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「最初に言っておくことが一つ。これは公式な取調べではないので、まあ気楽にしてもらってけっこうです」
石村はできるだけ偉そうな口調でそう言った。しかし、たいして身なりがよくない、だらけた感じの石村では、威厳とはほど遠かった。
「わかったが、一体誰を連れてきたんだ? いや、言わなくていい」須田は笑いながら、石村の後ろの人影に声をかけた。「芸術家だな」
「そんな風に言ってくれるのは須田さんだけですよ」
石村の後ろにいた人影は前に出てきて、須田に笑顔を見せた。それから、三島と清水のほうに向いて頭を下げた。
「警察で絵描きをやってる山中です。よろしくお願いします」
体は大きくても繊細な雰囲気を持つ山中に、三島と清水は少し意表をつかれて、声を出さずに会釈だけを返した。石村は咳払いをして口を開いた
「この男は腕のいい似顔絵描きで、非常に役にたちます」
石村はそう言って三島に目を向けた。しかし三島は不安そうな表情を浮かべた。
「でも、思い出せるんでしょうか?」
石村が答えようとしたが、須田がそれに割り込んだ。
「似顔絵描きというのは、記憶を呼び起こす名人でもあるんです。大体の場合、自分で考えているよりも多くのことを覚えているものですよ」須田は石村に鋭い視線を向けた。「似顔絵を作るほど、価値がある情報があるわけだな」
「それは、絵が完成してからのお楽しみだ」
石村は山中を手招きして、須田の隣に座らせた。山中はスケッチブックをテーブルの上に置いて、部屋をぐるっと見回した。
「記憶を正確にイメージするには、リラックスすることが必要になります。部屋から出る必要はありませんが、三島さん以外の方はできるだけ下がっていてください」
椅子に座っていた須田と清水は立ち上がって、2人からできるだけ離れた。
「それでは始めます。あなたの目の前には、2人の男が椅子に座っています。まずはそれを頭の中で映像としてイメージしてください。目を閉じたほうがやりやすいかもしれません」
三島は言われた通り目を閉じて、うなずいた。
「イメージできましたね? 次は2人の男の年齢をイメージしましょう。大体でかまいません。何歳くらいでしょうか?」
「1人は老けてます。たぶん60歳は 越えるてると思います。もう1人は、40歳を過ぎてそうです」
「なるほど。どうしてそう見えたんでしょう?」
「60の人は落ち着いた雰囲気で、人が良さそうでした。体が小さかったので、たぶん年をとってる人なんだろうなと、そう思ったんです。もう1人の人は、今日私を監禁した人です。頭が薄かったので、それくらいの年齢に見えました」
「その調子です。40のほうはすでにわかっているということなので、もう1人に絞りましょう」
石村は2人のやりとりを見ながら、須田に小声で耳打ちした。
「俺は立ち会ったことがないからわからないんだが、どれくらいかかるもんなんだ?」
「人による。まあ、1時間はみといたほうがいい」




