Ep.45 同じには戻らない
病院へ戻った頃には、空の明るさはほとんど失われていた。
アイが前の座席から降りる。
続いてピコが俺の頭から離れた。
両方のアームが頭から外れ、2基のローターが回転数を上げる。
「毎回思うけど、もう少し優しく掴めないのか」
『走行中の落下防止を優先しています』
「俺の頭皮も優先してくれ」
『損傷は確認されていません』
「そういう問題じゃない」
アイが俺の頭を見る。
「へった?」
「何が」
「かみ」
「減ってない」
『現時点では顕著な減少を確認していません』
「現時点って付けるな」
アイが少し笑った。
その顔を見て、俺も一瞬だけ肩の力が抜け、脚部支援装置の電源を落とした。
腰の固定具を外し、左右のフレームを脚から順番に外していく。
『右駆動部温度、正常範囲まで低下中』
「最高温度は」
『左側との差は6.8℃。前回試験より改善しています』
「なら一応成功か」
『長時間連続運用の安全性は依然として保証できません』
「分かってる」
脚部支援装置を持ち上げ、壁際へ運ぶ。
18.7kg。
元の装置より重くなっているとはいえ、分解せず持てない重さではない。ただ、これを身体につけて走り回るとなると話は別だ。
まだ信用しきるには早い。
M-68も確認する。
10発。
今日は撃っていない。
それだけは助かった。
「アイ」
返事がない。
振り返る。
さっきまでそこにいたはずの姿が消えていた。
「アイ?」
病院の中から声がした。
「いる」
「勝手に先行くな」
「びょういん」
「病院でもだ」
「いえ」
「家でも」
少し間が空く。
「……わかった」
たぶん分かっていない。
俺は荷物を持って中へ入った。
暗い廊下に最低限の灯りが点いている。
以前なら真っ暗だった場所だ。
1.8km北の地下施設から古い給電系統を復旧させて以来、この程度なら使えるようになった。
それにも、もう慣れてしまった。
灯りがあることに。
誰かの足音がすることに。
奥からピコのローター音が聞こえることに。
病院が静かすぎないことに。
俺は装備を戻してから処置室へ向かった。
アイはそこにいた。
椅子に座り、膝の上に小さな布の鞄を置いている。
鞄は開いていた。
中から取り出された物が、膝の上に2つ並んでいる。
歯ブラシ。
薄黄色のハンカチ。
俺は入口で足を止めた。
「何してる」
アイは歯ブラシを見たまま答えた。
「みてる」
「それは見れば分かる」
返事はない。
俺は処置室へ入った。
ピコも後から飛んできたが、珍しく余計なことを言わず、作業台の端へ降りた。
アイが歯ブラシを持ち上げる。
柄を見て、毛先を見て、裏返す。
「これ」
「歯ブラシ」
「うん」
「どうした」
アイは自分の胸を指差した。
「アイの」
「ああ」
「おじさんが、くれた」
「そうだ」
そこでようやく意味が分かった。
俺は近くの椅子を引いた。
「確認してるのか」
アイが顔を上げる。
「なにを?」
「覚えてるかどうか」
しばらく俺を見ていた。
それから小さく頷く。
「うん」
旧軍技術施設で、見つけた記録。
《接続規模と記憶欠損に相関》
《大規模接続禁止》
《記憶欠損は回復不能となる可能性あり》
そして2063年に、自律戦術ネットワークの制御が失われた複数戦域へ、IS-003が広域接続した記録。
接続規模は許容値を超過。
神経記録領域に異常。
それでも接続は継続された。
あの記録が事実なら、俺が地下で見つけたときのアイにほとんど過去がなかった理由にも説明がつく。
だが、今のアイにとって重要なのは5年前じゃない。
こいつは今、自分が今日までに得たものまで消えるかもしれないと知った。
アイが歯ブラシを膝へ戻す。
今度はハンカチを取った。
薄黄色の布。
