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52.

 吉田との会談を済ませた前田は、夜の街をホテルに向かって歩いていた。吉田の話を聞いても心を動かされることは全くなかった。あの場では特に何の返事もしなかった。つまりノーとも言わなかったのだが、吉田はそれに関しては何も言わなかった。

 前田が何気なく顔を上げると、それなりに高級そうなバーが目に入った。前田はなんとなく引き寄せられるようにして、その扉を開けた。店内はジャズが流れている落ち着いた雰囲気だった。前田はカウンターのストゥールに腰かけて店内をざっと見回した。

「いらっしゃいませ」

 バーテンダーがすぐに近づいてきて、笑顔で前田に声をかけた。

「なにか適当なビールをハーフパイント頼みます」

 バーテンダーは軽くうなずくと前田に背を向けて、グラス手にとった。前田はビールが出てくるまでのわずかな時間に客を観察し始めた。

 カウンターとわずかなテーブル席があるだけの、広くもなく狭くもないような店内に、客は四人いた。二人は身なりのいい中年の男。一人は水商売をしているように見える、若いと言えなくもない女。もう一人の年齢のよくわからない派手な男は、いつの間にか前田の隣に来ていた。

「うちの店は初めてですか?」

 男は愛想のよさそうな笑みを浮かべながら、前田の隣のストゥールに腰かけた。

「ええ、そうですが」

「それはありがとうございます。私はここのオーナーをやってましてね、初めてお見えになるお客様にはサービスさせてもらっているんですよ」

 男は名刺を取り出して、前田に差し出した。名刺には三山雄一という名前と、連絡先だけが印刷されていた。

「ビール半パイントじゃさみしいでしょう、高くないボトルの一本くらいはサービスさせてもらいますよ」

 バーテンダーが穏やかな笑みを浮かべながらビールのグラスを前田の前に置いた。前田はバーテンダーの顔、ビールのグラス、三山の顔と視線を移してから、口を開いた。

「商売としてはまずいんじゃないですか?」

「いいえ、あなたが現在関わっている件に関して詳しいことが聞けるなら」前田はバーテンダーに目配せして、高級なウイスキーのボトルを自分の前に持ってこさせた。「大抵のボトルでは高いとは言えませんね」

 前田は思わず立ち上がろうとしたが、すぐに思い直してその衝動をこらえた。

「どういうことですか?」

「どういうことか、といいますとね。私よりもあなたのほうがよくわかってるでしょうし、お互いに損はしないということですよ」

 三山は笑顔でバーテンダーからショットグラスを二つ受け取った。ウイスキーを開けて、そのショットグラスに適当に注いだ。

「驚くのはわかりますよ。まあなんですかね、私はこの街ではちょっとしたものでして、色々と情報というか、噂が耳に入るんですよ。聞こえなかったフリをすればいいのかもしれませんけどね、あいにく、そういう性分ではないものでして」

 前田は黙ってショットグラスを手に取った。しかし中身のウイスキーは飲まずに、ただグラスを振った。

「どこまでご存知かは知りませんが。私の目的と三山さんの利害は一致するかもしれませんね」

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