第十二話 辺鄙街アスプルンド
途中でバスが停車したのは、第二カコクセン通りからバスで二時間半ほど進んだ先にある第〇七七砦。
建築物として一体化しているスーパーやトイレ、果ては立ち並ぶ食べ物の屋台のせいで圭介の目には砦というよりパーキングエリアにしか見えなかった。
が、どうにもエリカやララの反応を見るにこの世界に“パーキングエリア”なる言語は存在しないようだ。
パーキングエリアの役割を砦が担っているのであれば新たな固有名詞を用いる必要もないのだとは思うが、まず『バスを砦に駐車させてトイレ休憩に入る』という現象に久し振りに異世界を感じる圭介だった。
食事とトイレに行く為の時間として一時間の休憩に入ったことで、三人は砦に設けられた食堂で少し早めの昼食を摂っていた。
まだ本格的に混み合う前の時間帯だからか空席がちらほらと見える。
ガーリックライスがないのでエリカはスープカレーを、圭介とララはクアッガのマスタードソース和えという地球ではもう食べられない品を頼んで食していた。
結局ララのキャリーバッグはあの後運転手に事情を説明することで余った荷物用スペースに入れられたという。ひとまずは安心といったところだ。
「お二人はルンディアで地質調査とのことでしたけど、あそこからでも通える繁華街はありますよ。確かー……アスプルンドでしたか」
「一応あるんだ、そういうの」
ララがスマートフォンをいじって調べた街の名前は、これまでの異世界生活でも話題に挙がったことがない。相応に知名度の低い場所なのだろう。
となると宿泊する場所もそのアスプルンドという街の何処かに指定される可能性が高い。治安がどの程度安定しているのかが殺人犯に追われている身として気になるところである。
ガイの親戚が住んでいるというのもその辺りだろうかと予想してみたが、仮にそれらしき人物に遭遇しても現場で行動を共にする等の要因がない限り圭介から率先して挨拶したりはしない。
不審人物に間違えられるし、正直な話面倒というのもあるし、何より自分の状況がそれどころではないのだから。
「王都からバスで移動しても一日かからない距離ではありますが、何分特産品や名所があるわけでもないので……」
「どーせ人の少ねぇ街だし、観光名所ってわけじゃなければ精々オンボロな映画館かカラオケが一つでもありゃ御の字だろうぜ。爺ちゃん婆ちゃんばっか住んでるイメージしかねーよ」
「わからんじゃないけどさあ」
言葉は悪いが人が集まっていない地域という事はそういう事なのかもしれない。場合によってはエリカが挙げたような娯楽施設すらあるかどうか怪しいのである。
マスタードの酸味を纏った柔らかい肉を咀嚼しながら、圭介は心中で予想以上に退屈な遠出になってしまう覚悟を決めた。
* * * * * *
「じゃあ、私はここで降りますので」
午後三時。窓の外の風景がグラティアと思しき温泉街に変化してしばらくした頃合いに、ララが停車の予兆であるバスの減速を受けて一声かけてきた。
あれから会話を重ねてみたものの、結果として仲良くなったのは表面上だけだった。
エリカは構わず話し続けていたが人と話すことそのものを好まない性格なのだろうと圭介は察し、途中から寝たふりなども交えながらやり過ごす。
どうにも会話の中で距離を置かれているように感じてしまうのだ。そして行きずりにたまたま知り合っただけの関係である以上、それを悪く捉えるつもりもない。
たまにはこういった落ち着きのある人と、その場限りの間柄になるのも悪くはあるまい。
これまで接してきた異世界人が総じてぐいぐい来ていたのも、そう思える要因の一つなのかもしれないが。
「何かと教えてくれてありがとうね。助かったよ」
「じゃあな。また今度メティスで会おうぜ」
「……はい。是非また会いましょう」
ふわりとした笑みは表情としては希薄だが、それでいて強く印象に残る。恐らく自身の顔の使い方を弁えているのだろう。
自分の美しさを自覚している美人というのは厄介だ。特に、頭まで回るとなると圭介のような平凡な男子高校生には相手が同年代であろうと対処しきれない。
そして口にした言葉をどこまで信用していいものかもわかったものではないのだから、恐ろしい限りである。
(そういうところが油断ならないんだよな、女の子って)
「ふあ、なんかアイツがいなくなったら眠くなっちまったな」
(こいつは女子にカウントされないから油断もクソもないな)
ララが降りてから少し寂しそうな表情になったエリカは盛大にあくびをすると、「わりぃおやすみ」と言うが早いか寝始めてしまった。
到着予定時間は午後六時。寝ても間に合いそうな時間ではある。
(僕はさっきもう寝たし、着くまでは起きておいてやるか)
時折漏れる小さないびきに失笑しつつ、圭介はエリカの寝顔越しに窓の外を眺めていた。
* * * * * *
二人がアスプルンドに到着した頃には夕日が紫色の雲海に沈み始めていた。
ルンディア特異湖沼地帯に程近い位置にあるという立地的問題は伊達ではなく、舗装された道路と申し訳程度に設置された魔道具らしき外灯の他には草生い茂る空き地と自然界が誇る山々しか見えない。
離れた場所に簡易的な防壁らしきものが見えるのは街の入り口だろう。王都の城壁と比較するのも野暮な話だが、やはり見劣りしてしまう。
