第十一話 ルンディアへと続く道
都知事との会食を終えて翌日、早朝五時半。
圭介とエリカはそれぞれ外泊用の荷物を持った状態で城壁付近にあるバス停、第二カコクセン通り駅に立っていた。
エリカは楽に動けるように汚れてもよさそうなやや古びたブラウスとショートパンツに身を包み、道中で購入したコンビニスナックのフライドチキンをむしゃむしゃと食べている。
圭介はというと、季節を問わず使えるようにと購入した薄手のシャツとズボンという平凡な組み合わせだ。
ベルトにクロネッカーを鞘に収めた状態で括りつけている以外、地球でも通用するファッションと言える。
「おいケースケ、酔い止め持ったか?」
「別に僕乗り物で酔ったことないからいらないよ。どこぞのお姫様じゃあるまいし」
「お前なあ。あんまりゲロ吐き王女を悪く言うもんじゃねぇよ」
「どっちが!? びっくりしたわ今の」
近くにセシリアがいたらまとめて殴られていたかもしれない発言の応酬だった。
二人が乗るべきバスの到着まで数分の余裕がある。その中で圭介はスマートフォンを用い、帰還の手段に関する情報を集めていた。
いよいよ生命の危険に晒されているこの状況下である。帰りたいという思いは少しずつ強くなるばかりであった。
「あのさあエリカ。都知事、あの通り魔野郎はまだメティスから出てないって言ってたよね」
「そだな。監視カメラの死角を把握されてるらしいからどこまで信用できる話か知らんけど」
「こっちが覚悟決めて何か言うより先に残された小さな希望を潰すのやめろや」
無慈悲にして辛辣ではあるが、エリカの主張は正しい。
カメラの位置を把握されているという時点でダグラスが映像に姿を残すような失態を犯すとは期待しない方が無難だろう。
極端な例となるが、例えば下水道などを通れば街中の索敵魔術や巡回騎士を無視することも可能である。
他にも難易度は上がるものの魔術によって姿を消しながら浮遊島の陰を飛行しても捜索の目をある程度は掻い潜れるし、最悪の手段として都心部にモンスターを放逐して目くらましとする方法も有用ではある。
魔術という存在によって圭介が知る以上に文明は発達しているこの異世界で、犯罪者達もまた一筋縄ではいかない相手が揃っているのである。
「その辺踏まえてあたしらと一緒に遠方訪問行くことになったんだろが。まぁ安心しな、あのフード野郎とっ捕まえて鼻の穴に便所こすった後の掃除用歯ブラシぶち込んでやるからよ」
「それはやめてあげて……」
身内が通り魔よりも危険な存在であるというのは頼もしいやら恐ろしいやら。
そんな下らないやり取りを交わしている内にバスが到着する。
日本車が多く広まる中で、バスのデザインはどことなく欧米のそれに近い。
軍用車のように大きく厳めしい形状と、パンクを許さない見るからに大きく硬そうなタイヤ。
カラーリングがオレンジであることに何の意味があるのかわからないが、側部には会社のものらしきロゴマークがプリントされている。
城壁の外を走る関係で頑強さとトイレなどの宿泊用設備を求めた結果だろう。
これなら道中でモンスターに襲われたとしても充分に対処できるはずだ。
「んじゃ行こうか」
「おう」
短い応酬を経て二人が乗り込む。通常の出勤時間よりも早い時間帯だからか乗客数は少なく、圭介とエリカが並んで座れるだけの余裕はあった。
外の眺めを楽しみたいのか真っ先にエリカが窓際の席に陣取り、その子供じみた動きに圭介が呆れつつ微笑みを浮かべて隣りに座る。
「ルンディアかあ。大魔術師なんてもんがいたらしいけど、結構ああいう昔話ってこっちの世界じゃ珍しくない? 作り話って映画とか漫画とかでしか見たことないし。それとも他の神話とか伝説とかってあんの?」
圭介が振った雑談のきっかけは小説家志望としての興味によるところが大きい。少なくとも帰還手段を模索する上では不必要な情報だろう。図書室では古い新聞や雑誌ばかり眺めていたので、退屈な思いもあったのかもしれない。
