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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第三章 遠方訪問~ルンディア特異湖沼~編

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第七話 調べ物

「地質調査ねえ」


 校長室を出てからパーティのホームに立ち寄った圭介とエリカは、他のメンバーがまだ来ていないことを確認すると棚から適当に菓子と飲み物を持ち出し、くつろぎながら改めて訪問先での依頼内容を確認していた。


 ルンディア特異湖沼地帯。


 よくわからないがこの場合は水質調査ではないのか、と圭介が訊いたところ返ってきたレイチェルの言葉は以下の通りである。


『水質は異常なしとして既に調査が終了しています。問題はおよそ一八〇年ほど続く近辺での連続的異常現象、オカルトの発生なのです』


 即ち、沼の水に異常は見られないが奇妙な現象が長期間に亘り継続している土地というのがルンディアという場所なのだった。


「特異湖沼地帯って呼び方がまず普通じゃないよね。水は普通の水っていうのも逆に不気味だし」

「厄介なことに土の方は水と違ってわけわかんねえ具合になってるらしいぞ」


 スマートフォンで公式サイトの記録を掘り下げながらエリカが言う。


「触ると途端に爆発する黒水晶のボールが地面からボコボコ出てきたり、ついこないだまで普通のリンゴの木だったのが急に人を襲い始めたり」

「危険地帯じゃねえか」

「そもそもの地質調査結果が時間や日付ごとにバラバラになった挙句、年単位でその挙動を観測したにも拘らず法則性が見出せなかったんだとさ」

「そこまでいっちゃった土地に調査する意味なんてあんの?」


 地質調査結果がランダムに変わる土地など、まず人が住める場所ではあるまい。

 そんな状態が一八〇年も継続しているのなら、放棄してしまった方が生産的にも思えた。


「ていうか気になるんだけどさ、そんな状態になる前はどうだったん? 一八〇年以上昔は普通の沼だったりしたのかな」

「ちょい待ち、調べっから」


 エリカが公式サイトのメニュー画面を操作して歴史に関する資料を漁る。


 圭介が覗き見る画面の中には、随所にどこかで見覚えのある意匠を用いた検索サイトが広がっていた。

 既存のロゴなどを真似たところで、許諾など取れないし取る必要もないのだろう。

 異世界だからと好き放題やってくれるものだと呆れた気持ちになる。


「ルンディアの歴史なんざ少なくとも学校の授業ではやってねえけど……お、案外細かく書かれてるな」

「世の中には優秀っていうかマメな人がいるんだねえ」


 ルンディアの歴史に関するページへ移動し、書かれている内容を読んでいく。


「えー、はいはい。はい。はーいはいはいはい」

「ちょっ、早い、画面のスクロール早いって! 読めないって!」


 エリカの速読に惑わされながら、圭介も断片的な情報を繋げてどうにか表面的に理解できた。


 そのマニア向けサイトの管理人曰く嘗てのルンディアは沼など存在せず、牧歌的で長閑のどかな村として知られていたようだ。

 特産品は蜂蜜で、当時のアガルタ王国においては国一番の養蜂場があったというのだから収益は凄まじかったのだろう。


 それが今のようになってしまった要因として挙げられているのが、“守り人族”の存在である。


 元来あのような土地だったのか、人々の暮らしを豊かなものとする為にこの“守り人族”なる集団が地質を安定させるという形式で永らく村に貢献し続けてきたらしい。

 どうやら日々食いつなげられるだけの食糧と生活する為の家のみを求めて村の平穏を護り続けてきた、言わば現人神のような存在であったとされている。


 だが、ある日突然村に現れた一人の凶悪な大魔術師がその絶大なる力を使って村人を一掃。

 一般の村民はもちろん“守り人族”も例外なく殺害され、更に地面から滲み出てきた膨大な量の水によって無情にもルンディアは今の姿になってしまった。


 大魔術師は村に存在していた全ての命を奪い全ての建物を破壊し尽くすと、何処かへと去ってしまったという。

 この唐突に現れた存在の詳細は未だに歴史研究家の間でも複数の仮説が持ち上げられるに留まっており、正答が存在しないという話である。


「へぇ。史実ってより御伽話みたいだ」

「情報はこのくらいしか出てこねぇな。流石にこれだけじゃ事前調査が足りねえし、ちょっくらコリンちゃん呼ぶか」

「あっ、ちょっと今はやめた方が……」


 圭介の制止を聞かずにエリカがコリンの番号へと繋げる。


「…………あ、もしもしコリンちゃーん? おれおれ、ちょっと通りすがりの怖いお兄さんに絡まれちゃってさあ。三〇〇〇シリカほど工面してくれると助かるんだけどな――」

『るっせぇの今新聞部修羅場なの次無駄な電話してきやがったら椅子に縛り付けて街並みを一望できる廃墟の中に一ヶ月放置して餓死させてくれるのボケカスなの』


 電話に出たコリンは決して大きくはないが、これまで聞いた事もないようなドスの利いた声でまくしたてて一方的に通話を切った。


「え、もしかしてレプティリアンにもあの日ってあんの?」

「色々と反省しろォ! 期末テスト終わってすぐに遠方訪問始まるから、新聞部は残り僅かな時間でこれまでの仕事の残りとこれからの仕事の準備を全部終わらせないといけないってさっき教室で言われたでしょうが!」

「あたし言われてねーけど」

「エリカもその場にいただろうに……いやでも思い返してみればデイリーミッションがどうとかでスマホいじってたな」


 変なところで頭が切れたり間がよかったりするせいで「この状態でも聞こえているのでは?」という疑念が無意識に生じていたように思える。が、どうやら普通に聞いていなかったらしい。