「忘れ物ないよね?」
「ないない。そっちは?」
「全部持った」
各々の荷物を持ってバスから離れると、夕空の色に応えるようなオレンジの車体がドアを閉めて発進する。
今までいた場所から遠くに来て、もう戻れない。
こうなるとわかっていたはずの状況に僅かな寂寥感を覚えながら、二人はアスプルンドの防壁に向けて歩き出す。
「もうちっと近い位置で停まってくれりゃいいのにな」
「バスにはバスのスケジュールがあるんだろうさ。それより暗くなる前に行こうよ、多分この辺も夜になったらモンスター出るでしょ」
「んー……田舎の道路は都会と比べて一層脆そうだしなあ。あんま暴れると面倒か」
「下手したら聞こえそうな距離まで来てんだよ田舎とか暴れるとか言うなっつーの」
二重に恐ろしい発言をするエリカを連れて進んでいくと、入り口付近に立つ鎧を着込んだ駐屯騎士の男がにこやかな表情で軽めの敬礼をしてきた。
「やあやあようこそアスプルンドへ。お二人さんは旅行か何かですかね?」
王都の城壁に設置されている関所ならあり得ないであろう、実にフレンドリーな対応である。
これも王都の喧騒から離れたからこそなのだろう。
「あーいえ、遠方訪問で……[安らぎの止まり木亭]という宿屋を探しているのですが」
「へへぇ! ってことは学生さん!? あらまあこんなところまでわざわざ……。[安らぎの止まり木亭]ならこの門を過ぎてそのまま入ったアーケードにありますよ。ほら、見えるでしょ?」
騎士が指差す先には確かに、アーチ状の屋根を有する大通りが見える。恐らく買い物は全てこの通りで間に合わせるのだろう。
「入って二つ十字路を過ぎればすぐ右側に看板が見えますんで、後はご自身で確認してもらえれば」
「ありがとうございます。じゃ、行くよエリカ」
「まあ待てよ。ほれ見ろ、あっちで鳥がカエル食ってる……」
「早よせえ」
さっきから妙に静かだと思ったらどうやら名前も知らない鳥の捕食シーンを眺めていたようである。
言われた通りアーケードに入ると、人の往来はあるもののいまいち活気に欠ける。
店舗も閉店はしていないだけで客足の少なさを理解しているからか、小太りの女性店員がレジ前で新聞を読んでいた。
その目前を何を買うでもなくただゆっくりと、老犬を連れて歩く老婆が通り過ぎる。
すれ違いざまに軽い挨拶を交わし合うのは、田舎特有の人間関係の密度も関係しているだろう。
店のバリエーションも古びたカメラショップに歯医者、整骨院に何故かあるパソコン教室とあまり若者ウケしそうなものは見当たらない。精々が漫画の類を期待できなさそうな雰囲気の廃れた古本屋程度か。
コメントしづらい街の様子を見て、さしものエリカも無言になる。
「とりあえず、行くだけ行こうよ」
「……うん」
「落ち込むな! 何に、とは言えねえけど落ち込むんじゃあない! 僕までテンション下がるわ!」
ほとんど騙し騙しお互いの気力を保持しながら、約束の場所である[安らぎの止まり木亭]へと歩を進める。
余所者の二人が悪目立ちするのはある意味必然と言えるが、まず前提となる目撃者の数が少ないせいでそこまで他人の視線を気にせずにいられる。その点に限っては悪くない場所と言えなくもなかった。
とっとと歩いて辿り着いた[安らぎの止まり木亭]は、看板を見て理解したが正しく西洋ファンタジーに登場するような古風な宿屋であった。
ここに冒険者達が集まって飲食や宿泊、クエストの受注といった生活に関わる諸々の用事を済ませるらしい。
「ほれ、着いたからそろそろその間に合うはずだったタイミングで油断して漏らした小学生みたいな顔やめなよ」
「ぁぃ」
「声ちいせぇ!」
楽しい物事を好む性格のエリカにとって、娯楽に乏しい環境は相応に厳しいものがあったのかもしれない。
これならもう少し鳥がカエルを食べる様を見せ続けた方が面倒も少なかったか、と圭介が溜息を吐いたのと同時。
「あれ? 何だか見ない顔だけどもしかして君達が遠方訪問の……」
丁度店内から出てきた空色の鱗を持つドラゴノイドの男が、驚いたような表情で圭介達を見据えた。
その鱗の色で思い出す。
「あ、もしかしてガイさんの親戚の……?」
「うわマジか! あるかもとは思ってたけど本当にガイのおっちゃんの名前が出てくるなんてなあ、いや嬉しいなあ」
こちらもまたやけにフレンドリーな反応をしてきた。
そしてもし彼が圭介の予想通りの相手だとするのなら、アガルタ王国が誇る第六騎士団団長殿は相当な慧眼を持っていることになる。
「えっと、トーゴー・ケースケ君にエリカ・バロウズさん、で合ってるかな。迎えに行こうと思ったらもうこんな近くまで来てたんだね、気が利かなくて申し訳ないや」
ドラゴノイドは種族的な特徴として、ヒューマンやエルフほど表情の変化がわかりやすいわけではない。
それでも目の前の彼は、確かににこりと笑ったのだ。
「俺の名前はブレンドン・ハーシェル。ルンディア特異湖沼地帯調査隊のリーダーだ」
その名前は、圭介がバスを降りてからずっと手に持っているプリントに書かれている現場責任者と同じ名前だった。
「これから一週間と少しという短い間だけど、宜しく頼むよ」
若者ウケのしなさそうな街ではあるが、責任者の人格には恵まれたのだと二人は悟った。