端には黒い糸で縫われた、小さく歪んだ花。
「これは」
俺が聞く。
「みお」
「澪がどうした」
「くれた」
「いつ」
「おっきいの、とりにいくまえ」
14.9km地点へ脚部支援装置を回収しに行った日。
合っている。
「これ」
アイが刺繍を指差す。
「みおが、ぬった」
「ああ」
「なおがおしえた」
「それも覚えてるな」
今度は、布に僅かに残った染みへ指が移る。
「これ、おじさん」
「俺じゃない。俺の血」
「ち」
「そう」
「けがした」
「あれは擦っただけだ」
アイが俺を見る。
「ち、でた」
「出たけど」
「けが」
「……分かったよ」
アイはハンカチを広げた。
「アイ、これ、つかった」
「ああ」
「さいしょ、つかいたくなかった」
「覚えてるのか」
「よごれるから」
少し間を置く。
「でも、おじさん、ち、でたから、つかった」
全部残っている。
俺はそれを聞きながら、安堵している自分に気づいた。
馬鹿みたいな確認だ。
今日は能力を使っていない。
18.4km地点でも、端末の方からアイを認証しただけだ。
それでも俺まで、こいつが何を覚えているか確かめている。
アイがハンカチを畳む。
角が少しずれた。
開く。
もう一度畳む。
今度は慎重に合わせる。
「アイ」
「うん」
「今日、何か忘れた感じがするのか」
手が止まる。
「わかんない」
「頭が変とか」
「ない」
「思い出そうとして出てこないものは?」
「……わかんない」
そうなる。
忘れたものを自分で探せと言われても、忘れているなら探しようがない。
ピコが作業台から浮いた。
『現時点で、アイの生体反応に異常は確認されていません』
アイが見る。
「きおくは?」
『直接測定できません』
「なんで?」
『記憶内容そのものを外部から読み取る機能を私は有していないためです』
「ピコ、できないことある」
『多数あります』
「いっぱい?」
『はい』
アイは少し考える。
「おじさんは?」
「俺に振るな」
「いっぱい?」
「ピコより多い」
『自己評価として妥当です』
「お前は少し否定しろよ」
アイが笑った。
ほんの少しだけ。
その笑いが消えるまで待ってから、俺は言った。
「今すぐ勝手に記憶がなくなるって話じゃない」
アイがこちらを見る。
「施設の記録にあったのは、能力を使って自律兵器のネットワークへ接続したときだ。特に規模が大きいほど危険らしい」
「ガソリンのところ」
「ああ」
「アイ、つかった」
「たぶんな」
あのときは、能力なんて言葉すら知らなかった。
四脚型がアイを狙った。
俺が撃った。
俺が負傷した。
そのあと、アイの髪が浮き、ピコが落ち、周囲の電子機器が狂い、四脚型が停止した。
「ガソリンスタンドのことは覚えてる?」
「うん」
「何があった」
アイは少し考える。
「くろいの、いた」
「四脚型」
「よんそくがた」
「そう」
「アイ、ねらった」
「ああ」
「おじさん、アイ、どかした」
右上腕を指差す。
「ここ、けがした」
「よく覚えてるな」
「ピコ、おちた」
『完全停止に伴う落下です』
「おちた」
『はい』
「それで?」
アイは自分の髪に触れた。
「アイ、なんかした」
「そこも覚えてる?」
「うん」
「そのあと」
「くろいの、とまった」
「病院に帰った」
「うん」
「何で帰った」
「ばいく」
即答だった。
俺は僅かに息を吐いた。
「帰りは?」
アイの顔が少し明るくなる。
「はやかった」
「ピコは」
「おじさんのあたま」
『通常位置です』
「通常にするな」
アイがまた笑う。
記憶はある。
少なくとも、あの日の出来事は繋がっている。
「じゃあ」
アイが言った。
「ちょっとなら、なくならない?」
「そういうことにはならない」
「なんで?」