「まあ今度図書館でも寄ってそこで調べればいいだろ。それよりケースケ、こないだ割のいいクエスト見つけたから明日皆で行こうぜ」

「ごめん、僕まだほとぼりが冷めるまではクエストも極力受けないように騎士団から言われてんだ。大体今は魔術も使えないし」

「そういやそうか。早く次のグリモアーツ届かねえかな」


 予定では明後日の夕方頃に届く手筈となっており、週末から始まる遠方訪問までにはどうにか間に合う手筈ではある。

 ただし新品ということでシンボルは表示されておらず、しばらくは【解放】も使えない状態が続くだろうとも言われた。何にせよ現状ではクエストなど受けられそうにない。


「城壁防衛戦の報酬もまだまだあるし、今のところクエスト受けなくても生活には困らないけどね」

「ユーちゃんは本気出せば一週間の食費だけで六〇〇〇シリカ使い切れるとか言ってたぞ」

「出すなよそんな本気……」


 相変わらずエルフの食費は馬鹿にならない。


 と、圭介はレイチェルから渡されたもう一枚のプリントも手に取って中身を確認した。

 書かれている情報は訪問先での注意点。学生の身とはいえ給金が発生する以上、甘えは禁物という内容だった。細かなマナー指導や禁則事項の数々が箇条書きされている。


「エリカはいくつか違反しそうだなあ」

「あん? 見せてみ、オメーあたし程マナーにうるせえ女はそうそういねぇよ? ただこの『現場でお世話になる方々には敬語を使いましょう』っておかしくね?」

「そういう反応するって知ってて校長先生もそんなプリント用意したんだろうなあ」


 げんなりしながらやたらとカラフルな粒状チョコレートを一掴みして口に放り、ある程度噛み砕いたところでペットボトルのブラックコーヒーを流し込む。

 口の中で甘味と苦味が入り混じる感覚を圭介は最近になって好み始めた。


 フードの男、ダグラスの動向や破壊されたグリモアーツなど数々の不安要素をまとめて飲み下す。

 相反する味の残滓が口の中に広がるその気持ちよさはそれらによるストレスを緩和してくれた。


 禁則事項には「現場への菓子類の持ち込み禁止」と書かれていたがここではそんなもの関係ないのだ。



   *     *     *     *     *     *  



 翌日の昼休み。

 圭介らパーティとモンタギュー(圭介に連れられて来た)は食堂の一画で各々の訪問先について話し合っていた。


「じゃあモンタ君は案の定オカルト関連の現場行くんだ。僕らと同じだね」

「つっても資料の整理やデータの統計ばっかだけどな。そういう意味じゃ地質調査を任されたあんたらの方が本格的と言えなくもねえ」

「私は孤児院で子供達の世話をしながら家事手伝いだねぇ。子供の相手も家事も慣れてるから別にいいんだけどさ。ユーちゃんは?」

「私も子供達の世話、になるのかなあ。出来たばかりのちびっ子剣術教室で助手やることになっちゃった」


 やはり適性に応じて訪問先の毛色もかなり変わってくるらしい。

 モンタギューなどは好きな仕事の勉強もできるため、騎士団を諦めても別の道にすぐ移行できるだろう。