話を振られたエリカは「あるぜ」と気楽に応じる。
「一番有名なのはビーレフェルト全体に伝わる“四人の女神”っつー捻りのねぇ名前のお伽話だな」
厳密には神を数える際に用いる単位は人ではなく柱なのだが、お伽話というのであれば子供にもわかりやすいように改変されているのかもしれない。あるいはこれも異世界の言語を翻訳する何らかの機能が不備を起こしているからか。
「“四人の女神”? 何そのほのぼの日常四コマっぽいタイトル」
「つっても内容としちゃあ大陸が出来るまでの過程を『四人の女神様が頑張ってくれました』っつー形にでっちあげただけなんだが」
あまりフィクションに興味がないのか、エリカはどうでもよさげに説明を始めた。
「まず智の女神、則の女神、命の女神、創の女神の仲良し四人組がいて、そいつらが調子づいてビーレフェルト大陸を作ったわけだ」
「調子づいてって……」
「んで更に増長したそいつらは四人で大陸に住む連中を管理する事にして、しばらく経った辺りで喧嘩始めてな。バンドとかが解散する時によくある方向性の違いって奴だ」
「まあ、下手に複数人が同時に権力なんて持ったらそうなるわな」
「その結果まず命の女神が大陸に住んでる一人の男と懇ろになって駆け落ちしたんだが」
実際の書籍などを調べればもう少しまともな表現がされているのだろうが、エリカの語彙力に任せるとまるで親戚のお家騒動でも聞かされている気分になる。
「次に管理の仕事に飽きた則の女神が『ウチもウチもー』つって大陸の住人に紛れ込んで行方知れず、短い間に二人の仲間を失ったことで今度は創の女神がアッパラパーになってどっか行った」
「どっか行ってばっかだなその女神ども!」
「残されてぼっちと化した智の女神が仕方なく管理を続けてよ。結果的に一人じゃ言語の翻訳が限界で手が回らんと発狂した挙句、おめぇら客人を定期的に呼び寄せて文化と文明を促進させるっつう結論に……」
「そいつら探し出して全員ボコろうぜ。今の僕なら神様だって殺してみせる」
突然前触れなく女子更衣室に転移させられた純情少年の妥当な怒りであった。
「以上が“四人の女神”だ。確か小説家目指してるとか言ってたがどうだい、異世界のお伽話はケースケの書きたい小説の参考になったか?」
「お伽話というよりアホの失敗談にしか聞こえなかったんだけど」
突き詰めればアホが失敗しないお伽話などないのかもしれないが、それにしてもエリカの解説はあんまりにもあんまりである。
ともあれその四人の女神とやらに会ったら一発どつこうと圭介が密かに決意していると、急にバスが大きく揺れた。
「どわっ!?」
「おぉう」
車体が傾いた方の席にいた二人は窓側に押し付けられるだけで済んだが、
「キャッ!?」
反対側の席に座る少女はそうもいかなかったようだ。
通路側に放り出される事態は辛うじて回避したものの、少女の頭上にある荷物を入れる為のスペースに載せられていた大きめのキャリーバッグが落ちそうになる。
「あっぶな!」
咄嗟に圭介が【テレキネシス】でキャリーバッグの動きを止め、元の位置に戻す。
揺れが一瞬だった事が幸いしてそれ以上の危険はなさそうだった。
「あ……ありがとう、ございます」
自身の荷物を支えられたことに気付いて、通路越しに少女が礼を言う。
栗色の短いツーテールが可愛らしい小柄な少女だった。アーモンド形の目はぱちりと大きく、しかし基盤となる表情が乏しいせいで落ち着きを伴う顔つきとなっている。
種族は不明だが外見だけを見るなら恐らくヒューマンだろう。
季節に合わせた水色のワンピースから、恐らく旅行に出かけるところなのだろうと圭介は当たりをつけた。
「大きな荷物は下の荷物入れ用のスペースに入れないとダメですよ。こういう時に危ないですから」
「すみません、気が利かず……既に別の大きな荷物を預けている関係で、この荷物まで預けるのは気が引けてしまって」
無表情ながらもたどたどしい口調と過ぎた気遣いに、友人の少ない日本人として圭介は少し共感を覚えた。