「どこまでが『ちょっと』か分からない」
「ガソリンは、ちょっと?」
「それも分からない」
「でも、なくなってない」
「確認できる範囲ではな」
アイの眉が寄る。
「むずかしい」
「俺もそう思う」
記録は十分じゃない。
能力の出力を測る方法もない。
どこから危険域なのかも分からない。
何より、失った記憶が小さければ、それに気づけない可能性がある。
「だから」
俺は言った。
「もう使うな」
アイの表情が止まった。
言ってから、自分でも少し強すぎたと思った。
それでも訂正しなかった。
「ずっと?」
「少なくとも、俺たちがもっと分かるまでは」
「てき、きたら?」
「俺とピコで何とかする」
『私の直接戦闘能力は限定的です』
「分かってる。索敵と補助だ」
『訂正を確認』
「おじさん、あぶなかったら?」
「それでも」
「なんで?」
「忘れるかもしれないから」
「でも、おじさん、けがする」
「怪我くらいなら治る」
アイの目がハンカチへ落ちた。
「ち、でる」
「出ることもある」
「いたい」
「痛いこともある」
「しぬ?」
俺は黙った。
アイが顔を上げる。
「おじさん、しぬ?」
「状況によってはな」
嘘をついても仕方ない。
「じゃあ、つかう」
即答だった。
「駄目だ」
「なんで」
「今説明しただろ」
「アイも、いまいった」
俺は口を閉じた。
アイは真っ直ぐ俺を見ている。
「おじさん、しにそうだったら、つかう」
「だから――」
「おじさん、いなくなる?」
「何が」
「しんだら」
その質問に、すぐ答えられなかった。
アイはまだ死を完全には理解していない。
でも、「戻らない」ということは少しずつ分かり始めている。
「……いなくなる」
「もどる?」
「戻らない」
「なおせる?」
「人間は、死んだら直せない」
アイはピコを見る。
「ピコは?」
『故障内容によります』
「おじさんは?」
「無理だ」
「じゃあ」
アイはハンカチを握った。
「わすれるのと、しぬの、どっちがもどる?」
俺は何も言えなかった。
「わすれたら、おじさん、おしえてくれる」
施設からの帰路で、俺が言ったことだ。
アイが覚えている。
「ピコも、おしえてくれる」
『はい』
「みおも?」
「たぶんな」
「でも、おじさんしんだら、おじさん、おしえてくれない」
単純な理屈だった。
だからこそ、簡単に崩せなかった。
「同じには戻らない」
俺は言った。
「忘れたあとで教えられても、それは前と同じ記憶じゃない」
アイは黙っている。
「澪と友達になった日のことを忘れたら、澪から『私たちは友達だよ』って聞くことはできる。でも、お前があの日に何を感じたかまで戻る保証はない」
ハンカチを見る。
「これもそうだ。誰にもらったかは教えられる。でも、渡されたときのお前の気持ちまで、俺には教えられない」
アイの指が刺繍の花をなぞる。
「病院が家になったことも」
俺は続ける。
「食べ物を初めて美味いと思ったことも。澪と友達になったことも。ピコと一緒に過ごしたことも」
少しだけ言葉が止まった。
「俺のことも」
アイの指が止まる。
「おじさんも、わすれる?」
「可能性はある」
「ぜんぶ?」
「分からない」
「アイ、おじさんみても、わからない?」
その光景を想像した。
俺を見上げて。
いつもの顔で。
「だれ?」
そう聞くアイ。
胸の奥が、ひどく冷えた。
「……そうなるかもしれない」
アイはしばらく何も言わなかった。
俺も黙った。
処置室の灯りが低く唸っている。
遠くで、風が割れた窓を鳴らした。
ピコも何も言わない。
やがてアイがハンカチを畳んだ。
今度は一度で綺麗に畳めた。
鞄には入れず、膝の上に置く。
「いや」
小さな声だった。
「何が」
「わすれるの、いや」
「……ああ」