「やっぱ個人の適性に合った内容になるんだね。そうなると僕がいなかったらエリカはどんなトコに連れてかれてたのかな」

「多分復讐代理人とかじゃねえの?」

「確かにエグい復讐方法思いつきそうではある」


 考えてみればエリカの魔術を社会的に役立てようと思うと難易度が高い。やれるとするなら解体作業の手伝いだろうか。


 逆に今でこそ使うことができない状態ではあるが、圭介の念動力魔術はありとあらゆる方面での活躍が見込まれる。

 それこそ今回決まった地質調査でも、届かない場所に置かれた鉱物を回収する等して貢献できる。


 それだけにグリモアーツを失ったのは大きな痛手となった。


「そうだケースケ、気になってたんだけどさ」


 憂鬱な面持ちでオニオンスープを口に運ぶ圭介に、エリカのニンニク臭い声がかかる。


「ん、どしたん?」

「結局騎士団に指定された施設ってどうだった? やっぱ他の騎士団のおっさん連中もいるんだろ。遊びに行ってもいいんかね」

「いやダメでしょ。何のための避難隔離だと思ってんの」


 流石に享楽的過ぎる言い分だったが、普段入ることのできない場所に興味を抱く彼女の気持ちもわからないではなかった。

 一応は騎士団を目指す身として将来的にお世話になる可能性を考えての話題振りと思うと無碍にするのも大人げない。


「つってもそんなに変わった点はなかったよ。普通の部屋……あ、でも政治的主張に関わる書籍とか宗教関連の物品は持ち込みがかなり厳しく制限されてるみたいだった」

「そりゃ俺も聞いたことあるな。余計な諍いを避ける為だったか」


 つまり排斥派によるプロパガンダや悪徳宗教の勧誘は当該施設内において生じ得ないものであると考えて良いだろう。

 宗教が廃れて久しいというこの異世界にどれほどいるかわからないが、熱心な宗教家の騎士団志望者には苦しい環境だろう。


 ただ申し訳ないが、無宗教の圭介としては非常に助かる規則だった。


「セキュリティはしっかりしてるんだよね? それなら安心できるねえ」


 ほにゃ、とユーが緩い笑顔を浮かべる。腹が満たされている間は本当に温厚な少女なのだ、彼女は。


 そしてセキュリティに関しては彼女の言う通り、本当にしっかりしていた。


 出入り口の監視カメラは当然として外と繋がる通路には対物理結界と対魔術結界がそれぞれ四重に展開され、部屋の壁にも同様の措置を施している。

 更に詰め所から程近い立地から異常事態があれば即刻騎士団が駆けつける上に、そもそもの住人が屈強な騎士達で構成されているのだから侵入した者からしてみればたまらない。


 安心は安心だが所詮余所者の圭介からしてみれば特別待遇じみていて尻の座りが悪かった。


「……まあ、向こうで寝泊まりするようになれば関係ないけどね」


 何よりも生活に規則だの規約だのを持ち込まれるのは自身にとって無関係な事項であっても息苦しい。

 とっととルンディアに行ってしまいたいという気持ちが、圭介の中で燻っていた。

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