自分も自分に非がある時はこんな風になるかもな、と思いつつ相手があまり恐縮しない程度に会話を打ち切ろうとする。
「いえいえ、怪我もなさそうでよかったですよ。パーキングエリアに立ち寄ったらそのタイミングで運転手さんに言って、改めて荷物を下のスペースに入れてもらえないか訊いてみて下さい」
「は、はい。どうも」
「なあなあ、でかい荷物まだあるらしいけど何やってる人なん?」
お互いに会話を終えようという雰囲気になったところにエリカが割り込んで雑談を始めようとする。
別に責めるようなことではないのだが、初対面且つ若干の気まずさを相手に感じていた圭介としては微妙な気持ちだった。
「あの、実は私このバスで討伐クエストの依頼主に会いに行くところで。諸々の専門道具を入れたケースを……」
しかし少女の方は割と話自体を拒む様子はなく、焦った様子を見せつつも応じてくれている。
城壁防衛戦後の飲み会でも垣間見えたが、やはりエリカのコミュニケーション能力は異常であると認識せざるを得なかった。
「ほーん、専門の道具。あたしなんかは直接グリモアーツでモンスター倒して終わりだけど、やっぱ戦闘に不向きな形してたりするとそういうのも必要なんかね」
「そうですね。あっ、何が入っているのかは企業秘密ということでお願いします」
「別に見たくなったら勝手に見りゃいいだけの話だしその程度の約束で納得するなら全然構わんけども」
「勝手に見ないで下さいよ! そういうのよくないですよ! ごほ、こほん!」
ふと感情の発露を自覚したのか、少女はわざとらしい咳払いと共に名乗り始めた。
「申し遅れました。都立マクラレン軍属女学院一年一組所属、ララ・サリスという者です」
「あたしはアーヴィング騎士団学校のエリカ・バロウズだ。エリカでいいぜ。んでこっちのがケースケ」
「どうも。エリカとは同級生やってます、東郷圭介です」
初対面ともなると相手が排斥派だった場合のことも考えてしまい、あまり積極的に交流しようという気は起きない。
「トーゴー・ケースケさん……あ、客人の方ですか。道理で風変わりなお名前だと」
しかし向こうは圭介の名前に特に不快感や敵愾心を見せる素振りもなく、単純に相手が客人であるという認識に落ち着いたようだ。
「しかしマクラレンつったら結構な名門だろうに。この遠方訪問が重なる時期に一人っきりで討伐クエストなんて変わってんなあんたも」
「うわ、ちょっとエリカ……」
エリカが身を乗り出してララとの会話を繰り広げる。
体勢としては圭介の太腿に両手をついて目の前に側頭部を晒す形となるので、普段の発言を顧みても圭介としては不覚ながら異性を感じてしまうシチュエーションだった。
「あはは……実はもう進級に必要な単位は取ってるんですよ。夏休み前はゆっくりしたくて、頑張りました」
「は!? マクラレンって遠方訪問が必修じゃねえの!? 何だよそれずっりぃなあ!」
「痛い、いやそこまで痛いわけじゃないけどくすぐったいのと痛いのとで忙しい! やめろ暴れんな!」
小さな両手で腿をぐりぐりとされて圭介が悶えるが、エリカは無視して不満を垂れ流す。
「いいなあ、ウチもそんなんだったら一学期前半で頑張れたんだけどなあ」
「でも普通はそのま、マクラレン? ってとこでも遠方訪問に行くもんなんでしょ? 相当優秀じゃないと難しいんじゃないの」
「あたしは優秀だから余裕だろ」
その前に品位の問題で入学できるかどうか怪しいところである。
ララも流石に冗談と思ったのか、薄く微笑みながらエリカの発言をスルーした。
「私はグラティアで降りますけど、お二人はどこまで?」
「ルンディア特異湖沼地帯まで地質調査に……グラティアかあ。いいなあ、温泉いっぱいあるじゃん」
女子二名はそのままお喋りに没頭し始める。
行きずりの相手と互いの旅先について語らうその様子は、圭介が嘗て憧れていたファンタジーにおける冒険者の日常風景と少しだけ重なっていた。




