のカードを取り出す。
相変わらず鶸色のそれにはドアノブを握る手のシンボルが刻み込まれていた。
「前より早い段階でシンボルが浮き出たのはラッキーだったよ。もっと時間がかかるもんだと覚悟してたけど」
「一度【解放】までしたんだからケースケ自身の魔力操作が上手くなってるんだよ」
言われて思い出す。モンタギューと共に必死な顔で小石を数秒浮かせては落としていたあの頃を。
正式名称を魔力因子操作系統。通称を魔力操作。
他に、魔力を一時的に物質に変化させる魔力変質。
そして対象に特殊な効果を与える魔力付与。
それらと比較すると地味に思える部分だが、本質を言えば『魔力の扱い』という点でこれら三つの要素は共通する。
寧ろあらゆる魔術に応用できるが故に重要度は高いと言えよう。
魔力に触れる機会を増やすことで上手く操れるようになったのであれば、グリモアーツの【解放】に至る速度も以前と異なるのは当然と言えた。
「これでいざ襲われたとしても最低限の抵抗は出来るようになったってわけだ。一安心だよ、本当に」
圭介としてはいつシンボルが浮かび上がるか予測も儘ならずに怯える日々だったのだが、遠方訪問に間に合ったのは精神的な安定に繋がった。
これがなければダグラスの脅威を差し引いても、事によっては現場での作業に支障が出た可能性すらあるのだ。いかにいずれいなくなる予定の異世界とはいえ行きずりの相手だからと迷惑はかけたくない。
何かと世話を焼いてくれた仲間や師への恩義も未だ返し切れていないのだ。
「まー夜まで暇だし街に何か面白い店でもないか見て来るよ」
「待て、そういうことならあたしも行く」
「あ、寝ないんだ」
「何か急激にアイス食べたくなった。コンビニなら来る途中に見かけたしアイスくらいあんだろ」
その一緒にいようとしてくれる言葉がどうにも嬉しくて、思わず圭介は微笑んでしまった。
無言で不気味がられた。
* * * * * *
歩いてみればアスプルンドが誇るアーケードは大した長さでもない。
しかしシャッターを下ろしたまま経営しているかも怪しいような店舗が割合として少ないせいか、見て回ろうというのであれば時間はいくらか潰せる。
圭介とエリカが最初に立ち寄ったのは古ぼけたカメラショップだった。
「コリンちゃんに何か土産物でも買うかなー」
「こういう店は大陸中を行脚してそうだけどねアイツ」
グリモアーツがカメラを象る程である。生半可な代物で満足するとは思えない。
ふんふんと分かっている風に鼻息を鳴らしながら歩くエリカについていく中で、圭介は写真関係の書籍が並んだ本棚に気付いた。
気になって一冊抜き取ると古ぼけた書籍が指に誘われて飛び出す。
(“魔術を使わず実現する奇天烈撮影技法”……? 何だか面白そうな本だな)
表紙には駅舎のホームで手を振る女性の写真が用いられていた。が、その女性が履くスカートからは足が生えていない。
どうやら心霊写真のような写真を魔術に頼らず純粋な技術のみで再現する為の指南書のようだった。
(つっても魔術ばっか使うこの世界で、こういうの流行らんだろうなぁ)
しかし素人判断で機材の良し悪しなどわかりはしない。なら下手に金のかかりそうな部品よりもこういった品の方がいいか、とレジに向かう。
「これ下さい」
「あいよ。お客さんら見ない顔だけど、冒険者か何かかい」
しわくちゃな背の低い老婆が人懐っこそうな笑顔で問うてきた。
「えぇ、学校の遠方訪問で」
「あらまあ。ここいらは若い子には退屈だろうに、ほんによく来たねえ。こんな寂れた店だもんでお客さんなんて久し振りだわあ」
「へへへ、僕もカメラ屋なんていつ振りになるかわかりませんよ」
軽く雑談に入りそうになったが、エリカに先に行かれてもつまらないので適当に切り上げる。
「まいど」
「どうもー。……まぁこれでいいだろ」
「こうかな? いや、こうすりゃこっちのポーズもイケるな」
因みにエリカは脚の高さと角度を自由に調節できる三脚を購入していた。
何故か武器のように構えてカッコつけているのを見て、圭介は共感できるようなできないような微妙な気持ちになった。
次に向かったのは文具店。
特にこれといって不足している筆記用具があるわけでもなく、冷やかし半分に入ってみたのだがいざ商品を見て回ると意外と楽しめる。
「ケースケ見てみ。水で紙を濡らさないと文字が浮かび上がらないペンだってよ」
「忍者かよ」
「ニンジャっておま、下ネタかよぉ!」
忍者の何が下ネタなのか圭介には一切理解できなかったが、エリカにとっては笑いのツボだったらしい。
恐らくアガルタの言葉で『ニンジャ』という単語は何らかの猥褻な意味合いを持つ用語として認識されているのだろう。翻訳機能の不便さが滲み出た瞬間であった。
あまり騒ぐと奥にいる気難しそうな男性店員の視線が怖いので、エリカが興味を抱かなさそうな真面目なコーナーに足を向ける。
と、またもや気になる商品が視界に飛びこんできた。
(騎士団応募用の履歴書……? 普通のアルバイトや企業用のとは別に売られてるな。何でだろう)
ライトノベル作家志望として、異世界ファンタジーに関する知識を獲得できるのであれば是非もない。
流石に新選組と幕末志士を現代日本に転生させてアイドルとして売り上げ競争させるという難易度の高いシナリオには限界を覚え始めた頃合いである。
