05
重たい空気だった。
応接室に集まったのは、わたしと両親、そしてテリウスとそのご両親。誰もが背筋を伸ばして座っているのに、場の空気はどこか崩れているように不安定で、息をするのも少し苦しかった。
先に口を開いたのは、テリウスの父君だった。
「このたびは……本当に、申し訳ない」
そう言って深く頭を下げる。その隣で母君も同じように頭を下げた。テリウスもわたしを一度見てから、ゆっくりと視線を落とす。
「エリー……すまない」
その声は、いつもの落ち着いたものとは違い、わずかに揺れていた。
けれど、わたしはすでに心を決めていた。
そして、アリシアから使いが来ると予想していた。少しばかり、それを楽しみにしていたほどだ。
だから、使いが来たらすぐに案内するよう、執事に伝えてあった。
カフェで置いていかれたあの日。迷いなく立ち上がり、振り返りもせずに去っていったあの背中。
思えば、あれを見た瞬間に、すべては決まっていたのだと思う。
父が低く言う。
「謝罪は受け取ろう。しかし問題はそこではない」
静かな声なのに、場を押さえつけるような重みがあった。
「婚約者の安全を優先しない。その判断力がすべてだ」
テリウスは何も言えず、ただ唇を結んだ。
代わりに、母君が必死に言葉を重ねる。
「アリシアは体が弱くて……あの子には頼れる者が少ないのです。どうか事情をご理解いただければ……」
「ご両親も侍女も頼れる存在ではない。そういったご家庭なのですね」
母が無邪気に問い返す。
「いえ……そういうわけではないのです。アリシアの両親は、あの子を間違いなく愛しています。大事にしています」
「それでも、病気の時はテリウス様を頼るのですね」
「それは……」
母君は言葉を失った。
その場にいる全員が気まずく、誰とも目が合わないよう視線をさまよわせる。
テリウスが顔を上げる。
「エリー、理解して欲しい。アリシアは本当に悪いと思って、謝りたいと」
「結果として、わたくしたちは会う機会を失いました」
「そういう言い方はしないでくれ。アリシアの誠意を、わかってやってくれないか」
「わたくしの寂しさを理解して欲しかったですわ。楽しみにしていた時間が失われたことも。それが失望に変わったことも」
沈黙が落ちる。
母がそっと手を重ねてくれる。その温もりが、背中を支えてくれた。
テリウスは何か言おうとして、言葉を失っている。
そのときだった。
慌ただしく扉が叩かれた。
「失礼いたします!」
テリウスの家の使いが、息を切らして入ってくる。
「テリウス様、アリシア様が高熱を出されて……すぐにお戻りをと」
その一言で、空気が変わった。
わたしは何も言わなかった。
ただ、見ていた。
テリウスがどうするのかを。
ほんの一瞬、迷ったように見えた。
けれど、それは本当に一瞬だった。
「すまない」
そう言って立ち上がる。
「お前」
「テリウス」
ご両親が呼びかけたが、彼は振り返らなかった。
「すぐ戻る」
テリウスはわたしを見る。
けれど、その目はもうここにはなかった。
「後ほど、必ず……」
最後まで聞かなかった。
だって、どうでもいいから。
そして、予想が当たったことが、こじれることなく終わったことが、少しだけ嬉しかった。
テリウスはそのまま部屋を出ていった。
誰も止めなかった。
止められなかった、と言うべきかもしれない。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
しばらくの沈黙のあと、テリウスの父君が深く息を吐く。
「これは……」
苦い顔で、ゆっくりと首を振る。
「本当に、申し訳ない。我が息子ながら、情けない」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
父もうなずく。
「そうだな」
その場で、婚約の解消が決まった。
家同士の関係や形式的な確認が、淡々と進められていく。
これからテリウスがどうなるのか? 不謹慎だとは思いながらも、好奇心が芽生えた。
強がりでもなんでもなく、興味はそちらにあった。
話し合いが一区切りついたところで、わたしは一足先に部屋を出た。
親同士の話し合いは、まだ続くようだったから。
部屋に戻ると、読みかけていた小説を手に取る。
思えば、これを読み始めた時にすべてが動き出し、読み終える前にすべてが終わった。
わたし、そんなに悩んでいたのかしら。
この程度の本を読むのに、時間をかけすぎ!
侍女にお茶を持ってくるよう頼み、わたしはゆったりとソファに身を沈めた。
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