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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第三章 遠方訪問~ルンディア特異湖沼~編

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第八話 訃報

 数々の労働者や学生の通勤・登校時間が交差することで、道路上に織り成される雑踏の絨毯。

 それを見下ろす堆《うずたか》き鉄色の箱、涼風館《りょうふうかん》と呼ばれる騎士団専用の宿舎が圭介の避難場所だ。


 一時的に身を預ける彼に対しては強要されていないが、本来この施設内では充実した生活環境の代償とも言える数々の規則が存在する。


 一つ、糖分・カフェインを含む飲料の持ち込み禁止。

 一つ、施設内における【解放】及び魔術行使の禁止。

 一つ、ゴミ捨ては都度管理人に一報を入れて了承を得てから捨てる。


 以上、涼風館における規則の極々一部である。自由な生活を謳歌してきた日本の高校生である圭介が辟易してしまうのも無理からぬ束縛であった。


 他の騎士と仲良く歓談、というのも堅苦しさが邪魔して難しい。とっとと息苦しさから解放されんと制服に着替えた彼は、鞄を持ってエントランスホールを抜け外に出た。


「っかぁ、異世界でも夏は暑いなあ」


 冷房で充分に冷やした体を直射日光に晒した途端に、からりとした気持ちの良い暑さが身を包む。

 圭介が住んでいた日本の首都、東京のような蒸し暑さとは無縁の土地柄であったことは幸運だろう。


 右肩に引っかけた通学用鞄の中にペットボトル飲料一本分の重みを確かめつつ歩き始めると、


「おぅい、ケースケ君」


 玄関口の外側から穏やかな胴間声が名を呼んできた。

 見れば出入り口付近に空色の鱗に身を包んだ巨体が立っている。


「うおっ……びっくりしたぁ、ガイさんか。今日もまたジョギングですか?」

「おうよ。騎士ってなあ一日怠けりゃ七日分遅れちまうからな!」


 ガイ・ワーズワース。王都メティス騎士団総合本部の第六騎士団にて団長を務める、ドラゴノイドの男性である。御年五十二歳と聞いたがほぼ爬虫類に等しい外観から年齢を察するのは困難だ。

 とりあえず圭介にわかるのはドラゴノイドの平均寿命が八十年ということと、彼が年齢に見合わず引き締まった強靭な肉体を有していること、そして豪放磊落な性格であるということだけであった。


 涼風館に来たその当日中に規則など何するものぞと笑いながらカフェオレを飲みつつ話しかけてきたこの大男は常日頃から自主的な鍛錬を欠かさない。

 圭介と会う時も大体ジョギングをしている最中か筋トレをしている最中か飲み食いしている最中か寝ている最中だった。


「ケースケ君も学校か。感心するぜ、俺なんてガキの頃は宿題すっぽかすわ力加減間違えて備品ぶっ壊すわでなぁ、よく担任のジジイに怒鳴られてたわ! ガハハハハハ!!」

「そんなんでよく騎士団に入れましたね!? 素行調査とかなかったんすか!?」

「腕っぷしさえありゃあどうにでもなった時代もあったのよ!」


 よく“世も末”という言葉が日本では用いられるが、末の状態から持ち直せるのも社会の長所なのだと圭介は胸中で皮肉交じりに感心した。


「そういや騎士団学校ではそろそろ遠方訪問の時期かい。ケースケ君はどこ行くんだ?」

「あー、ルンディア特異湖沼地帯っす。地質調査しに行くんですけど、なんかわけわかんない場所みたいで」

「ルンディアぁ!? 俺の故郷の近くじゃねえか、そっち方面は行ったことねぇけどよ」


 一時的に涼風館に身を預けている圭介とはまだ出会ってから二日程度の関係のはずだが、ガイの言葉に距離感はない。親戚のような接し方に今時の高校生でもある圭介は若干の鬱陶しさを感じつつ無難に返す。


「しかしまた、変な場所に……それも地質調査たぁ地味な仕事を……」

「今回の相棒も言ってましたよ、地味だって」


 地味だが難しいクエストでないのは十中八九、転移して間もない客人である圭介に対するレイチェルの気遣いによるものなのだろう。

 ならば別に地味でも構わないのだが、ビーレフェルトの基準に照らし合わせて客観的に見ると相当奇妙なクエストに分類されるらしい。


「せっかく遠くに行けるってのにもったいねぇなあ。まあ最初の現場はともかく観光名所に行けるパターンもあっからよ、そん時はいっぱい楽しみな! 客人なら見慣れねえもんも山ほどあるぜこの大陸には」