使う気は全くないままに、騎士団応募用と一般企業応募用を一つずつ購入することにした。
「マジかよ……この消しゴム、油性マジックの字を消しやがる……」
エリカの声が耳に入ったせいで、追加で消しゴムも購入してしまった。
次に向かった古本屋には案の定、圭介の興味を誘うような本は見当たらなかった。
彼は作家志望でありながら基本的に活字を好まない。
読むとするならライトノベルか、極めて稀にではあるが父親のマーケティングに押し負けて読む羽目になった料理本くらいなものである。
(あーあー、せめて漫画の一冊くらい置いてないもんかな)
圭介が特に期待もせずに本棚をなぞるように眺めていると、少し離れた位置から震えた声が聞こえてきた。
「程良く育成された美少女型レッドキャップの写真集だと……!? 今のご時世じゃ発禁不可避のお宝じゃねぇか!」
「やっぱ異世界だわここ」
まあいかにおぞましく思えても、一部の人間には需要があるのかもしれない。
以前圭介が見た個体も体つきは貧相と言えたが、顔の造詣は見事な美少女であった。その裸体となれば興奮を覚える輩もいるのだろう。
実態は動物や虫の死骸の集積なのだが。
「こっちはリザードマンの生態調査記録で、こっちがスライム百変化……写真撮影やイラストの資料関係ってとこか」
「コリンへのお土産はさっき買っちゃったしねえ。ミアとユーは何をあげると喜ぶかな」
「ミアちゃんは本とかよりも実用的な消耗品の方が喜ぶイメージだな。寝る時に使うアロマキャンドルとかでいいと思うぜ」
となると、小物店のような店舗が見当たらないこの街では入手も難しかろう。次の現場以降で見つければいいか、と早々に諦めた。
「ユーには食べ物がいいんじゃない?」
「お前、それユーちゃんの前で絶対言うなよ。『自分は食べ物さえ与えられれば満足するような奴と思われてるんじゃないか』って一時期気にしてたんだから」
「おぉう……」
安易な提案を論拠も提示した上でぴしゃりと否定され、圭介としては意外且つ申し訳ない気持ちになる。
確かに女子にプレゼントを贈るのに、「食いしん坊だから」と食べ物を渡そうというのは無神経だったかもしれない。
「わかった。じゃあ何だろ、アクセサリーとか喜ぶかな」
「男が女にアクセぇ? 重いだろんなもん、饅頭とかチョコレートの箱詰めでも渡しとけ」
「おい怒るぞ」
考えてみれば相談した相手がそもそも無神経の塊のようなものだった。
* * * * * *
「っはぁ、ようやくアイスにありつけたぜ」
夜と呼ぶには黄昏の色が空にこびりつく夏の十八時。
圭介とエリカの二人はコンビニ前に設置されたベンチに座りながらアイスを食べていた。
エリカはソーダ味のアイスバー、圭介はシンプルにバニラソフトをそれぞれ舐めている。
都会の喧騒から外れたアスプルンドは既に静かな時間へと移行している。
では何も聞こえないのかというとそうでもない。時期的なものもあるのか虫の羽音やカエルの鳴き声が耳朶に触れて、山の近さを感じさせた。
「何だかんだ結構買い物したね。その三脚は絶対無駄だと思うけど」
「コリンちゃんがいらないってんならあたしがもらうからいいんだよ」
「そんな調子でわけわからん物ばっかり部屋に置くからミアに怒られるんだよ」
昼の熱が残っているせいかクリームが溶ける速度も心なしか早い。
地面に落ちそうなそれを見て、まだるっこしくなった二人は各々アイスにかぶりつく。さして味わいもせずに食べ終えてしまった。
「……んで? 気分は紛れたかよ」
「気ぃ遣ってたんだ。悪いね、どうにか大丈夫だよ」
照れ臭く笑いながら、隣りに座る少女の配慮に思わず敬服してしまいそうになる。
エリカは気付いていたのだ。
バスでララと接している間、圭介が一度も笑顔を浮かべなかったことに。
ダグラスという明確な脅威が未だ健在であるという事実に、神経が参ってしまっていることに。
そして圭介も彼女が気を張り詰めていた事実に途中から気付いていた。
エリカの体力と気力であれば、旅の途中で知り合った相手と会話しただけで眠ってしまう程に消耗することなどあり得ないのだから。
「ったくよぉ。警戒しちまうのもわかるがキリねぇだろそんなん。ここに確実な味方がいるんだぜ、頼れや」
「それでエリカがくたびれてんだから頼りっきりってわけにもいかないでしょ。大丈夫、僕も気をつけてるから」
「後で何かの形で返せよ」
「金と食べ物どっちがいい?」
「食いもん」
冗談のつもりで言ったのだが、本気で食べ物を奢らせようとしているようだ。まあ構うまい、と圭介も財布の紐を緩める準備に入った。
こちらの世界では将来を見据えていないからか羽振りが良いのだ。
「いよいよ明日からあたしらもお仕事開始だ。いつまでもビクついてたら評価と報酬に響くぞ」
跳ねるように立ち上がるエリカの身長は、圭介の座高よりもやや高い程度。
しかし。
「とりあえずこれ、やるよ。思う存分に使いな」
余裕ある笑みを浮かべながら同年代の男子にレッドキャップの写真集を差し出す姿は、とても大きく見えたのだった。
「いらんわ。あと女子がこのシチュで“使う”とか言うのやめろ。めちゃめちゃテンション下がるから」
それはそれとして、もう少し真面目さを一貫して欲しいと思わざるを得なかった。