「みおも」
「ああ」
「ピコも」
『はい』
「びょういんも」
「ああ」
アイが俺を見る。
「おじさんも」
俺は返事をしなかった。
できなかった。
「だから使うな」
もう一度言った。
今度は命令というより、頼みに近かった。
アイは俯いた。
しばらくして、
「でも」
と続けた。
「おじさん、しぬのも、いや」
「俺は簡単には死なない」
「なんで?」
「それなりに生き残ってきた」
「けが、いっぱい?」
「まあ」
「ピコ、しってる?」
『多数記録しています』
「余計なこと言うな」
「いっぱい?」
『はい』
「ピコ」
『回答済みです』
アイがじっと俺を見る。
「ほら」
「何が、ほら、だ」
「おじさん、あぶない」
「昔の話も混ざってる」
「いまも」
頬へ視線が行く。
14.9km地点で切ったところはもうほとんど治っている。
「それは大した怪我じゃない」
「おじさん、いつもそれいう」
思わず黙った。
「おじさん、アイに、あぶないことするなっていう」
「ああ」
「おじさんは、する」
「俺の方が戦えるからだ」
「だから、しんでもいい?」
「違う」
即答した。
アイが俺を見る。
「じゃあ、なんで?」
言葉が出なかった。
戦えるから。
慣れているから。
俺が前へ出た方が生存率が高いから。
どれも間違ってはいない。
それでも、その奥に別のものがある。
俺が傷つく方がいい。
俺が残る方がいい。
誰かにそう命令されたわけでもないのに、いつの間にかそれを当然にしていた。
「俺は――」
いつもの言葉が出かかった。
俺はいい。
その一言。
飲み込んだ。
アイが待っている。
「……よくはない」
そう言った。
アイが瞬きをする。
「よくない?」
「ああ」
「じゃあ、しない?」
「それは状況による」
「また」
「戦える奴が前に出る必要はある」
「アイは?」
「お前は別だ」
「なんで?」
「子供だから」
「アイ、つよい」
「そういう話じゃない」
「とめられる」
「だから使わせたくないんだよ」
堂々巡りだった。
俺は額を押さえた。
「お前、最近こういうときだけ本当にしつこいな」
「しつこい?」
「何回も同じこと聞く」
「わからないから」
その返しには何も言えなかった。
分からないから聞く。
最初からずっとそうだった。
食べるって何。
眠るって何。
家って何。
友達って何。
痛いって何。
人間って何。
分からないものを聞いて、ひとつずつ自分の中へ入れてきた。
今は、
どうして自分は危険に出るのに、私には出るなと言うのか。
それを聞いている。
「……分かった」
俺は椅子へ深く座り直した。
「能力を使うかどうか、お前だけで決めるな」
アイが俺を見る。
「おじさんがきめる?」
「違う。俺も勝手に決めない」
「ピコも?」
『必要であれば判断材料を提示します』
「3人で考える」
アイは少し考えた。
「てき、きたとき?」
「時間があるなら」
「なかったら?」
また難しいところを突く。
「そのときは、自分で決めるしかない」
「アイも?」
俺はすぐには答えなかった。
B-03で言った言葉を思い出す。
何を知ったとしても、そのあとどうするかはアイが決める。
分からなければ一緒に考える。
こいつがIS-003だからじゃない。
アイだから。
「……ああ」
認めた。
「お前もだ」
アイの顔が少しだけ明るくなる。
俺は指を立てた。
「ただし」
また止まる。
「俺が危ないってだけで、簡単に能力を使うな」
アイの顔が戻る。
「簡単じゃなかったら?」
「そこを抜け道にするな」
「ぬけみち?」
「今は覚えなくていい」
『主様』
「何」
『条件設定が曖昧です』
「分かってる」
『アイが独自解釈する可能性があります』
「お前は誰の味方なんだ」
