表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしの婚約者の病弱な従妹  作者: 朝山 みどり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/11

エリーのその後

 文官棟の廊下は、今日も静かだった。


 抱えた書類の角が腕に食い込む。

 積み上がった紙の重さに、わたしは小さく息を吐いた。


「終わらない……」


 思わず漏れた声に、すぐ後ろから低い声が返ってくる。


「それ、第三管理室の追加分か?」


 振り返ると、レオン様が立っていた。


 父に紹介された遠縁の青年。

 一応、婚約者候補。もちろん周囲には秘密だ。


 地方領主の補佐官をしていたらしく、今年から研修で王都勤務になったばかりだと言っていた。


 背が高くて、真面目そうで、そのぶん、驚くほどあか抜けない。


 初めて会った時も、困ったように頭をかきながら、こんなことを言っていた。


『婚約の話は気にしないで欲しい。こんなもっさりした男だ。王都の令嬢との付き合い方もわからないし、王都の流儀もわからない。だから嫌なことがあったら、はっきり言ってくれ』


 その時は、変な人だと思った。でも、不思議と嫌ではなかった。



「追加分です」


 そう答えると、レオン様はわたしの抱える書類を見て眉を寄せた。


「多くないか?」


「多いですね」


「手伝う」


「レオン様も仕事があるでしょう?」


「ある。でも終わった」


 あっさり言う。

 わたしは少しだけ瞬きをした。


 本当に、この人は変に飾らない。


「では、数字の確認をお願いします」


「はい、確認ですね」


 レオン様は素直に椅子へ座った。


 それから二人で黙々と作業する。


 紙をめくる音。

 ペン先が擦れる音。

 窓の外から聞こえる鐘。


 静かな時間だった。


 けれど、不思議と気まずくない。


 沈黙が、重くない。


 しばらくして、レオン様がふと顔を上げた。


「エリー」


「はい?」


「その書類、間違ってる」


「え?」


 慌てて覗き込む。

 本当だった。日付が一日ずれている。


「あ……」


 わたしは思わず額を押さえた。


「疲れてるな」


「そうかもしれません」


「休んだほうがいい」


「まだ終わってません」


「終わらなくても死なない」


「文官は締切で死ぬんです」


 真顔で答えると、レオン様が真剣な顔で黙り込んだ。


 そして。


「王都は怖いな……」


 本気の声音だった。


 わたしは吹き出してしまった。


「なんですか、それ」


「地方役所はここまでじゃなかった」


「中央は魔境です」


「知ってる。来て三日で理解した」


 真面目な顔で言うから余計におかしい。


 肩が震える。

 笑いを堪えきれない。


 するとレオン様が、じっとこちらを見ていた。


「なんです?」


「いや」


 彼は少しだけ視線を逸らして。


「エリー、きれいだな」


 その瞬間、わたしの手が止まった。


 胸の奥が、変に熱くなる。


 こういうことを言い慣れている感じじゃない。

 だから余計に困る。


「あ、ありがとうございます……」


 これ、王都風なんだろうか。

 それとも地方風なんだろうか。


 わからない。


 でも、妙に心に残った。


 それから数日後。


 わたしたちは仕事帰りに食事へ行くことになった。


 最近人気のおしゃれな店。

 貴族向けというより、若い文官や商人が集まるような場所だ。


 席についた途端、レオン様が難しい顔でメニューを見始めた。


「どうしました?」


「量がわからない」


「はい?」


「王都は料理名がおしゃれすぎる」


 わたしはまた吹き出した。


「なんですか、それ」


「田舎は焼いた肉は焼いた肉って書いてある」


「ふふっ」


「笑うな。重要な問題だ」


 本気で言っている。


 そこがもう面白い。


 結局、料理はわたしが決めた。


 運ばれてきた料理を見て、レオン様は素直に感心した顔をする。


「うまいな」


「でしょう?」


「だが量が少ない」


「王都ですから」


「王都は怖いな……」


 またそれを言う。


 もう駄目だった。

 わたしは声を上げて笑ってしまった。


 周囲が少しこちらを見る。


 でも、不思議と気にならない。


 笑いながら顔を上げると、レオン様が真面目な顔でこちらを見ていた。


「エリー」


「はい?」


「この前、おじに言われた」


「なんと?」


「お前は気が利かないから、絶対に格好つけようとするなって」


「……」


「だから聞く」


 レオン様は、まっすぐわたしを見る。


「今日、嫌だったことはあるか?」


 わたしは目を丸くした。


 そんなことを聞かれたのは初めてだった。


 エスコートがどうとか。

 店選びがどうとか。

 会話が上手いとか。


 そういうことを気にする男性はいた。


 でも。


 わたし自身が嫌だったかどうかを聞かれたのは、初めてだった。


 少し考える。


 今日のことを思い返す。


 仕事帰りで疲れていた。

 でも笑った。

 楽しかった。


「ありません」


 自然に答えていた。


 するとレオン様が、ほっとしたように息を吐く。


 本当に安心した顔だった。


 それがなんだか可笑しくて。


 そして少しだけ、胸が温かくなる。


 この人となら。


 ちゃんと話せるかもしれない。


 無理をしなくても。

 格好をつけなくても。


 ちゃんと隣を歩けるかもしれない。


 そう思いながら、わたしは、運ばれて来たデザートにスプーンをつけた。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
都会さ怖ぇとこだぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