66.
倉庫の中は明かりがついていないせいで薄暗かった。前田は目が慣れるまで入口から動かなかった。目が慣れてくると、頑丈なそうな2段の棚に寄りかかって立っている人影が見えてきた。
「私に用があるのはあなたでしょうね」
前田がそう言うと、人影はゆっくりと前田に近づいてきた。どうやら初老の男のようだった。前田はどこかで会ったことがあるような気がした。
「そうだ、よく来てくれた」
その声で、前田は驚きのあまり一歩踏み出して、男の顔をまじまじと見た。
「あなたは、大平さん、ですね」
「覚えていてくれたようだね、うれしいよ」
「ええ、この状況でなければ、うれしいですね」
2人はしばらくの間、互いを見ることも、言葉を交わすこともなく、ただ立ちつくしていた。前田はなんとか一歩下がって、絞り出すように声を出した。
「今回も、5年前も、あなたは関わっていたんですか。真実を、隠そうとしてたんですか」
「君の言う真実というのはわからないのだが、私が関わっていたのは間違いのないことだ」大平は前田の肩に両手を置いた。「先生は、君の父親は知らないことだ。私が独断でやったんだよ」
「それは嘘でしょ」前田は大平の手を振り払った。「自分の支援者の娘に対して、妾の息子がヒモをやってて、さらにその妾との間の実の息子がその娘と恋人気取りだったなんて、そんな外聞の悪いことを漏らしたくなかっただけでしょう」
「違う」
「違わない。そもそも誰が兄を殺したんでしょうかね?」
「それはわからない」
「わからない? そんなわけないでしょう、ドラッグの売人に決まってる。それを握りつぶしたのはあんた達だろ」
前田はかなり興奮してきていた。大平は対照的に冷静だった。
「確証は何もなかったんだよ。多くの人を守るためには、とにかく無かったことにする以外のことはできなかったんだ」
「本当のところは違うでしょ。息子の女にヒモがついてて、しかもそれが妾の連れ子なんていったら、スキャンダルとしては最高ですからね。売人を使って兄を消して、そして事件があったことは権力で握りつぶした。違いますか?」
前田の激しい言葉に、大平は何も言わなかった。
「止めても無駄ですよ、あんたがたの欺瞞もこれまでだ。何があっても、必ず全て明らかにしてみせる」
そう吐き捨てて、前田は倉庫から勢いよく出て行った。一人取り残された大平は溜息をついて、携帯を取り出した。ダイヤル音がかすかに響いた。
「残念ながら落ち着いた解決は望めそうにありません。本当に残念ですが」