「ありがとうございます。んじゃ、そろそろ僕はこの辺で」

「おう! 気をつけてな! あ、あと向こうで俺と同じ鱗の色したドラゴノイドがいたらそれ多分親戚だから、よろしく言っといてくれや!」

「へいへい」


 気の良い巨漢に軽く会釈しながら敷地外に出る。出かける際に見送られるという感覚に一抹の懐かしさを覚えたのは、長い間親と顔を合わせていないからだろう。


 他の騎士とはすれ違う際に会釈する程度。ああも馴れ馴れしく接してくるのはガイしかいない。

 遠方訪問先では彼への土産でも買おうか、などと考えるが涼風館の規律が厳しいせいで土産選びに苦戦する未来しか見えなかった。


 不慣れな道のあちらこちらを確認しながら歩いてどうにか見覚えのある通りへと辿り着く。ここを少し進めばマゲラン通りに出られると知っている圭介は、ほんの気持ち分だけ早足になった。


「っと、すみません」

「いえいえ」


 少し不注意だったせいか。通りすがりの男に肩をぶつけてしまった。


 圭介にぶつかられた男性は特に気にした風でもなく、端整な顔に慇懃な笑みを浮かべながらゆったりと歩いて行く。

 進む先は丁度圭介と同じ方向、アーヴィング国立騎士団学校だ。


(新任の先生……にしては時期が中途半端か。お客さんかな?)


 歩くだけの時間の中、ちょっとした憶測を巡らせる。

 思考を促す材料でもある男性と共にしばらく同じ道を歩くと、交差点に差し掛かった辺りに洒落た服を着た可愛らしい女性が立っていた。


「あ、ベンジャミン先生遅いですよ」

「君が早いんだよ。ってか何だいその服、もうちょっとかっちりした服の方がいいんじゃないの?」

「会っていきなりファッションに口出しするとか彼氏面ですか。上等ですよ受けて立ちます」

「君、今日俺らが何の用事で来てるかわかってないでしょ」


 付き合っているんだろうか、と浮ついた気持ちになりつつ赤信号である事を確認して圭介も立ち止まる。最近アルバイト代で買った安物のデジタル腕時計を見たが、まだ時間には余裕があった。


 せっかくだしもう少しだけ、目の前の男女が織り成す微笑ましいやり取りでも眺めようかと圭介の中のデバガメ精神が沸き立つ。急がなくてもいいと思えば気楽なものだ。


「今日は実質お休みみたいなものですね。帰りにどこかで食事でも……」

「いや俺これが終わってからも仕事だから。悪いけど行きたいなら一人で行きな」

「……仕事と結婚でもしてろバカヤロー」

「馬鹿たぁ何だい。これでも国立大出身だぞう」

(今のは僕から見てもバカヤローだわ)


 せめて言い方を考えられないものかと赤の他人の圭介ですら顔を覆う。


(しかもアレ、男の人の方は女の人の好意に気付いてないな。爆死してくれないかな)


 現実に恋愛小説めいた会話を繰り広げられるとどうにも傍から見ている方としてはもどかしい。


(これ以上ついてくと不審に思われるかもしれないし、一旦コンビニにでも寄るか)


 適当に飲み物でも買おうかと付近の店に足を運ぶ。自然、男女と異なる場所へ足を向けるため各々の距離は広がる。


 単なる通りすがり、しかも先ほどの男性の話が確かなら長時間学校にいるとも考えにくい。


 恐らく関わることもあるまいという圭介の予想は、登校してすぐに裏切られることとなる。



   *     *     *     *     *     *  



「やっぱり、という顔をしているね」


 たった一時間もしない内に彼らと圭介が再会を果たしたのは、下駄箱前で呼び出しを受けそのまま入った校長室。

 呼び出されて何事かと扉を開いた先に彼らはいた。


「……信じたくはなかったんですよ。でも、アイツが言ってたのは確かなので」


 圭介が彼らに告げられたのは、入院中だったヴィンス・アスクウィスの訃報。


 それも鋭利な刃物で首を切断された状態で発見された上、監視カメラの映像もあって犯人はダグラスと見てまず間違いないであろうことまで発覚している。


 更に第一発見者である女性からは、死体発見当時の様子も説明された。窓ガラスに開いた不自然な穴の存在は恐らく魔術か魔道具によるものであると推測される。


 当のダグラスが口走った情報を信じるなら殺されているのだろうとある程度心の準備はしていたが、圭介が受けたショックは隠せなかったらしい。

 医者を名乗る男――ベンジャミン・デナムと名乗った――は特に今朝ぶつかった件については触れず、不愉快そうに呟く。


「あの男か。暗殺者の真似事をする割に随分派手に動いてくれたもんだ」


 ふん、と鼻息を漏らす。その動作に続いて、部屋の主であるレイチェルが口を開いた。


「私からは騎士団の方から送られてきたダグラス・ホーキーが使う魔術の傾向に関する調査結果の報告を。現場の状況とケースケさんの証言から対象の適性魔術を検証した結果、やはり物質への干渉を主軸とする術式を用いている可能性が極めて高い事が明らかになりました」

