76.
須田は病院の中に足を踏み入れると、受付と待合の椅子が見渡せるところまで移動した。前田は見当たらなかった。須田はそのまま、前田が戻ってくるのを待つことにした。
数分後、須田の考え通り前田が戻ってきて、待合の椅子に座った。須田はゆっくりと近づいていった。
「前田さん」
あまり響かない小声に、前田は最初どこから声をかけられたかわからなかったようだが、あたりを見回すと、すぐに須田に気づいた。
「少し踏み込んだ話をしに来ました」
「それは楽しみですね」前田は立ち上がって、何気ない様子で体を伸ばした。「場所を変えますか?」
「それはそうですが、その前に一つお願いがあります」
「何です?」
「私はあなたが誰であるかは大体わかっています。今回の件に関わっている動機も大体わかっています。もちろんわかっていないことは山ほどあります。」
前田は無言で、特に何の反応も示さずに聞いていた。
「それは、時間をかければわかるだろうと思います。ただし、満足できる結果を得るためには、あまり時間はかけられないと、私は考えています」
「だから協力しろと、そういうことですか? できませんね」
前田は須田に背を向けて歩き出そうとした。その肩に須田の手が置かれて、予想外の力で前田をつかんだ。
「三島さんは、おそらくあなたが相手にしている奴らに捕まっていました。しかし今は安全なところに居ます。そして、おそらくあなたの邪魔をしていた吉田という男は、身動きができない状況にしておきました。これは蛇足ですが、2回三島さんを襲った男はすでに警察に拘束されています」
「何が言いたいんですか」
「あなたにはどうにもできなかったことです。私に依頼をしていなければ、もっと悪いことが起きていた可能性が大きかったはずです。その点であなたは正しい選択をしました」
須田は前田を振り向かせて、前田の肩から手を離した。
「もう一度言います。私はあまり時間があるとは考えてはいません。そして、私にわかっていることだけでは、おそらく間に合わないでしょう。それはあなたの利害にも直結することだと思いますが、違いますか」
前田はあきらめたように目をつぶって、再び須田に背を向けると、ゆっくりと歩き出した。今度は須田も止めずに、一緒に歩き出した。
「あなたの言う通り、早く動かないとダメになりそうです。相手はそれだけの力がある連中ですから」
2人は並んで病院を出た。木村の姿はすでに無かった。
「話せるだけ話します。須田さんには知っておいてもらったほうがよさそうですから」