『条件の明確化を提案しています』
アイがピコを見る。
「ピコ、どっち?」
『生存者が多い選択を推奨します』
「ずるい」
『評価を受領しました』
少しだけ空気が緩んだ。
俺は息を吐く。
「じゃあ、こうする」
アイを見る。
「俺が危ないとき、まず俺を信じろ」
「しんじる?」
「俺が逃げるって言ったら、ちゃんと一緒に逃げる。俺が大丈夫だって言ったら、すぐ能力を使わない」
「ほんとに、にげる?」
「……」
「おじさん」
「逃げる」
言い切った。
アイがじっと俺を見る。
「ひとりで、のこらない?」
蓮にも言われた。
またそれか、と。
「できるだけ」
「できるだけ」
アイが繰り返す。
「……分かった。勝手に残らない」
「ほんと?」
「ああ」
「アイも」
「何が」
「おじさん、だいじょうぶっていったら、すぐつかわない」
「すぐ?」
「……できるだけ」
「お前」
アイが少し笑う。
俺も何も言えなくなった。
完璧な約束ではない。
たぶん、約束と呼べるほど綺麗ですらない。
それでも昨日までとは違う。
俺がアイに命令するだけではなくなった。
アイも俺に要求するようになった。
それが正しいのかは分からない。
ただ、少なくとも一方だけが命を軽く扱う形にはしたくなかった。
「腹減った」
俺は立ち上がった。
アイが俺を見る。
「にげた?」
「違う」
「さっきも、こたえたくないとき――」
「飯の時間だ」
「にげた」
『話題転換を確認しました』
「ピコまで乗るな」
アイが笑った。
今度はさっきより自然だった。
俺は食料を取りに向かう。
後ろから小さな足音がついてくる。
処置室を出る直前、アイは一度だけ振り返った。
椅子の上に置き忘れたハンカチに気づき、戻る。
拾い上げる。
丁寧に畳んで、鞄の中へ入れた。
それから歯ブラシも。
「ぜんぶある?」
俺が聞いた。
アイは鞄の中を見た。
「うん」
肩へ掛ける。
「ある」
その夜は、それ以上記憶の話をしなかった。
食事をして、俺は脚部支援装置のログを確認した。ピコは回収した記録の整理を続け、アイは近くで何をするでもなくそれを眺めていた。
いつもの時間が戻ってくる。
アイは歯を磨いた。
水を出しすぎたので止めた。
「出しすぎ」
「ちょっと」
「そのちょっとを毎日やると減る」
「76L」
「今はもっと減ってる」
「なんりっとる?」
「明日測る」
「いま」
「明日」
「なんで?」
「眠い」
「アイ、ねむくない」
「俺は眠い」
納得したらしい。
「じゃあ、あした」
「そうしてくれ」
消灯する。
俺は簡易ベッドへ横になった。
アイは窓の近くに座り、外を見ている。
ピコの青い目が暗闇に2本浮かんでいた。
今日、アイの過去について少し分かった。
同時に、失うかもしれないものも増えた。
昔の記憶を取り戻したい。
でも、そのために今の記憶を失うなら。
どちらを優先するべきなのか。
俺にはまだ答えがなかった。
「おじさん」
暗闇から声がした。
「何」
「おぼえてる?」
「何を」
「アイのこと」
俺は目を開けた。
窓際の小さな影を見る。
「覚えてるよ」
「ぜんぶ?」
「全部かは知らない」
「なんで?」
「俺だって忘れてることくらいある」
「アイといっしょ?」
「ちょっと違う」
しばらく沈黙。
「でも」
俺は続けた。
「お前が覚えてないことでも、俺が覚えてることはある」
「ピコも?」
暗闇から青い目が動く。
『記録可能な範囲で保持しています』
「じゃあ」
アイは窓から離れ、いつものように俺の近くまで来た。
「なくなったら、おしえて」
胸の奥に、僅かな痛みが走る。
「……ああ」
それしか言えなかった。
アイは床へ座った。
眠るわけでもない。
ただ、そこにいる。
やがて俺は目を閉じた。