「物質への干渉……」

「空中での移動は大気中に存在する物質に魔力を付与し、局所的な足場としているものと考えられます」


 まだ詳しい内容までは明らかにならないようである。

 しかし魔術の方向性が一人につき一方向という原則を前提とするなら、あの体勢を無視して威力を発揮する蹴りや硬貨の射出、空中移動も全て同じ魔術によって再現されたものということになる。


「あれってやっぱり念動力魔術だったりしますかね」


 もしかして、という可能性を圭介が提示した。


 あり得ない話ではない。希少な才能とされてはいるものの、確認されている限り圭介を除いて二十九人の念動力魔術の使い手がこの大陸にはいるのだ。

 当然の懸念ではあるものの、これにはベンジャミンが否定的意見を述べる。


「その可能性は低いと思うけどね。そんな珍しい魔術を使えるなら例え裏社会に生きていようと周りがその存在を放置しない。名前や出自が明確になっているこの状況下でまだ扱う魔術が明らかにならない、ということにはならないと思うよ」


 曰く、念動力魔術でなくともそれと類似した動きは他の魔術で代用できるとのことだった。


 例えば物体を自身に引き寄せたり、空中で静止させるなどは第六魔術位階で誰でも再現可能な範囲である。

 そこから更に複雑な挙動を付け加えようとすると追加で別の術式を組み込む必要が発生し、手間と消費する魔力が増える。


 念動力魔術の利点はこの『術式を追加する』過程を省いて自在に動かせる点にあるのであって、物体の動きに限定的な干渉を試みる魔術自体は割とありふれているのだ。


「逆にそこまでわけのわからない動きが可能な魔術というのも珍しいとは思いますけれど。問題はまだダグラス・ホーキーがケースケさんの命を狙っているであろうことです」

「確か遠方訪問が始まるのは二日後でしたか。なら明日一日と、明後日の移動時までは何らかの形で護衛を用意して、後は追跡されないようにメティス全域で監視網を敷けばダグラスの動きは抑制できる。そして向こうに着いちまえばこっちのもんです、街の中で奴をじわじわと追い込んでいけばいい」


 ベンジャミンの言う通り、警戒すべき期間は長くない。


 ある意味でこの時期にダグラスが襲撃してきたのは不幸中の幸いだった。


 遠方訪問の訪問先は個人情報として扱われ、訪問する本人の了承を得ない限り詳細が漏洩する危険性は極めて低い。一度目的地に向かってしまえば、圭介が再度襲われる可能性はほぼなくなるのである。


「ですね。ケースケさん、今貴方の訪問先を知っている人物がどれほどいるかわかりますか? わかる範囲で結構です」

「えっと、とりあえずパーティメンバーとモンタ君とコリン。あーあと今朝ですけど第六騎士団のガイさんにも話しました」

「ほう、第六騎士団団長の……わかりました。それではその全員に事情説明をした上でどこまで情報が広がっているかの確認と、他人への情報提供の自重をお願いするとしましょう」

「ま、現状それが打てる限りの手ですね」


 話はまとまったと判断したのか、ベンジャミンが荷物を持って立ち上がる。


「それじゃ俺はそろそろこの辺で。まだ仕事が残ってますんで」

「はい。ご協力ありがとうございました」


 レイチェルの言葉を受けながら校長室を出ていく。その背中を隣りに座っていた若い女性も追って出る。


「……ケースケさんも今日はありがとうございました。まだ慣れない世界での期末テストが終わったばかりだというのに、ゆっくりもさせてあげられず」

「いえ、悪いのはあのパーカー野郎ですから。僕もそろそろ授業行きますね」


 ヴィンスが殺されたことにショックは受けたが、ひとまず今日明日を乗り越えれば当面の問題は解消されると知って少しは気が楽になった。


 今の状況で圭介が動く必要はない。逆にできることもない。


 ただ三十分ほど遅れて入る教室で、やかましい少女に絡まれる未来を懸念するばかりであった。

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