89.
須田がバーに足を踏み入れると、すぐにバーテンダーが気づいた。
「いらっしゃいませ。どうですか? 一杯」
「悪いが仕事なんだ」 須田は残念そうに首を振った。「オーナーは奥かな」
「ええ、誰か連れてきたみたいですけど、正直言うと、ああいうのにこの店を使うのはやめてもらいたいんですけどね。須田さんからも言っといてくださいよ」
「そのための事務所くらい借りとくように言っておくよ」
須田はそう言って、事務所に通じるドアを開けた。最初に目に入ってきたのは、椅子に押し込められた吉田だった。三山はちょうど吉田の向かい側の壁際に立っていた。
「何か新しいネタがあるんだろ」
三山は吉田から目を離さずにそう言った。須田はうなずいて、鞄から山中の絵のコピーを取り出した。
「そりゃなんだ?」
「そこの椅子の連中が使ってた倉庫の絵だ」
三山は須田から絵を受け取って、しばらくの間、絵をじっと見ていた。
「特に何てことはない倉庫だな。それで、この輪郭は何者だ?」
「60くらいの男らしい。まだ誰かはわかってない」
須田と三山は吉田に視線を向けた。
「場所はわかってるのか?」
「ああ、工場地帯にある倉庫だ」
「だそうだ」三山は吉田に近づいていって、絵のコピーを膝の上に放り投げた。「どうせわかることだ、さっさと吐いちまえよ」
「できません。それはできません」
「お仲間が怖いってか。お前な、どうせわかることだって言っただろ。吐こうが吐くまいがお前は疑われるんだよ。それなら、積極的に吐いて、保護してくださいと泣きついたほうが賢いだろう?」
「吉田さん、あなたが付き合ってた連中はかなり性質が悪いはずです。どんなに義理立てしたところで、無駄でしょうね。全てを話していただけるなら、何か手がうてるかもしれませんが」
吉田はまだ決心がつかないようで、須田と三山の顔を交互に見ていた。三山は吉田から絵のコピーを取り上げると、なんともいえない笑顔になった。
「お前がこうして連絡もとれないような状況でも、何の助けもよこさないような連中と、金にならないような人間を助けるような物好きの探偵のどっちが信頼できると思うんだ? 実際に見たんだからよくわかってんだろ」
その後は、長い沈黙があった。吉田だけが迷いと不安で落ち着きがなかった。




