90.
前田は決心がつかなかった。須田にどれだけのことを話すべきか、そして、父親に連絡をとるべきかどうか、ということに関してだった。考えれば考えるほど、どちらの行動も取りたくなくなってきた。さびれた喫茶店で、時間だけが無駄に過ぎていった。
あてもなかったが立ち上がろうとした。しかし、後ろから肩に手を置かれて、立ち上がれないように強く押さえつけられた。そのまま無言で、その人間は前田の向かい側にまわった。
「はじめまして、というべきか」
若そうに見える地味な男だった。前田は男の顔をよく見てみたが、見たことのない顔だった。前の筋肉男のような使い走りだろうかと、そう思った。
「まあ、こっちからすればあんたはおなじみの相手なんだがね。なにしろ5年前から俺のことを嗅ぎまわってるわけだから」
前田は頭に血が昇っていくと同時に、全身から血の気が引いていくような、なんとも言えない感覚に襲われた。今、目の前にいる男は、自分がずっと追っていた人間かもしれない。そう思うと、興奮してもいいような気がしたが、実際のところは、何をすればいいのかわからないだけだった。
「俺は、いや。まあ、その様子だと言わなくてもわかってそうだな。当ててみな」
男はそう言ってから、店員を呼んでホットミルクを注文した。前田はまだ黙っていた。
「どうした、遠慮なく言ってみたらどうだ? 別にはずしたって、なんてことはない」
それでも前田は黙っていた。ホットミルクが運ばれてきて、男はそれをうまそうに飲んだ。前田はやっとのことで口を開いた。
「あんたの口から聞きたい」
男はうなずいて、ポケットから名刺入れを取り出した。そして、一枚名刺を抜き出すと、前田の前に放り投げた。名刺には、ただ”奥”という名前と、連絡先の携帯番号とメールアドレスが書かれていた。
「それじゃ、次は目的だ。わかるか?」
前田は黙って首を振った。
「そうかい」奥はにやりと笑って、ホットミルクを一気に飲み干した。「簡単なことだ。あんたは俺の提案した通りに動く。そして、俺はあんたにベターな結末を用意してやる。欲を出さなきゃそれなりに満足できる、お互いにだ」
「知りたいのは5年前の事件の真実だ。それができるなら、考えてもいい」
「オーケー、賢い判断だ。条件さえ飲めば、教えてやるよ」
前田は唾を飲み込んで、奥を正面から見すえた。奥は全く動揺していないように見えたが、前田は体の震えを止めることができなかった。
「条件を教えてくれ」




